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十九.真偽(一)

「分割した魂って……おまえはフレッド・イベリーじゃないのか」

 大量の汗を流しているフレッドにはお構いなしで、レイは一方的に話した。

「この施設で、内密に複製体の研究をしていることはわかってもらえたね? ここが一般に知られていない理由は、持っている記憶の中にあるか?」

「ディッセンダムすら知らなかったのに、そんなこと聞かれても答えようがない」

「それなら、説明しよう」

 フレッドの、放り投げるような言い方にも、レイは微笑を崩さず、説明を始めた。

「ラオラントが、ルテイ帝国から独立する為には、他星に先駆けて魂の移植用複製体を完成させることが必須なんだ。帝国がこの星の守護を理由に、膨大な資源を横取りしていることはおまえも想像がつくだろう。いくら資源を掘っても、ラオラント星としての収益はあがらない。だけど、今の段階では帝国に刃向うことはできない。この星の資源を狙っているのは、ゲマド人だけじゃないから、どうしても帝国の保護は必要だ。帝国に仲よくしてもらう為に、わざわざハーキェン星まで挨拶に出かけたことはわかっているんだろう? その記憶はあるな?」

 フレッドがうなずくと、レイは話を続けた。

「ここには独立してやっていけるだけの資源があっても、人が足らない。だから、ここを、移り住んでみたいと思えるほど魅力的な星に、ここでしかできないことがある星にして、人口を増やし、いつかは帝国の支配を断ち切ること。それが、ラオラントがここを隠している理由であり、ここで行われてきた、人の魂の移植や、移植用複製体を作る実験の目的だ。俺も数年前から、ここで研究の手伝いをしている。本物のフレッドは、自分が死んだら体を実験に使ってほしいと、日ごろから口にしていたので、そうさせてもらった。だから、彼の体がたくさんある」

 フレッドは椅子に座らされたままで、歯の間から、スゥーッと音をたてて息を吸い込んだ。

「ちょっと待て。フレッド・イベリーの過去の話はわかりやすかったが、それなら、なんで宇宙船の中であんなことをした。実験ならこの施設でやればいいだろう。初めての宇宙旅行だったのに、どうして俺は今フレッドになっているんだ」

 フレッドは、うらみがましく、頬をひくつかせてレイをにらみつけた。レイは、「ああ、そうだった、その情報を入れ忘れたな」とつぶやいて、またククッと喉を鳴らして笑った。

「何で宇宙旅行の途中でそんなことになったかって? おまえには必要最低限の記憶しか渡していないから、そう思うだろうな。記憶を失くしていても、この体が弱いことはわかるな? 宇宙への初旅行で、軟弱な体が悲鳴をあげるだろうと、ブラウゾンが気を利かせて、乗船前にレイの魂を分ける方法を提案した。この体が離陸に耐えられず、死んで魂が解き放たれてしまうと、どうしようもないからね。ごくまれに、宇宙へ出ると重力の変動に体がついていけず、急死するやつがいることは知っているか? そういう最悪の事態に備えて、フレッドの複製体に、俺の魂の一部を分割して移植したんだよ」

 フレッドは半信半疑で、レイがうそをついているかどうか、表情のひとつひとつをじっくりと観察したが、よくわからなかった。

「いかにも、最もらしい説明だが、どうもすっきりしない。今の説明だと、俺が二人いる、ということになるぞ」

「まあそういうことだ。離陸段階では、レイとフレッド、それぞれの体に宿る魂の配分は半分ずつで、体がしっかりしているフレッドの方に主魂を入れた。ハーキェンへの旅が終わるまで、この割合でおまえにレイの体を任せ、主魂の俺はフレッドの体でのんびりしようかと思ったが、それは無理だった。離陸直後から、おまえが動かしていたレイの体調が悪くなってしまったんだ。軟弱なこの体は、予想通り体調を崩し、食事を摂るのも難しくなってしまった」

「うそつけ! 俺はそんなことはなかった。レイとして離陸してからずっと元気だった」

「そのフレッドの体は、記憶回路がいかれている。おまえが何と言おうとも、事実はそうだったんだよ。レイの体が宇宙に出て調子を崩すことは予測されていた。だから、レイの魂を守ろうと、体と魂を二人に分けて乗船した。この体が、最悪の場合、死んでしまうことを考えてそうしたことは、今説明しただろう。だけど、発熱だけだったから、ブラウゾンが、この場合は、魂の割合と主魂を入れ換えた方がレイの体にはいいだろうと提案した。少ない魂では、体の回復が遅くなる。そこで、三日目に、急きょ、レイの体に主魂の俺を戻し、魂の割合を変更することに決めた。それで映像室のモニターを利用して、画像に仕込んだ暗示でおまえを少しだけ眠らせ、フレッドの体内にいた主魂の俺は、おまえという作った人格と入れかわって、元のレイに戻ったってわけだ。魂の分割と移植作業は、電子分解装置さえあれば、どこでも簡単にできるんだよ」

「画像に暗示を仕込んだ? そんな都合のいい話なんかあるわけがない。あれは暗示でもなんでもなかった。おまえが俺を殴ったに決まっている。そのせいで頭痛がずっと続いて大変だったんだ」

「落ち着け、おまえの為に説明しているんだからさ。宇宙船内で変更された魂の配分は、フレッドの体を保てるぎりぎりの量で調整された。割合はレイとフレッドで九対一。その一の方がフレッド、今、その体に宿っているおまえだよ。その体には、体を動かすのに最低限の魂の大きさしか入れていないから、出航時のことや、おまえが出発直後から寝込んでしまったことなどの、細かい記憶が抜けているのは当たり前だ。それに、フレッドの体には、アンドロイドの思考回路が使われているから、中将としての記憶がないのも当然のことさ」

