第32話 レジスタンスの結成
「今のは、一体……」
宝具の衝突による現象なんて、今まで聞いたことすらなかった。勇者パーティの中で争いが起きたことはなかったのか?それとも、何か他に理由があるのだろうか。
しかし、今考えるべきなのはそんな事ではない。モモコちゃんの元へは、彼女を呼んだ男が駆け寄っている。気を失った体を抱いて、涙を流しているようだが、ひょっとして知り合いなのだろうか。
「おじさん、モモコの知り合いっすか?」
「えぇ。わたしは、この子の父親です」
「えっ?だって、故郷は滅ぼされてみんな死んだって言ってたっすよ?」
「……失礼ですが、あなたたちは?」
少し怯えたように尋ねる彼に、俺は自分たちが勇者パーティのメンバーである事を伝えた。そういえば、不健康そうではあるけど、以前モモコちゃんに見せてもらった写真の男の面影がある。
「そうでしたか。申し訳ございません、この子の恩人であるとも知らずに、無礼なことを訊いてしまって」
「構いません。それよりも、教えて下さい。あなたの事を」
彼は、名前をグレフと名乗った。
どうやら、グレフさんは故郷であるサマーフロートという街を滅ぼされた後に、シャインの労働力として生かされていたようだ。
「悪魔や一部の魔物の知能は、人間と同等かそれ以上に高いですが、魔王軍の構成の殆どを占めるシャインはその限りではありませんし、何より鳥のようだったり四足歩行だったりで、まともに土木作業を行える種族は少ないのです」
そこで、過去には悪魔の術で産み出された土人形を使って行われていたダンジョンの建設を、滅ぼした街の人間にやらせているようだった。
人間は、少しの食料で働き続ける事が出来る、奴らにとっては恰好の労働力だった。加えて、他の生き物より知能が高いことも、死への恐怖で支配するのに適していたようだ。
「でも、どうしてモモコちゃんだけが助かったんですか?」
「あの日、モモコは大きな街の病院で治療を受けていたんです。サマーフロートは、田舎街でしたから」
「なるほど。ならば、モモコのお母さんはどこにいるんすか?」
「それは……」
グレフさんは、ギリと歯を噛んで、涙を流した。
「……妻のリンゴは、新たな労力を確保するために、この地下で子供を作らされています。彼女だけではありません、ここで働いている男の妻は、どこかで拐ってきた若い冒険者と行為をさせられて、ずっと子供を産まされているのです」
その話を聞いた瞬間、アオヤ君はホーリーランスを地面に突き刺して、明らかな怒りを露わにした。こんなに怒っている彼を見るのは、初めてだ。
「どうして、戦わないんすか?」
彼は、あまりの怒りに、どうして勇者が必要なのかを忘れてしまっているようだ。
「産まされたとはいえ、なんの罪もない子供たちを人質に取られているのです。それに、この旅団のボスはデビルブチョーなんです。ですから……っ」
彼らの攻撃では、ダメージは通らない。それが、一番の理由だ。
きっと、今までに反抗した人は何人も居たはずだ。しかし、その度に希望を踏み潰されて、もがくことすら出来ず、ただ生きている為にこうして従っていたのだろう。
グレフさんは、モモコちゃんの体を強く抱いて、ポタポタと涙を落とした。その感触で気がついたのか、彼女はゆっくりと目を覚ますと、微かな声で「お父さん」と呟いた。
「モモコ……っ!よかった、本当に……っ!」
アオヤ君は、俺の肩をつついて着いて来てほしいと言った。今は、二人にしておいてあげようということなのだろう。
少し歩いて、彼は前を見ながら呟くように言った。
「……僕、本気で許せないです」
「そうだね」
「頭にキ過ぎて、どうにかなりそうです」
「俺もだよ」
「二人で、やれますかね」
「……いいや、それは無理だよ。少なくとも、何人かは力を貸してくれる人を見つけないと」
それに、ブチョーの実力は未知数だ。ジチョーですら戦った事がないのに、それよりも更に格上の相手なのだから、本来なら絶対に一度帰って体勢を立て直すべきだ。
「でも、そんな事は言わないよ。今、ここで奴らを叩く」
理由は二つ。
一つ目は、ここで一時撤退すれば、それはシャイン側にも準備の時間を与えることになるという事。
モモコちゃんが地上を一掃してくれたお蔭で、情報が知れ渡るのは少なくとも今この瞬間ではない。不意打ちなら、格上相手でも意表を突いて倒せるかもしれない。
そして、二つ目は。
「シロウさんは、心配するなって言ったんだ。あの人は、きっと今も戦ってるハズだ」
「オーライです。じゃあ、早速仲間を集めましょう。幸い、ここには冒険者がたくさん……」
「俺たちも、連れて行ってくれッ!」
突然、右の方向から声をかけられた。反応してそこを見ると、逃したはずの男たちが、別の人間を引き連れてそこに立っていた。
「俺たち全員、その話に乗せてくれ」
「あんたたち、勇者パーティのメンバーなんだろ?だったら、悪魔幹部も殺せるって事だよな?」
言われ、強く頷く。
「ずっと、こんなチャンスを待ってたんだ。お願いだ。俺たち全員、命を捨てる覚悟は出来てる。故郷を潰され、屈辱と後悔に塗れて生きるくらいなら、誉れある死を選ぶ覚悟だ!」
しかし、俺はその言葉に、分かったとは言えなかった。
「死ぬ覚悟なんて、止めてください。決めるのは、連中と戦う覚悟です。必要なのは、生きて帰るという強い意志です。それを、誓ってくれますか?」
すると、彼らは顔を見合わせてから俯き、そして口々に「わかった」と言った。
「なら、あなたたちの命は、この俺キータが預かります。一緒に、戦いましょう」
そして、ここに反魔王軍のレジスタンスを結成した。この戦い、必ず勝ってみせる。




