第38話 追放されたSSS級チート回復術師~美少女たちが復讐しようと言うので、仕方なく旅に出た~③(クロウ視点)
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ただ、退屈だった。
道中、いくつかの街に立ち寄って仕事を消化したが、どこにも悪魔は居なかった。どうやら、シロウの奴がここらの地方の悪魔幹部を一掃したようで、残党は既に撤退していったらしい。その為、どこのダンジョンに潜っても跡地に住み着いた魔物がいるだけで、少しだって苦戦する事は無かったのだ。
「スキル、ヘヴスパーク」
構えた杖の先から、紫色の稲妻が放出される。スパーク系のスキルは、相手の感覚器官を麻痺させる事が出来る攻撃系の技だ。加えて、俺の場合はそこに大きなダメージを与える効果まで付与されている。ただのスキルとは、格が違うんだよ。
稲妻を受けた敵は、痙攣して白目を剝きながら倒れ、黒く焦げて白い煙を立てる。他の個体よりも大きかったようだが、さして強さに違いは無かったな。
「凄いですっ!」
「流石ね」
「やっぱ強いなぁ」
仲間は、傷一つ受けることなく戦いを終えた俺を褒め称える。笑う彼女たちを見ていると、少しはこの下らない仕事にもやりがいを感じる事が出来る。そんなことを考えて、現在滞在しているフェルミンへの帰路についた。ここに来た時には、シロウは既にどこかへ旅立っていたため、情報収集を兼ねて宿屋に泊まっているのだ。
「クロウ様、流石です。まさか、この地方には存在しない筈のゴブリンロードを、そんなにもあっさり倒してしまうなんて!」
ギルドの受付嬢が、帰って来た俺を持て囃す。証拠として持ち帰ったアイテムは、普通のゴブリンの牙とは違ったようだ。確かに体のサイズは大きかったが、あれがゴブリンロードだったのか。
「あっ!しかも、ギルドに登録をしてからまだ半年ほどしか経っていないではないですか。それなのに、もうマスタークラスの称号を獲得してしまうなんて!」
彼女は、まるで周囲の冒険者に知らせるように、大々的に俺たちのパーティを褒めたたえた。そうさ、これが俺に対する正当な評価なんだ。現に、シロウが戦わず逃げ出したゴブリンロードを、俺は一撃で倒した。勇者の癖に、この街の危機を救わないだなんて、本当に呆れた奴だ。
報酬を受け取って、受付を後にする。そして、近くの酒場へ入って少し遅めの夕食を摂っていると、突然どこかの女冒険者が俺に話しかけて来た。
「あなたたち、凄く強いのね。ゴブリンロードを倒すなんて、憧れちゃうわ」
「大したことない、用事はそれだけか?」
「違うわよ。あなたたちを強い冒険者と見込んで、一つ依頼をしたいの」
彼女は自分を、ターレと名乗った。彼女が言うには、どうやらこの街にゴクドーという荒くれ者の集団が居るようで、そいつらが街の賭場や風俗を勝手に取り仕切っているというのだ。
「クロちゃん、風俗ってなに?」
「セシリアは知らなくていい。……しかし、ゴクドーってのはそんなに強いのか?見たところ、あんたもゴールドクラスの冒険者じゃないか」
「それがね、ゴクドーのボス、ハチグサは元盗賊の首領で、人間対人間の戦いに慣れているから普通の冒険者じゃ敵わないのよ。私たちも、この街の男たちと協力してなんとか追い出そうとしてるんだけど、どうにもならなくて」
その言葉に、ターレの後ろにいる四人の女冒険者がうんうんと首を振って、その中の一人が口を開いた。
「おまけに、ゴクドーには用心棒として勇者が付いてるんですよ」
「……なんだって?」
ピクリ、ヒナの耳が動く。
「だから、もしもハチグサをやっつける事が出来ても、あのロリコン勇者が出てきたらどうしようもないんですよ」
「ろ、ロリコン?」
あいつは、妻帯者のはずだ。それに、写真で見たあいつの妻は、むしろ気が強そうでかなり大人びた見た目をしていた気がするが。