「つまり、ラオラントを離陸する時、おまえの方が、フレッド・イベリーの複製体だった、と言うんだな」

「そうだ。魂の半分で、フレッドの体を動かし、あの宇宙船に乗り込んだ。一般の客に怪しまれないように、ちゃんとフレッド用の荷物も作っておいたんだ。フレッドの部屋に置いてあった荷物は、俺がフレッドとして持ち込んだ荷物だ」

 フレッドは、また、ごくりと唾を飲み込んだ。

「それなら、なんで、具合が悪くなった時に、全部魂を戻さなかったんだ。フレッドはもういらないはずだ」

「魂の移植用複製体は、いったん移植した魂が抜けてしまうと、すぐに細胞が崩れ始める。それでは宇宙の長旅にはまずい。魂移植用複製体の技術は極秘事項だから、フレッドの体には、どうしても生きてディッセンダムまで帰ってもらう必要があった。だから、おまえを吸収せず、フレッドとして残した」


 何を聞いてもレイはすらすらと答える。前から用意してあったかのような調子のいい言い訳に、フレッドは口先を尖らせた。

「それならそうと、最初から言えばいいだろう。無理やり体を奪われたような錯覚をおこさせるようなまねをするとは酷いじゃないか」

「最初に分離した段階、ラオラントを発つ前に説明したぞ」

 フレッドは吠えかかるように反論した。

「うそだ! 俺は聞いていない」

「おまえは、記憶がおかしくなっているからそう思うだけだ。主魂は俺の方で、必要なら旅の途中で割合と体を取りかえると説明した。おまえと俺は、元は一人だから、返せと言われても、返せるわけはないじゃないか。宇宙船内で、おまえがびっくりしていたから、あまりにもおもしろくて、また同じ説明をするのはやめただけだ。体調がすぐれないのにおまえがしつこいからさ、言うのがよけいに嫌になったんだ。まあ、小さな魂のかけらではそんなものか」

「なんだこのやろう! 勝手に都合のいい説明をして終わりか。返せよ、俺の体を返せ。俺はおまえの言うことなんか信じない。どんな巧妙な映像で言いくるめられても、フレッド・イベリーがレイ・グラウジェンの体を乗っ取っているに決まっている。同じ人間がこの世に二人もいるわけがない。おまえはフレッド・イベリーだ」

「違うよ。彼は死んだんだ。彼の魂を呼び戻す実験は一度も成功していない。だから、俺はフレッド・イベリーではない」

「信じられない」

「こんなにいろいろ見せてやっているのに、本当にしつこいな。今、フレッドの複製体にいるおまえは、俺の魂の一部ではあるけれど、元は俺から分離、移植させたもの。おまえは主魂ではないから、偽者はおまえの方なんだよ、フレッド」

 フレッドは、乱れる呼吸を必死で抑え、記憶を手繰り寄せようとしたが、何も思い出せない。喉の奥で、低いうめき声が出ただけだった。

「そんなバカな……」

「おまえは確かにレイ・グラウジェン。だけど、真のレイは俺の方さ。俺はフレッドの複製体に魂を分けて入れたことは今までにもあるけど、こんなおもしろいフレッドは初めてだ。フレッドとしてのおまえの仕事は終わった。さあ、その体から魂をすべて抜こう。人格を捨ててこの体に戻って来い。今、電子分解して、移し替える」

 フレッドが座らされている椅子のすぐ横にいるレイとブラウゾンは、目を合わせてうなずき合った。フレッドは、周りを見回した。コンピューターだらけの壁面。窓もなく、ひとつしかない廊下への扉の前にはダンガニーが立っている。逃げ道はどこにもない。逃げるどころか、足が不自由な上に、椅子に固定されていては、立ち上がることすらかなわない。抗議を示すことができるのは、口と目だけだ。

「ちくしょぉ!」

 フレッドは、顔を真っ赤にして首を左右に振りながら、あらん限りの音量で、狂気にとらわれたとも思える甲高い声を発した。

「いやだぁぁ、俺は俺だ。やめてくれ!」



「あははは!」

 突然、フレッドの叫び声に負けないほど大きな声で、レイが笑った。

「あーはっはっは……おまえ、おもしろすぎる」

「このぉ、俺が死ぬのがそんなに楽しいか」

 フレッドの血走った大きな眼は、今にも飛び出しそうだった。興奮で唇がむけて、むき出しになった上下の歯。上がった眉で狭められた額には、横に数本のしわ。蒸気した顔に、開いた鼻孔。その、穏やかとは言い難い顔つきを見ても、レイは笑いが止まらない。静かな部屋に、大声の笑いが響き渡る。

「あははっ、わかった、わかったよ。おまえには負けた。どうしてもあきらめないなら、本当のことを教えてやる。今、おまえに見せた映像は全部嘘さ。おまえの為にあれは特別に作ったものだったんだ。いかめしいフレッドがそんな顔をするとさ、もうたまならいよ。軍人らしくない。ははは……」

「嘘の映像だとぉ? 全部か?」

「おまえに冷凍体を見せてやったけど、あれも全部嘘。この施設には、冷凍体なんてどこにもない。冷気を映像に加えて、いかにも冷凍庫のように見せかけておまえをだましてやっただけさ。手を触れれば、作り物だってわかったと思うよ」



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