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七.通信障害

 宇宙港のロビーへ行くと、思った通り情報検索機械があったが、ここはもともと観光地ではないため一台しかなかった。誰かが使っていたので、フレッドは、後ろに並んだ。検索機械を使っている人物は、フレッドには気づかず、どいてくれる様子はない。何をそんなに検索しているのか覗きたくなったが、検索機械は四面をすりガラスに覆われた中にあり、小柄な女性が座っているらしい姿はぼんやりとわかっても、画面は見えない。

 フレッドは、辛抱強く待っていたが、無駄に過ぎる時間にこらえきれなくなり、すりガラスを指の爪ではじいた。

「そろそろ替わってほしいのですが」

 不機嫌なフレッドの声に、すりガラスの向こうにいた人影は、椅子から立ち上がった。出てきたのは、三十歳前後の女性。

「ごめんなさいね。これ、壊れているみたいなの。ずっとがんばっていたのだけれど、コンピューターがおかしくって、検索が全然できないわ。ちょっと見ていただけませんか」

「壊れていると?」

 フレッドが画面を覗き込むと、画面は青と黒が交互に点滅し、何種類もの言語がそこへどんどん書き込まれていた。どの文字も、どこかの星で使われているものだろうと想像できるが、フレッドが読むことができる種類の文字はなかった。画面をいったん終了してやり直してもまたそれになってしまう。

「なんだ、この画面は。どうやったらこうなったんですか」

「私、どこも変なところは触っていないわ。検索を始める、という所に触れただけよ」

「これは……専門家に見てもらった方がいい。機械の調子が悪いなら早く教えて欲しかった。こんなに長く待たなかったのに」

「すぐに直ると思ってあちこちいじっていたのよ。待たせているって知らなくて、本当にごめんなさいね」

 不満げに口元を少しゆがめたフレッドを見ても、女性は悪びれることもなくコロコロと笑うと去って行った。フレッドはその姿を見送り、検索できない機械の前で腕を組んで考え込んだ。検索が今すぐにできないなら、父親に連絡してみようと思いついた。もしかすると、総統である父もどうかなってしまっているかもしれない。

 フレッドは胸のポケットに手をやり、ハッと手を引っ込めた。そうだった、とまたもやため息が出た。これはレイの体ではないため、いつもレイがポケットに入れていた連絡用の通信機器は持っていなかったのだ。

「この男は、軍人のくせに自分の通信手段を何も持っていないのか? 電話も無線も」

 着ている服のありとあらゆるポケットに手を突っ込んでみたが、何も出てこなかった。レイだった時は、普通のカード型通信機の他に、超小型のボタンにつけられるサイズの、高価な非常用通信機も常時持っていたが、フレッドはそのようなものは身につけてはいなかった。

 持ち歩いている通信手段がないなら、公共の通信手段を使うしかない。この宇宙港のあまり広くないロビーをぐるりと見渡した限りではそれは見当たらなかったので、今は連絡することをあきらめた。宇宙船に戻れば、通信機器は各部屋にあり、情報検索もそこからできるので、問題は解決する。

 宇宙港に戻り、ロビーのガラス越しに、乗ってきた宇宙船を眺めると、修復作業は順調に進んでいるらしく、どこが壊れたのかはわからなかった。作業員らしき上下つなぎの服を着た男数人が、忙しそうに、船の入口から出たり入ったりしている姿が確認できた。

 

 


 それから数時間後、船の修理が完了したと、コルファー全体に放送が入った。宇宙港のロビーをぶらぶらしていたフレッドは、宇宙船に向かって歩き出したが、レイの様子を思い出し、立ち止まった。自分の体が乗船するのを確認したほうがいい。とりあえず待つことにした。

 フレッドが乗船口で待機していると、他の乗客たちがぞろぞろ帰って来るのに交じって、レイの姿が。レイは、意識を回復していたが、まともに歩けず、ダンガニーに肩を支えられている。よろよろして顔色の悪いレイに、思わずフレッドは駆け寄っていた。

「動いて大丈夫なのか? ここで入院していた方が――」

 最後まで言わないうちに、ダンガニーがレイの体を抱き上げて、あっという間にフレッドの前を走り抜けた。あっけにとられたフレッドが追いつこうとした時には、ダンガニーは船内のあの三人部屋に閉じこもり、中から鍵をかけてしまった。

「おいっ! ダンガニー!」

 侍医のブラウゾンの方は若くなく走れないので、後からゆっくりと船内へ入り、くやしげに扉に張り付くフレッドに軽く会釈した。

「ブラウゾン、あいつは大丈夫なのか?」

「あなたが大騒ぎすると、レイ様のお体に響きます。どうか休ませてさしあげてください」

 ブラウゾンは、それじゃあ、とさっさと中へ入ろうとする。

「ブラウゾン、俺だって顔色を見れば、本当に具合が悪そうだということぐらいはわかる。でもそれよりも、聞いてくれ、大事な話なんだ。あの中身はレイじゃない。俺の体を乗っ取ったフレッド・イベリーだ。俺がレイだよ。信じてくれ」