そう思ってアカネを見ると、やはり彼女も首を傾げて、理解出来ないと言った様子で俺を見ていた。
……いや、落ち着け、俺。
「あの勇者、暴力狂いの上にロリコンなんですね。ほんと、生きてる価値無いんじゃないですか?」
「おぞましいわ。ギリギスでも最悪の評判だったし、どうして国はあれを勇者に任命したのかしら」
「あなたたちも、知っていたのね」
ターレが言う。
「本当に酷いのよ。それに、あいつらは貴族をたぶらかして、政治にまで手を突っ込んだって噂まで立ってるの。他に三人仲間がいたみたいだけど、きっとあれは人質なんだわ。あぁ、あの火傷痕を思い出すだけでおぞましい」
聞いていると、どこからともなく別の男の冒険者もやって来た。
「なんだ、ロリコン勇者の話をしてんのか?」
「そうよ。クロウさん、彼はジエン。さっき言っていた協力者よ」
「あんたが、ゴブリンロードを倒したっていう?すげえ、よろしくな!それで、あの勇者なんだが……」
……悪口、悪口、悪口。それからは、ずっと悪口だった。ただひたすらに、シロウを叩いて、見下したり、バカにしたり、根拠も無く生き方を捻じ曲げて、挙句の果てに妄想の中で殺しまで始めた。
何故か、イライラしてくる。
どうやら、このターレとジエンは嘗てシロウに痛い目に合されたらしく、それを根に持っているらしい。そう言って、自分の首に残っている痣を俺たちに見せびらかした。しかし、彼らは何故シロウに痛い目に合されたかを説明しなかった。
どうして、説明しないんだ?どうして、ゴクドーがいる理由を話さないんだ?どうして、こいつらは自分を顧みないんだ?どうして、全てを相手のせいに出来るんだ?どうして、自分を客観的に見ないんだ?どうして……。
「しかも、二回よ!一回目は酒場で、二回目は街のど真ん中で!あんなの、屈辱でしかないわ!」
「その通りだ!あのクソ野郎、ふざけやがって。今度会ったら、絶対にぶち殺してやるってんだ!」
「……うるさい」
意識は、ほとんど無かったんだと思う。ただ、いくつもの「どうして」を考えているうちに全てが嫌になってきて、そこで聞こえた殺すって言葉が、決定的に神経を逆撫でしたんだ。
「え?クロウさん、今なんて」
「うるさいって言ったんだよ!」
テーブルを叩いて、立ち上がる。すると、周りの客たちも一斉に俺を見た。
「あいつを殺すのは俺だ!それに、シロウはお前らみたいな奴には絶対に殺されない!あいつは、俺が殺すんだよ!あと、あいつを侮辱していいのは俺だけだ!お前ら、その程度で恨むなよ!わかったか!?」
一瞬の静寂。しかし、それはすぐに破られた。
「……流石、クロウさんだ。俺たちを心配して、手を汚さないようにしてくれるなんて」
「はぁ?」
「本当、やっぱりあなたに頼んでよかった。それって、勇者だけ殺して、ゴクドーまで助けようって事なんでしょ。なら、私たちは何もしないわ。ねぇ、みんな?」
そして、俺を褒めたたえる歓声が、店中に響き渡った。でも、俺は意味が分からなくて、それを聞いていられなくて、だからすぐに店の外へ出て、街を後にしたのだ。
嫌いで嫌いで、仕方がないはずなのに、どうしてこんなにモヤモヤするんだろう。どうして、どうして……。
「どうして、俺を追放したんだよ。……絶対に殺してやる」
俺は、何も悪くない。追放される理由なんて、一つもなかった。悪いのは、俺を理解しなかったあいつだ。全て、あいつが悪いんだ。本当は、俺はこんなに凄いのに、それを知ろうともしなかったあいつが悪いんだ。
足並みを揃えろだの、協力しろだの、一人になるなだの。何度も何度も何度も!俺には不必要な事だと言ってるのに、あいつは戦闘の度にうるさく言いやがった!挙句の果てに、俺よりも弱いクセに指図なんてしやがったんだぞ!あいつは!
アカネもキータも、俺が守ってやった。俺が助けてやった。それだけで、いいだろうが。文句ばかり言いやがって。
「……クソッたれが」
会ったら、絶対に分からせてやる。後悔するなよ。
 




