十八.過去の映像
「うあぁぁ!」
絶叫するフレッドを、レイはやさしくなだめた。
「落ち着け、何も痛くないだろう? 勘違いするな。それは処刑用の椅子じゃない。やっぱりブラウゾンの言ったように、意識が戻る前に勝手に処置した方がよかったかな。ほら、力を抜いて。おまえにフレッド・イベリーの情報をやるよ。おまえの心を楽にしてやる」
アイマスクに覆われて何も見えない中で、レイの声が聞こえる。恐怖のあまり叫び声を上げたフレッドの脳内に、鮮明な映像が送り込まれてきた。
それは、フレッド・イベリーの生い立ちから現在を簡単にまとめたものらしかった。話は年代順で細切れになっており、途中でプツンと切れてはまた始まる。この星で生まれたフレッド・イベリー。成人前に両親が事故で同時に亡くなってからは、生活の為にラオラント自衛軍に志願し入隊。やがて妹のキャシーも入隊し、軍人として共に歩んできた日々の断片たち。徐々にその功績を認められ、中将になり、サーズマ総統の近辺警備から信用を得て、ディッセンダムに出入りすることに。
会話や周りの風景もしっかり入っており、ひとつの動画アルバムを見ているようだった。今のフレッドにも憶えのある場所もいくつかあったが、家族のことや、フレッド本人が、妹のキャシーと部下のロベルトを引き合わせたことなど、今の“フレッド”には全く知らないことがほとんどだった。
今、見ている過去。特にその部分は気持ちよくはなかった。フレッド・イベリーが、どこかの狭い通路で、見知らぬ女と撃ち合いになり、そして。彼は頭部に被弾し倒れた。
動画はさらに進む。
この研究所の中らしい部屋の一室で、ブラウゾンと、サーズマが、二つの死体を前にして話し合っていた。手術台の上に並べて乗せられた死体の頭部は、どちらも無残に砕かれている。糊のように固まった血液でドロドロになっている顔も、原形をとどめておらず、誰だかわからない。
サーズマは、悲しそうに瞳を震わせると、手前にある大きな男の死体に目をやった。
『イベリー中将はまだ若いのに秀でた実力があり、常識もあった。死なせるには惜しい人物だった。彼の意思を尊重し、この体を研究に使わせてもらおう。死者の魂を呼び戻す技術が確立されれば、いつか彼をよみがえらせることができるかもしれない。彼はラオラントに人生をかけ、ラオラントの為に死んだ。彼ほど賢く、勇敢な男はいなかった。彼の死は、我が星にとっては大きな損失だ。彼をこんな形で失うことになるとは……』
『ラオラントで一番の警備システムを誇るこの施設にスパイが入りこむとは、想定外でございました。まさか、総統庁の食堂で働いていたこの女がスパイ行為をしていたとは。ディッセンダムへ食事を運ぶ度にいろいろ探っていたのですな。愛想のいい女で、信用していたのに、残念なことでございます』
ブラウゾンは、不快そうに、もうひとつの死体を見下ろした。サーズマはため息をついた。
『このスパイの死体を、誰にも見つからないように処分しておいてくれ』
『かしこまりました。中将が気づいてくれなければ、我々は、この女に複製体の情報をすべて盗まれてしまうところでございました。せっかくサーズマ様が資金をかけ、軍の幹部に守らせて長年極秘に研究してきたものが、ごっそりと他星へ持ち帰られるようなことがあってはなりません。中将の死は残念ではありますが、無駄ではなかったのでございます。彼はこの女スパイにやられてしまいましたが、相撃ちで相手を見事に仕留めました。彼の復活を願って中将の体の使える部分を再生し、死亡したことを伏せ、彼がいつでも復帰できるように処置を施します』
『しかし、脳がすっかりやられている。これでは体を再生しても使いものにならない』
『アンドロイドの思考回路を組み込めば体は動きますぞ。中将の記憶は失われますが。生きた人間の魂分割、および移植実験は成功しておりますゆえ――』
椅子に固定されているフレッドは、頭に流されるその光景をぼんやりと見ていた。
――オリジナルのフレッド・イベリーはスパイにやられて死んだ……そうか、死んだのなら、やはり俺はフレッドではなくレイだ。もしかして、俺は本当に最初からフレッドかもしれないと思い始めていたがそうじゃなかった……
フワッ、と場面が霧に包まれた。急にアイマスクが外され、フレッドは現実に戻った。目の前ににこにこと微笑んでいるレイ。奥には、壁際のモニターに、はりついて背を向けているブラウゾンがいる。
「どうだい、フレッド。その体のこと、よくわかっただろう。フレッド・イベリー中将とディッセンダムの関係、それからキャシーのことも、これで説明になったと思う」
フレッドは、額から汗が眉の上に落ちてくるのを感じながら、ごくり、と空気の塊を飲み込んで呼吸を整えた。
「肝心な説明がないじゃないか。俺の体を使っているおまえが誰で、何が目的かを教えてもらっていない」
「納得できないのか? やはり、今度のやつはものわかりが悪いな。おまえに見せた冷凍体は、誰かの魂を入れないと動かすことができないって、さっき言ったはずだ。もう一度説明しようか。体の細胞の一部から、同じ人間を作り出す技術はどこの星でも確立されていて特に珍しくはない。でも、ここで作っている物は、まったく違う」
「どう見たって、普通の人間だ。どう違うのかわからない」
「見た目は普通に体細胞を培養したものとそっくりさ。だけど、ここで作っているものは、魂の器だ。魂の移植用に開発された細胞を使った人間の器だ。魂を移植することで、動かすことが可能になる。細胞提供した本人の魂がないなら、別人の魂を入れるしかない。魂の移植用複製体は、別人の魂でも動かせるし、ごくわずかの魂さえ入れれば状態を保てることは立証済みだ。おまえのように」
レイはいじわるく目を細めて、にやり、と笑った。フレッドは、息をはきだすのも忘れ、そんなレイを見つめている。
「……なにが……言いたいんだ」
「つまり、おまえは俺の分割した魂の一部なのさ。おまえと俺は元はひとり。体を奪いとられたと思い込んでいるおまえの方がおかしいんだよ。過去の映像の中に、魂移植実験の話が入っていなかったか? 理解できなかったなら、まあ仕方がない。おまえはおもしろいな」
“レイ”は楽しそうに、声を出して笑った。