八.妨害
“レイ”は、宇宙船内のベッドに横になったまま、付き添っているブラウゾンと話をしていた。ボディーガードのダンガニーは、少し離れた廊下への出入口付近に立っている。ブラウゾンは、手のひらに収まる丸い機械を操作していた。女性の化粧品にも見えるその機械の蓋をずらすと、小さな液晶画面と組み込まれたいくつかのボタンが現れる。
「そうか……フレッドは今、ラオラントに連絡しようとしたか」
「この機械を使ってうまく通信を止めておきました。サーズマ様は、仕事中でお出になることはできない、ということにしておきました。ご自宅の方にも連絡しようとしたので、そちらはあらかじめ用意しておいた映像を割り込ませて流してみました。私が作っておいた映像を本物の母親だと思っていたようです。話がかみあっていないのにも気がつきませんでした」
「うん、それでよかった。両親に余計な心配はさせない方がいい」
「フレッドの部屋の検索機能も、妨害操作しておきましたのでご安心を。彼は何も検索できません。彼は混乱しているようなので、旅が終わるまではよけいな情報は入れない方が良いでしょう。コルファーの検索機械は、さすがにこれで操作するわけにはいかなかったので、女をやとって、初期起動設定の画面ばかりを出させて、一切検索させないようにしました。彼はうまくだまされ、検索機械が壊れていたのだと思い込みました」
「ありがとう、ブラウゾン。君は本当に頼りになる」
ブラウゾンは、ニッと笑い、口元の横のしわを深めた。
「ラオラントの科学人たちの知恵を結集して作ったこれさえあれば、この船内の通信関係を操作するのは簡単でございます。それだけでなく、フレッドの脳波を拾って、動きや会話まですべて把握できますし、船内のアンドロイドを操ることも可能です。ここのアンドロイドの作りは一般的で単純なものですから、この機械で簡単に遠隔操作できます。こんな小さなものでも本当に重宝します」
「それさえあれば何でもできるな」
「軍事用としては、これは最高の商品でしょうな。ただ、やはり機械ですから、融通がききません。フレッドの体がアンドロイドなら、操って静かにさせることは簡単ですが」
「そうだね……フレッドの体は生身だから、その辺のアンドロイドと同じようにはできないだろう」
「この機械はすばらしい発明品ですが、自分で状況を判断して、勝手に通信妨害してくれたり、アンドロイドに命令したりする機能はありません。これを操るのはやはり人間です。どんな機械でも万能ではございません。機械はやはりただの機械です。この宇宙船でもそうでございます。この船の機械系統が何でも自分で判断できたなら、今回のような事故は起きなかったでしょう」
「その通りかもしれない。機械は機械にすぎないんだ。レーダーにも映らないほどの小さな浮遊石が超高速で衝突したと説明があったけど、この宇宙船の浮遊物察知システムでは検知できなかったのかな。機械に頼ってしまって、定期的に人がデータをチェックする作業を怠ったようだ。どこの国が攻撃してきたかと思った」
「レイ様を狙っての攻撃なら、船体を完全に破壊するでしょう。私は今回のことは船長の説明どおり、自然の現象だと思います。所詮、機械というのはそんなものです。予定外のことには対応できません」
「予定外か……」
「予定外と言えば、フレッド・イベリーの過去を知っている者がこの船に乗っていることもそうでございます。この機械に、フレッドの過去を入力しておけば、そういう事態に遭遇することの準備は出来たかも知れませんが、それは予測不能でした」
「フレッドのことを知っているやつがこの船に乗っているのか?」
レイは、驚いてブラウゾンの顔をじっと見上げた。
「ロベルト・ファンセンという名の兵士ですが、そいつがただの知り合いではなく、キャシーの婚約者だったらしく、よけいな情報をもらしてしまったようです。始末しようかと思いましたが、そこまではどうかと思いまして」
「よりにもよってフレッドの妹の婚約者か……偶然だろうが、あれは本物のフレッドなんだから、知り合いがいてもおかしくない。ロベルトっていうやつには罪はない。殺さず放っておけ。どうせ、たいした情報を知らないだろう」
