二十.真偽(二)
レイは、顔をくしゃくしゃにし、しゃがみこんで腹を抱えて笑っている。絶え間のない笑いが口からあふれ、息を吸うのも苦しそうで、ヒー、ヒー、と喉の奥が鳴る。
突然話がコロリと変わり、フレッドは、目をパチクリさせていたが、これは巧妙な映像を使ってだまされたらしい、と状況を理解すると、また両眼が飛び出しそうに膨らんだ。
「やっぱりそうじゃないか! おまえが俺の体を乗っ取ったな。『いいかげんにしろ』と今度は俺が言う番だ。何がそんなにおもしろい。こういう冗談は好きじゃないと、最初に言っただろう。どういうことなのか、洗いざらい聞かせてもらおうか」
「さっきまで泣きそうになっていたのに、急に勢いがついたな。おまえの予想通り、俺はフレッド・イベリー。俺たちは宇宙船の中で、お互いの体を交換している。宇宙船の映像装置に介入し、魂を電子分解し、体を取り換えた。レイの体にならないと、この星を支配できないからね。この星の中ではレイは守られすぎているだろう? 宇宙に出た時がチャンスだった」
レイは笑いすぎで出てしまった涙を、指でぬぐっている。しゃがんだままで、口元はまだ閉まっていない。フレッドは、いまいましげにそんなレイを見おろした。
「おまえはやはりフレッド・イベリーか。フレッドの冷凍体が何体もあったことが嘘なら、おまえが俺の主魂なんて話も、作り話だったんだな? ロベルトとキャシーのことも偽りか? 最初から俺にデタラメを吹き込むために、ロベルトを俺に接触させたのか?」
「……そう理解しておけよ。おまえのひきつった顔が……ああ……笑いすぎて窒息しそうだよ……ククク……」
「ちゃんと説明しろ」
「ラオラントを支配する為、フレッド・イベリーである俺が、次期総統レイ・グラウジェンの体をもらった。難しい説明などいらない」
「おまえはレイではないことを認めるなら、さっさと俺を返せ」
「断わる。せっかく手に入った大切な体だ。はいどうぞ、と渡せるものか。この状況でもそんなことを言うのか。動くこともできないくせに」
レイは大笑いしながら、しゃがみこんだまま少しせき込んだ。フレッドは怒りで額まで真っ赤に染めながら、言葉を強めた。
「おいっ、これはおまえ一人で考えた陰謀ではないだろう。軍の幹部は皆、共犯か? 言えよ」
「そうだ、と言ったらどう反応する?」
「おまえ!」
「フレッド、そんな顔をするなよ。フレッドは目が大きいからさ、目玉が飛び出して落ちそうだよ」
「首謀者はおまえか。軍のやつらはみんなおまえと共謀しているんだな? ちゃんと答えろ」
「俺が首謀者。とりあえず、そういうことにしておいてやるよ」
「とりあえずとはなんだ、そのふざけた言い方は。首謀者は他にいる、ということか?」
レイは、ようやく立ち上がったが、笑いでまだ顔をくしゃくしゃにしており、フレッドの今の質問には答えなかった。
「ははっ、もっとびっくりさせてやろうか。サーズマ・グラウジェンもすでに別人にすり替わっているとしたら、おまえはどうする?」
「なっ! このぉ……父もか!」
「本物のサーズマは、とっくの昔に死んでいるよ」
笑い顔で語られた父の死に、フレッドの漆黒の瞳ににくしみの闇の光が宿った。もし、体が自由だったなら、確実に“レイ”に飛びかかっていただろう。それが自分自身の体を傷つけることになるとわかっていても、この衝動は止められなかったに違いない。
「おまえが父を殺したな。許さない」
「あーはっ、はっ、はっ……」
レイは、笑う声を一段と大きくした。フレッドは鼻の上に深くしわを寄せた。
「俺の父を殺した話がそんなに笑えるような話題か。おまえには人の心などないのか? 何がそんなにおかしいんだ」
「ごめん、フレッド、それは嘘。サーズマはまだ本人だよ。誰とも入れ替わっていないし、死んでもいない。あははっ!」
「なんだとぉ、また俺をからかったのか、この偽者め」
鼻息荒いフレッドに、笑い続けるレイ。他の者の声はない。すべてを背中で聞いていたブラウゾンが、モニターから目を放し、振り返ってレイに声をかけた。
「レイ様、これ以上話を混乱させると、この者はもちません」
ブラウゾンは、眉を寄せてフレッドを見ていたが、どういう感情で見ているのかはわからなかった。フレッドは、さらにいきり立った。
「ブラウゾン、おまえはなんだよ。本物のブラウゾンか? おまえもダンガニーみたいなアンドロイドか」
それにはレイが答えた。
「ブラウゾンは普通の人間。昔から何も変わらない。変わったのはおまえだけさ。体も他人の物だし、記憶もずたずたになってあわれなやつだ」
「おまえがそうしたんじゃないか。人を傷つけて笑ってやがる。なぜ、こんな酷いことをやるんだ」
「総統の息子だからじゃないか。軍人が政権をねらって、次の総統の体を乗っ取る。すばらしいだろう。計画は完璧だ。これで俺が総統になり、軍が主導になって、ラオラントに幸せをもたらすことができる。最高の筋書きだ。はははは……」
「いつまでも笑うな。この軍人やろう、いいかげんに俺を戻してくれ」
「だから、できないって。俺は、将来、総統になるんだから、おまえなんかにこの体を譲れないね」
そこへブラウゾンが口をはさんだ。
「レイ様、お戯れはおやめなさいませ。脳圧が高まってきております」
「もう限界か。わかった、からかうことはやめてやろう。いいか、フレッド。今度こそ本当のことを言おう」
大笑いしていたレイは、なんとか笑いをおさめて立ち上がると、真面目な口調で言葉を出した。
「フレッド、今から言うことが真実だから。もうふざけるのはやめてやる」
険しい顔のフレッドは、なんだ? とレイを見上げた。
「おい、どういうことだ。さっき本当のことを教えるって、言ったばかりじゃないか。おまえがフレッドで、俺がレイだと認めた以外に、まだ何かあるのか」