第21話 ヘルプロミネンスは、しばらく封印しよう
――追放した回復術師が、ハーレムを連れて「ざまぁ」と言いに来た。
× × ×
気がつけば、ハードポイントを出発してから三ヶ月が経過していた。
ラクモウを頼りに世界各地を巡って潰したダンジョンは、遂に十を超えた。街の間を移動する時間を考えれば、ほとんどノンストップでここまでやって来たと言える。
これだけハイスピードで攻略出来たのは、俺たちが戦いに慣れたというのもあるけど、やはりモモコちゃんのヘルプロミネンスの存在が大きい。あの奥義によって、カチョークラスの悪魔なら一撃で屠る事が出来るようになった為、ステージの回転率が飛躍的に上昇したのだ。
しかし、そんな現状に一抹の不安を感じている俺は、絶賛攻略中のダンジョンのボス部屋の前で、こんな意見を主張する事にした。
「ヘルプロミネンスは、しばらく封印しよう」
今はまだカチョーだからいいけど、そう遠くない未来にジチョークラスのボスと戦う事になるハズだ。それまでに戦闘の経験を積めない事は大きな痛手になると思うんだけど、どうだろうか。
「えぇ~、別に楽に勝てるんだから、このままでよくないっすか?」
「私も、このままでいいと思っています。結局のところ、ジチョーもブチョーも一撃で吹き飛ばせばいいんですよ」
確かに、全ての敵を同じように撃破出来るのであれば、このままで何も問題はない。しかし、奥義を使えた十代目までの勇者パーティだって、みんな戦死してしまっている。彼らはきっと、二人と同じ事を考えていたから、目的まで辿り着けなかったんじゃないかって思うんだ。
「だから、先のことを考えて、ここで少しでも研鑽を積んだほうがいいと思うんだよ」
「でも、楽に勝つ方法覚えちゃったし、今更本気で戦うのも面倒いっすよ。だって、今はシロウさんと僕がちょちょっと翻弄して、キータさんが回復してくれて、隙が出来たらモモコがヘルプロをブチかませばいいんですよ?効率的だし、それ以外を選ぶ理由ってなくないですか?」
「モモコちゃんがヘルプロミネンスを当てられない敵が出てきたら、目も当てられないでしょ。おまけに、一発撃ったらしばらく動けなくなっちゃうし、回復するまでの間三人で食い止めようと思ったら、ほんの僅かなミスでチームが瓦解しちゃうよ」
俺はこれまでの旅で、チームプレーにおいて才能だけで戦況を覆すことはほとんど無いということ。そして、メンバーが一人欠ける事が、実際にはただ頭数が減るというだけでない事に気付いていた。
考えてみれば当たり前だけど、戦闘前の作戦は四人で戦うことを前提に組まれたコンビネーションの筋立てであって、つまり三人になれば、その全てを実践出来なくなってしまうのだ。
「だったら、私が倒れた時に時間を稼ぐ作戦を立てておけばいいじゃないですか」
「そこだよ。本来、カチョーはそんなに簡単に倒せる相手じゃなかったハズだ。それなのに、俺たちはいつの間にかアイツらを弱い敵だと勘違いし始めてる。それが、俺がヘルプロミネンスを封印した方がいいと思う一番の理由なんだ」
「でも、こうは言えないですか?」
その言葉を皮切りに、俺たちの間で今後どう戦っていくかの議論が始まった。聞いてみると、アオヤ君の意見は確かに理にかなっている。彼が言うには、今あるリスクを極力排除して生き残り、次のステップに移った時にそれに応じた戦い方をすればいいんじゃないか、というモノだ。
因みに、モモコちゃんは奥義をぶっ放したいだけだった。
「むむむ。でも、次のステップに移ってからまた積み上げるのって、逆に効率的じゃないんじゃないかな」
