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ストレンジ体験記  作者: 藤阪つづみ
第3章 佑雲(ゆくも)の祖母
12/38

12 孤独な駅と静かな旅

 老夫の下車後、乗客はひとりも乗ってこないまま、電車は佑雲(ゆくも)駅についた。あかりは先にルリを降ろすと、右手でバッグを持ち、左手でストラの手をとってホームへと降りたった。

 電車からでると、容赦ない直射日光がさっそく顔にぶつかった。出迎えてくれた幅の狭いホームには、ベンチはおろか屋根すらなかった。あるものといえば、ぼろぼろに塗装がはげた看板くらいである。残っている塗装もかなり色あせていて、かろうじて書いてある文字が読みとれるくらいのものだった。改札もない。ホームの出口には切符を入れる箱と白いポストのような形のICカード改札機があるのみだ。

 駅の西側には、ぽつぽつと住宅が建ち並んでいる。一方、東側には見渡すかぎり田んぼが広がっていた。きっとルリの祖母は西側の住宅のどれかに住んでいるのだろう、とあかりは思った。

 しかし、地図アプリに聞いていた住所を入力してみると、アプリは見事に田んぼの向こう側を指した。昨日調べたときは気づかなかったが、田んぼの向こうに目をやると、そちらにも建物がある。というより、むしろあちらのほうが店や道路などもあって、栄えている。

 調べてみると、どうやら田んぼの向こうには別会社の路線が走っており、その路線の途中駅を中心に町がつくられているらしかった。なるほど、目をこらしてみると、肉眼でもはるか遠くに電車が走っているのが見える。

「向こうの電車に乗ったほうがよかったんじゃないかしら」

「いいけど、めちゃくちゃ遠回りだよ。それに、駅から歩く時間は一緒だもん」

 ルリの言うとおりだった。あちらの路線はあかりたちの住む楠早原(くすさわら)とは反対方向に延びているため、乗るためにはかなり面倒なルートを選択しなければならない。料金も時間も一・五倍はかかってしまう。

「なるほどね」

 あかりがため息をついていると、左隣にいたストラがそわそわと動きはじめた。同時に、そばにあった踏切がけたたましく警報音を鳴らしはじめた。見ると、遠くのほうから猛スピードで急行列車が近づいてきていた。たくさんの客を詰めた急行は、そのままスピードを緩めることなく駅と踏切を一瞬で駆けぬけていった。そう、この路線は急行の本数は多いのだ。

 田んぼの向こうにも急行列車にも大勢の人がいるのに、この駅には誰もいない。この駅だけが無視されている。まるで、ぽっかりと穴があいているかのようだ。

「おねーちゃん、先に行くよ!」

 ルリはさっさと駅の出口まで行き、切符を箱につっこむと、先陣をきって田んぼのあぜ道のほうへと駆けていった。すっかり機嫌は直ったらしい。

「ごめん、すぐに行く」

 あかりはずっと踏切の方角を見ているストラを引っぱった。

「ほら、行くよ」

 しかし、ストラは踏切と線路のほうを向いたままだった。それでも何度か呼びかけると、ストラはようやくこちらを向いて、おずおずと口を開いた。

「あれ、なあに? さっきまで大きな音で叫んでいたのに、急に静かになったよ。どうして? それにぼくたち、今どこにいるの?」

 あかりは答えに窮した。()()()子供に教えるのならともかく、食事の概念すら知らないストラに、どうやって鉄道設備の説明をすればよいのだろう。こんなときにかぎってルリはそばにおらず、ストラはおとなしくあかりが話すのを待っている。数秒間の沈黙ののち、あかりはすべてを先延ばしにすることを決意した。今は、こんなところで油を売っている場合ではない。

「歩きながら教えてあげる。だから早くついてきて」



 青々と茂った田んぼの間には、砂地の道が続いていた。道にはくっきりとタイヤの跡があり、その部分を避けて短い草が生えている。

 ルリは道をよく知っているらしく、ひとりで勝手に走っていっては、立ちどまってこちらを振りかえった。

「もう、ふたりとも遅いよ!」

 とは言いつつも、彼女は満面の笑みだった。きっと、ひとりだけ道がわかっているのが嬉しいのだろう。

「ごめんね、私はそんなに走れないのよ」

 あかりはストラの手をひいて、のんびりとルリを追った。きつい日差しのおかげで、脇や首筋は汗でびっしょりと濡れている。ストラは見るものすべてが気になるようで、口を半開きにしたまま、田んぼのほうをじっと眺めていた。ありがたいことに周囲に人影は見あたらなかった。

「ねえ、もうお話していい?」

 ストラはあかりの言葉を律儀に覚えていたらしく、ずっとあかりの目ばかり見ていた。あかりはなんとかして彼を拒む理由を探そうとしたが、周りには田んぼばかりで、人はおろか住宅すらない。この場所は、彼と話をするにはこの上なく好都合だった。

「いいよ」

 あかりは諦め、そう言った。勢いで言ったとはいえ、約束は約束だ。反故にするわけにもいかない。

 ストラはぱあっと顔を輝かせ、矢継ぎ早に質問を飛ばしてきた。どういうわけか、質問の内容は鉄道車両や、駅構内の機械に関するものばかりだった。妙に鋭い内容のものも多く、あかりは何度も言葉に詰まったが、とりあえず答えられる範囲で応対したところ、一応納得はしてくれたようだった。

 そんなことをしているうちに、一同は田んぼを抜け、アスファルトの道にさしかかった。はじめは古くてひび割れた細い道だったが、やがてそれも真新しいものに変わってゆき、気づいたときには、たくさんの車が行き交う大通りにまで来ていた。

「ここだよ」

 大通りを曲がって小さな路地に入ったところで、ルリはぴたりと足を止めた。

 そこは、一見すると普通の住宅のようだった。洋風の造りで、クリーム色の壁にオレンジの屋根をのせ、黒い柵で囲われている。戸口の部分がガラス張りになっていることから、かろうじて店舗だということがうかがい知れる。よく見ると入口には「ストーンショップ明鏡止水(めいきょうしすい)」と書かれた小さい看板がかかっていた。

「へえ、パワーストーンのお店なのね」

 あかりは占いやオカルトを信じないたちだ。普段なら、こういう店は胡散臭いので近寄らないことが多い。しかし、ストラのような説明のつかない子供について相談するなら、ある意味では心強いかもしれない。

 ルリは遠慮なく店のドアを開けると、「おばあちゃん」と叫びながら、我先にと中に飛びこんでいった。

「まあ、ルリ。もう来たのね」

 カウンターの奥にいたのは、初老の女性だった。少し白髪が混じっているものの、顔立ちも言葉もはっきりとしている。服装も若々しく、花柄の刺繍を施した薄手のブラウスに紺のロングスカートを履いていた。祖母といっても、それほど歳をとっているわけではなさそうだ。

「あなたが片町(かたまち)(あかり)さんね」

「はい。はじめまして」

瑠璃奈(るりな)の祖母の、望月千草(ちぐさ)といいます。よろしくね。それと……」

 千草という女性はそのまま、すっと目線を下げてあかりの右隣に目をやった。

「その子ね? 電話でルリが『連れてきた』と言っていたのは」

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