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29話 海賊グェン

 ゆっくりと静かに近づいて来る小舟。こちらの灯りは当然見えているはず。

 なにか反応がないかと僕は固唾を飲む。

 すると、船の先頭に立っていた人影が動いた。


「おい! お前達は誰だ!」


 その朗々とした男の声に、僕達は目配せしあった。

 ここの代表は僕だ。僕が答えるべきだろう。


「僕はアレン・キャベンディッシュ! ここの島の領主だ」

「領主……? まあいい、そちらに向かう」


 止まっていた小舟が動き出す。やがて、僕らの持つ松明の明かりを受けて、その男達の姿が浮かびあがった。


「え……?」


 彼らは浅黒い肌に、そして……立派な耳と尻尾があった。


獣人(セリアンスロープ)こんなところに……」

「なんだ! どこの田舎者だ? 獣人も見た事がないのか?」


 僕の呟きを聞いた先頭の男が、眉を上げ耳をヒクヒクさせながら僕を怒鳴りつけた。

 その口の中には人間よりも鋭い牙がある。

 黒いたてがみを思わせる豊かな長髪……彼は獅子の獣人のようだ。


「いえ、一度見た事はあります。話すのは初めてですが。さて、獣人(セリアンスロープ)のお兄さん、この島になんの用ですか」

「なんの用ってな。俺達は……おっと……随分な歓迎だな」


 僕以外のみんなは武器を携えて様子を窺っている。


「みな、あなた達を海賊だと思っています。危害を加えられたくなければ船に戻ってください」

「ほう……」


 その男の金色の目が、僕を値踏みするように細められた。


「ただのお坊ちゃん、って訳でもなさそうだな」

「それはどうも」

「確かに、俺達は海賊だ」


 そう言って牙を見せつけるようにして男は笑った。

 後ろに控えて居るラリサが剣を構え直した音がした。


「ただな! 俺達は無人島に水を汲みに寄ったつもりだったんだがな」

「え?」

「ここは俺達みたいな流れ者の船の貴重な水の補給地なんだ。水さえ汲ませてくれればすぐに帰るさ」

「そ、そうだったんですか」


 僕はほっと胸を撫で降ろした。

 やっと生活が安定してきたところだったのに、ここで襲われたりでもしたらたまったものではない。


「では、朝になったら水場に案内しましょう。それまで船で待って貰えますか、お兄さん」

「俺はグェン・カーライルだ。そこのミラージュ号の船長、グェン」

「わかりましたグェン船長。朝食を用意しますから一緒にどうです」

「ふふふ、肝の据わった小僧だ。分かったよ」


 グェンと名乗ったその男は僕を見てふっと微笑むと、小舟に乗り込み船へと戻って行った。


「帰った……」

「アレン! 大丈夫か?」


 緊張から解放されて、僕がへたり込みそうになるとカラがすぐに駆け寄って来た。


「奴ら、本当に敵意があれば今あたしたちを叩き切った方が都合がいいはず。大人しく帰ったということは少しは信用してもいいと思うんだが……」

「うん、僕もそう思う」


 他の獣人は分からないけれど、グェン船長には理性があった。いきなり襲いかかったりせずに僕達と対話した。

 自らを海賊だと自称した以上は略奪や人殺しもするんだろうけど……今はその気はないみたいだ。


「念の為、見張りを立てよう。マリー!」


 僕は睡眠を必要としないマリーを見張りに立たせ、ベッドに潜り込んだ。




「これはこれは優雅な朝食だ」

「スクランブルエッグ鹿のベーコンとソーセージ添え、パパイヤのサラダ、芋フライ、雑穀入りパン、山羊のミルクとマンゴージュースです」

「説明ありがとうマリー」


 ずらっと並べた朝食メニューをすらすらとマリーが読み上げる。

 グェン船長とそのお付きの二名は、ばくばくとその朝食を平らげた。


「うまいうまい」

「こりゃ船に残った連中に恨まれそうだな」

「おいヤロウ共、余計なことを抜かすな」

「へいっ、親分!」

「船長、だ!!」


 グェンは食べながら器用に部下達に鉄拳を食らわせた。


「に、しても原始人みたいな暮らしをしているかと思いきや、案外いい暮らしをしているな。……ん? 灯台が二台……?」

「あははは……。最初は言う通り原始人みたいでした」

「どういう訳なんだ?」


 グェンは僕のことをじっと見た。日の光の下でみるその金の目はくるくると表情を変えて人なつこい印象すらある。


「あのですね……」


 僕は不思議な遺跡のようなものや僕のスキルのことは伏せつつ、今まであったことをかいつまんで説明した。


「へぇ……実の叔父にね……大した苦労人だ。まだ子供なのにな」

「あー……いや、どうも」

「昨日も行ったとおり、水を汲ませて貰って半日ほど船員を上陸させて貰えれば俺達に不満はねぇよ」

「そ、そうですか……」


 上陸、というのが少し気になる。こっちにはラリサとカラがいるからだ。マリーは人間じゃないし。


「その、この灯台の周り以外でもいいですか」

「ああ……俺達を警戒しているのか」

「女性もいますので……」

「ふん……」


 少し気を悪くさせてしまっただろうか。

 だけど少し西側の上陸で、この灯台には近づかないという約束をしてくれた。


「ありがとうございます」

「いや、住民がいるなら気を払うのは当然だ」

「……いつもそうなんですか?」


 僕がそうグェンに聞くと、彼はフッと得意気に笑った。


「俺達が獲物にするのは軍船や生意気な商船だ」

「へぇぇ……」


 とにかく、野蛮な人達でなくて良かった……。

 僕はグェンに気付かれないように、ふーっと安堵の息を吐いた。

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