「とにかく、レイ様が早くお元気になってくださらないと、どうしようもありません。ゆっくりおやすみください」
「ああ、そうするよ。気分はさっきよりもましになったけど、まだ起きる元気はない。フレッドがあんまりうるさいようだったら、しばらく眠らせてやってくれ。何度も押しかけられては休めない。そうだ、あいつの為に、説明用映像を用意しておいてくれないか。ラオラントに戻ったら、映像を見せてすべてを納得してもらうことにする」
「私は、そのような手間をかけなくともいいと思いますが」
「あいつがかわいそうだからさ。納得する、しないは本人次第で、理解してもらえないなら説明するだけ時間の無駄になるかもしれないけど、それでもいい」
その頃、フレッドは、部屋で悪態をついていた。
「何だ、何にも出てこないじゃないか。ここの検索機械も壊れているのか」
白い画面に映るのは、しばらくお待ちください、という黒い一列の文字だけ。いったん機械を閉じ、しばらくしてもう一度やってみても同じだ。あまりに長いので、船内のアンドロイドを呼んで修理させようとしたが、アンドロイド自体がブラウゾンからの妨害電波で動かされており、取り合ってもらえず、結局、検索は時間が経過しても回復しなかった。
検索ができないならと、船内食堂でロベルト・ファンセンから情報を収集しようとしたが、彼は婚約者のキャシーを思い出してまた泣いてしまい、新しい情報は何も入らなかった。さらにまずいことに、それ以来、ロベルトは、食堂でフレッドが近づいて来ると、情報をくれるどころか目をそらしてフレッドを避けるようになってしまった。
補給基地コルファーを出た二日目の朝。食事を終えて船内食堂から出てきたフレッドは、ブラウゾンに呼び止められた。この老医師は、今はひとりだった。足を止めたフレッドは、眉をよせた険しい顔で、ブラウゾンを上から威嚇するように見おろした。
「やっと出て来たか。どういうつもりだ。いつまでこんなかっこうをさせる気だ。いいかげんにしてもらいたい」
「お声が大きいです。レイ様から伝言でございます。必ず説明するから待ってくれ、とのことです」
フレッドは片眉をピクリとあげた。
「それは、俺が本物のレイだと認めるということだな? 違うのか!」
「認めるとか、認めないとか、そういうことではなく、説明を理解するかどうかはあなた次第です」
「じゃあ今すぐ説明しろ。俺をあいつの所へ連れて行け」
「それはできません。レイ様は、今はお休みしておられますゆえ」
「横になっていても、説明ぐらいはできるだろう。俺をあいつに会わせろ。あいつは偽者だ。俺の体を乗っ取って、レイになりすましているとんでもないやつだぞ。ブラウゾンもだまされるな。あんなやつの言いなりになることなどないだろう」
ブラウゾンは、一瞬憐みの表情を浮かべたかに見えたが、老人特有のしわがれた声に温かさはなかった。
「レイ様が死んでしまってもよろしいのですか?」
フレッドは、ブラウゾンをにらみつけたままだったが、すぐに言葉が出てこなかった。
「死ぬって……そんな重症ではないって、コルファーの病院内でおまえがそう言ったじゃないか。具合が悪くなったのか? とにかく会わせろ。あいつの口から聞きたいんだ。俺の体を見せてくれ。俺はその権利がある」
「そこまでおっしゃるなら、少しだけレイ様に面会してもらいましょう。ただし、すぐに退室してもらいますぞ」
ブラウゾンは、しぶしぶフレッドを自分たちの部屋へ連れて行った。廊下を歩く間に、フレッドはブラウゾンにいろいろ尋ねたが、ブラウゾンはフレッドの問いを全く無視し、黙って歩いていた。
「どうして答えてくれないんだ。都合の悪いことは黙っているようにあいつに言われているのか?」
ブラウゾンは、迷惑そうにフレッドを見上げると、低い声で言った。
「……現状を受け入れることができないあなたに、あれこれ説明しても無駄ですから」
「なにぃ! この体を受け入れろと言うのか」
「そうやって大声を出されるから困るのです」
ブラウンゾンは、着いた部屋の扉の前でいったん立ち止まった。
「静かにしていただけないなら、つまみ出しますぞ」