「あなたもしつこい方だ。そのお話はレイ様がお元気になられたら、納得いくまでごゆっくり話し合われるがいいでしょう。とにかく、静かにしていただきたい」

 ブラウゾンは迷惑そうに、上目使いでフレッドを見たが、すぐに目をそらした。フレッドはそんなブラウゾンの肩をぐっとつかみ、低い声音ですごんだ。

「おいっ、ちゃんと人の話を聞けよ」

「何をなさいます。乱暴なことはおやめください」

「やつに会わせろ。あいつなら俺を元に戻す方法を知っているはずだ」

 ブラウゾンは、つかまれた肩にかかったフレッドの手を、指で一本一本ゆっくりとはぎ取ると、じろりとフレッドをにらみ返した。幼い頃からレイが世話になっているこの老医師の、黄色く濁った両眼は、けんかを売りつけられ、それを買う男と同じ目付きになっていた。それは、敵に狙いを定めた兵士の持つ殺気だったオーラと同じであり、レイとしての記憶の中にあるブラウゾンとは別人にも見える。息を飲んだフレッドに、ブラウゾンの、縦じわの寄った唇から、冷水よりもさらに冷たい、凍った言葉の固い粒が投げつけられた

「愚かな。あんな状態のレイ様にお会いして、あれこれ要求するのは無理です。あなたはそんなこともわからないのですか。思考回路がかなりいかれておられるようだ。私は医者としてレイ様の体調管理をまかされているのです。おとなしくしていてください」

 やさしかった侍医の見たこともない怖い顔に、フレッドは目を見開いて汗ばんだ。ブラウゾンは、三人部屋の扉をたたき、ダンガニーに難なく開けてもらうと、立ちすくむフレッドを廊下に残したままさっと中に入ってしまった。扉は再度、内から鍵をかけられた。

 恐ろしい考えがよぎる。もしかして、ダンガニーとブラウゾンの魂も誰かと入れかわっているかもしれない……それを否定する根拠は何も思いつかなかった。

 入室をあきらめたフレッドは、ため息と共に眉を寄せ、うつむきがちにフレッド・イベリーの部屋に戻った。



 ――俺は何をやっている。ブラウゾンが部屋に入る時に、突入するチャンスだったのに。だが、無理やり部屋に入ってもたぶん、何も変わりはしなかっただろう。俺はこの姿。俺の体は死にかけだ。どうしようもない。それに、ブラウゾンのやつ、何かを隠している……

 

 宇宙船は、停電も重力装置も復旧しており、旅立ち前となんら変わりない。出発の時の部屋と、自分の姿が異なっていることがおかしいだけだ。しかし、落ち込んでいる場合ではない。早速検索だ。いや、その前に連絡をするべきだろう。

 部屋に備え付けの、小型通信機の液晶画面に向かい、慣れた番号を打ち込む。それはラオラント総統である父、サーズマ・グラウジェンを呼び出す直通の番号。呼び出し画面がしばらく続くと、今は出ることができない、という表示が出た。

「だめか……忙しい時間だろうな。それなら自宅へ」

 今度は自宅の番号を打つ。頭が、指が、その番号を憶えている。

「俺はフレッド・イベリーなんかじゃない。誰が何と言おうとも、レイ・グラウジェンだ。ちゃんと自宅の番号もこの通り」

 ブツブツ言っているうちに相手が出た。五十センチほどの大きさの、正方形の画面に映し出された金髪の女性は、レイの、今はフレッドの体になっているレイの実の母親。画面を通して、向こうにもこちらの顔は見えているはずで、母親は他人を見るような目をしている。

「どちら様ですか?」

 予想通りの対応。これは仕方がないだろう。

「母さん……俺……俺はレイだよ。体を乗っ取られて、こんな変な体にされたんだ。俺の乗った宇宙船が事故に遭ったって、もう知っているだろう? その事故もなんだかおかしいと思うんだ」

 母親の顔を見ると、いじめられたことを親に報告しているような甘えた声が出てしまった。

「あの……」

「信じてくれ。この体に、レイ・グラウジェンの魂が宿っているんだ。俺はレイなんだ」

「何屋さんでしょうか」

「俺の体は、フレッド・イベリーってやつに乗っ取られている。体を返してもらいたいけど、どうしたらいいかわからない。今すぐ父さんと連絡をとってくれないか? もしかしたら、父さんもこんなふうに、誰かに体を乗っ取られているかもしれないから気をつけて。それに、ダンガニーとブラウゾンの様子もおかしい。あの二人ももしかして――」

 目をぱちくりさせていた母親は、キッと眉を吊り上げ、きつい口調でフレッドの話を途中で切った。

「何の勧誘ですか? ロボットの購入の案内でしたら、うちは間に合っておりますので、必要ありません」

「母さん、違うんだ! 勧誘じゃない。聞いてくれよ。俺がレイだってば! 誰かが俺の映像装置にイタズラして、体が入れかわってしまったんだ」



 ブツッという音と共に、画面は明るさを失い、黒一色になった。

「くそっ! これじゃあ、どうしようもないじゃないか。俺は一生この体でフレッド・イベリーをやっていかないといけないってことか」

 フレッドは、一方的に切られて黒くなった画面の前で、しばらくは、背中を丸めて虚しく固まっていた。しかし、自分をあざけ笑ったあの声を思い出して、また怒りが湧きだし、キッと顔をあげた。

 あきらめない。あきらめてどうなる。

 背筋を伸ばし、情報検索画面に切りかえ、フレッド・イベリー……そう画面に打ち込んだ。




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