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六.病室

 入院者の中に、レイの名があると知り、とりあえず体がまだ生きているらしいとわかり、ほっとしたが、返してもらうまでは、喜ぶわけにはいかない。

「ここだな」

 フレッドは、レイのいる病室の引き戸を、ノックなしで開けるやいなや、あっ、と声を出してしまった。

 一人部屋のベッドの上にあおむけになっているレイの体。首まで毛布をかけられているレイは、真っ青な顔で、目を閉じている。ベッドの横にはボディーガードのダンガニーと、侍医のブラウゾンがいる。ブラウゾンは、いきなり入ってきたフレッドを見るなり、付き添い用の椅子から立ちあがり、冷たく言い放った。

「勝手に入って来ないでいただきたい」

 ダンガニーの方は、レイを守るように、無言でベッドの前に立ちはだかり、フレッドのいく手を阻んだ。ダンガニーの鋭いグレーの目には隙がなく、フレッドが鍛え抜かれた軍人でも、うかつにけんかをしかけることはできない雰囲気をにおわせている。体はダンガニーの方がフレッドよりもひとまわり大きい。フレッドは、にらんでくるダンガニーを無視して、ブラウゾンの方へ声をかけた。

「俺の体はどうなったんだ」

 フレッドの声がしても、レイは目を開ける様子はない。ブラウゾンが、不機嫌そうに、額のしわの溝を深める。

「お静かに。レイ様はもともと体が弱いお方。宇宙船が揺れていたから具合が悪くなっただけで、命に別状はございません。船の修理が終わるまで、ここで休ませてもらっているだけです。安心したならお帰りください」

「帰れ、と言われても、これは俺の体だぞ。ここで寝ているこいつはフレッド・イベリーだ。こいつの中身は俺と入れかわっていてレイじゃない。俺がレイ・グラウジェンだ」

「くだらない思い込みはやめてください。レイ様のお体に響きます。レイ様を少しでも休ませてさし上げなければ、ハーキェン星までの往復の体力がなくなってしまいます」

 ブラウゾンの丁寧な言い方には、感情はまったくこもっていなかった。

「おまえたち、もしかして本物のフレッドとぐるなのか? ここで寝ているこいつとおまえらは共犯者か? どうなんだ、答えろ」

 フレッドはそう言いながら、眠るレイの体に数歩近づいた。

「ぐっ、何をする! うわっ!」

 フレッドの手がレイの体に触れようとしたその途端、黙っていたダンガニーがいきなりフレッドの胸倉をつかみ、軽々とつりあげると、強引に廊下に放り出した。レイの病室はすぐに中から鍵がかけられ、廊下に投げ出されてしりもちをついたフレッドは、大声を出した。

「痛! ダンガニー、なんて酷いことをするんだ。俺がレイだって、言っているじゃないか」

 閉ざされてしまった病室の扉。内側からの返答はない。

「くそう、俺はあきらめない。絶対に俺を取り戻してやる」

 院内のつるりとした床の廊下に、悔しがるその声は妙によく響いた。フレッドが、レイの偽者をののしりながら、服についた埃をはたいていると、腰の高さほどの、丸い体をした介護ロボットが近づいてきた。ロボットの顔にあたる丸い部分のセンサーが、赤く点々と光り、頭部の音声の穴から固い声が発せられた。

「廊下ではお静かに。お話はロビーの方でお願いします」

 キンキンとした機械の声が、耳にざらつき、打った尻の痛みも手伝ってよけいに眉がつりあがる。

「黙れ。うるさいのはおまえだ」

「廊下ではお静かに。お話は――」

「わかったよ。静かにすればいいんだろう? おまえこそ静かにしろ」

 フレッドは険しい顔のまま、つかつかとロビーへ戻った。先程の長いすに腰を下ろす。病院のロビーにはまだ他にも人はいたが、ロベルトはいなくなっていた。


 フレッドは、ふぅ……とため息を吐き、長いすに深く腰掛け、頭を抱えた。先ほどのレイの様子がちらつく。

 死んでいるとも思えるような顔色だったレイ。赤いはずの唇の色は、血の気が抜け、頬やあごの白色とそう変わらなかった。体を乗っ取られた直後に見た時は、彼は大声で笑っていたし、自分は怒りでいっぱいでレイの体のことまで考える余裕はなかった。もしかすると、侍医たちの部屋にこもっていたのも、仮病ではなかったかもしれない。最悪の事態を考え、ブルッと身が震えた。


 ――もし俺の体が死んだら、俺は一生この体でフレッドとして生きていくことに……


 フレッドは、ダンガニーとブラウゾンの冷たい態度を思い出し、何度目かの歯ぎしりをした。



 宇宙船は宇宙港につながれたまま修理に入っている。修理作業が終わり次第、コルファー全体に情報が流れることになっているので、旅行者たちは、コルファーの数少ないレストランなどでのんびりと時を過ごしていた。

 フレッドは、いつまでも病院にいても仕方がないと、あれこれ考えながら病院の建物を出た。外へ出ると、ため息まじりに、はるか頭上を覆う金属製のドーム天井を見あげた。

 岩の塊であるこの星には空気が全くないので、人造物はラオラントのように、すべてドームの中にある。金属製の頑丈なドームに取り付けられているいくつもの照明器具が、ここを絶え間なく明るく照らす。上だけを見ていると、故郷のラオラントと様子は変わらない。しかし、ここは確かに補給基地コルファーらしい。重力調節装置にたよっている体の感覚が、ここがラオラント星ではないことを教えてくれる。フレッドは、天井を見上げるのをやめ、建物同士をつなぐ動く通路に乗った。

 心の中で、あせりと怒りが入り混じる。

 

 ――ラオラントの次期総統が、別人になってこんな所にいるとは、いったいどういうことだろう。誰かが宇宙船の事故を仕組んだようにも思えてくる。俺はどうしたらいいんだ。無事に俺に戻る為に、今やるべきことは……できることは……ある! 


 いい案を思いつき、そのまま宇宙港へ向かった。この補給基地コルファーの、玄関口となる宇宙港のロビーへ行けば、情報検索用の端末が置いてある。宇宙港ならば必ずあるのが常識。検索したい事はたくさんあった。フレッド・イベリー中将。その妹キャシー・イベリー。ディッセンダム研究所。部下だったロベルト・ファンセン。どれかひとつぐらいは検索にひっかかりそうだ。

 フレッドはずっと緊張したままだった眉をゆるめた。理解不能なこの状況の中に、ひとすじの希望の光を見つけ出した気がしていた。


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