「死ぬリスクと天秤に掛けたら、僕はその方がいいと思うんすよね。魔王討伐に期限はありませんし、極論俺たちが死ぬまでに倒せればそれでいいと思うんですよ。五十三代も結果残せてないんですし」
「そういうもんなのかなぁ。でも、それって宝具を持つ上であまりにも無責任じゃない?」
「……確かに。でも、死にたくないっすよ~。シロウさんは、どう思いますか?」
アオヤ君の言葉で、俺たち三人はシロウさんに向き直った。話を聞く彼が妙に嬉しそうな顔をしていると思ったのは、気のせいだろうか。
「どっちも悪くねえ意見だ。ただ、カチョーを狩り尽くせば、下手すっと経験を積めなくなっちまう。だから、俺はキータの意見に賛成だな」
意外だ。こういう時、シロウさんは答えを出さないんじゃないかと思っていた。
「うぅ……。シロウさんも、そう思うっすか」
「フリーの冒険者としてなら、アオヤの意見は完璧だったと思うぜ。だが、今回はキータの方がちっと長くここで働いてる分、俺たちの仕事を知ってたってトコロだな」
「……分かりました」
きっと、アオヤ君の思うモモコちゃんへの気持ちは、俺がクロウに抱いているモノとよく似ているんだと思う。だからだろう、最初の頃は興味を持っていた戦い方の工夫を止めて、次第にテンプレートを生みだしてなぞるようになったのは。彼も、言動とは裏腹に、本当は焦っているのかもしれない。
「モモコも、それでいいか?」
「シロウさんがそう言うなら、いいですよ」
反対に、モモコちゃんはここ最近、周りの行動をよく見られるようになってきたと思う。ヘルプロミネンスを撃つだけとはいえ、前衛がしっかり撤退するまで待つことが出来るようになったし、爆炎の範囲を抑えて極力ダンジョンを破壊しない為のコントロールを覚え始めたのだ。
殺意を抑えきれていると言いきれないが、抑える努力をしているのもまた確かだ。いつ考えを改めたのかは定かではないけど、善い傾向に違いはない。
「よし、それじゃあ行こうか。アオヤ、今回も頼りにしてるぜ」
「……ホントですか?」
「当たり前だろ。それに、実はそろそろジチョー戦に備えてレッスン6をやってみてもいいと思ってたんだ」
「えっ?ホントですか?」
聞いて、久しぶりに戦闘に興味が湧いたのか、アオヤ君は少しだけ明るい顔を見せた。
「本当だ。だが、ちょっと難しいぞ。やれるか?」
「分かんないけど、やってみます」
どうやら、シロウさんはアオヤ君のツボをしっかりと押さえているようだ。手にホーリーランスを持つと、彼はすっかり戦士らしい顔になっていた。
……因みに、このダンジョンのボスはカチョーだった。しかし、二人が戦闘に慣れてくれたおかげで俺が攻撃に参加するようになり、圧倒的な手数を持って制圧する事に成功。やや苦戦し、ダメージを多く受けたモノの、深手を負ったメンバーはおらず、本格的に次のステップを考えるきっかけとなる収穫の多い戦いになってくれたのだった。
TIPS
ホーリーセイバー:純銀の剣に、ユグドラシルの果実の力を込めた退魔の宝具。最も古いホーリーセイバーは宝具の原典であり、ユグドラシルの苗床。神話では、神々によって下界にもたらされた奇跡とされているが、ペイルドレーン・ワークスの魔女の発想は、そんな想定を遥かに超えていたようだ。
約150センチメートルの全長で、ポンメル(柄頭)からポイント(切っ先)までに一切の無駄が無い。ガード(鍔)もブレイド(刀身)と同サイズで、遠目では真っ直ぐで一本の巨大な銀の杭に見える。磨いてすらいない為、僅かに黒ずんでいて他の宝具のような輝きは持っておらず、これを宝具と呼ぶにはあまりにも無様だろう。
余談だが、旅の始まりでシロウは使い慣れた斧の形を求めたが、ホーリーセイバーの果実にこれを拒否されている。




