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十七.ディッセンダム研究所(二)

 金属製の箱の中におさまっている、冷凍された人間の体。白い霜が素肌を覆い、耳たぶや髪の先などから小さなつららがさがっている。飾り用の大きな人形とも思えるが、それにしては芸術的な美しさは感じられない。霜に覆われていてもわかる、体の筋肉や、きちんと爪までついている指先の様子などが、死んでいる人間そのもので気持ち悪かった。それも一体ではない。店に並ぶ商品のように、寸分たがわぬ『フレッド』たちが何体も、その冷凍庫の中に詰め込まれるように並んで立っている。どれも、両手を胸の上で交差させており、それぞれの手の甲には、製造番号らしき数字が、肌に直接赤い字で書きこまれていた。

 開け放たれた扉から、冷凍庫の中に閉じ込められていた冷気が、サァーッ、と吐き出されてくる。生身の皮膚をなでる痛いほどの冷たい風。レイは冷たさにブルッと身を震わせると、すぐに冷凍庫の扉を閉め、紺色の瞳を煌めかせて笑った。楽しくてたまらない、というふうに唇の間から白い歯を見せている。

 フレッドは、キッと眉を寄せレイをにらみつけた。

「ここにあるのはこの体の複製体か? こんな物をいきなり出されても、わかるわけはないだろう。おまえ、どこまでふざければ気が済むんだ」

「あははっ、どうだい? これがフレッド・イベリーの正体さ。つまり、おまえはこの中で眠っていた一体にすぎないってこと。思い出したか、“フレッド”?」

 レイの軽い言い方に、フレッドは、嘲笑しながら言い返した。

「わかったぞ、おまえの方がもともとこの冷凍体ってことだな。おまえと取りかえられて、今、俺が宿っている体は、ここにいる『フレッド』の一体なのかもしれないが、俺にはフレッドだった記憶など一切ない。俺はフレッドじゃないから、もうその名で呼ぶのはやめてもらおう。おまえの方こそフレッドだろう。フレッドでないなら、おまえはいったい誰なんだ。答えろよ!」

 大声になっているフレッド。もともといかめしい顔つきなので、立ちあがって見下ろされれば、誰でも恐ろしいと思える顔になっている。それでも、レイは涼しげに笑っている。車いすのフレッドなど、怖くもなんともないと思っているようだ。

「俺? 見ての通り俺はレイ・グラウジェンさ。なぜ同じ顔の体がこんな所にたくさん保存してあるのか聞かないのか? そういう知恵もないわけか。このフレッドはどうも不良品だったようだ。もう少しまともなやつを開発してもらうように、ブラウゾンに頼んでおこう」

「ブラウゾンにって……おいっ、おまえ、ブラウゾンの体も誰かと入れかえたな」

「くくく……おもしろすぎるよ。今度のフレッドは最高だね」

「このやろう!」

 足が不自由で飛びかかれない。悔しさに、うなり声をあげていきり立つフレッドに、レイはさわやかな笑みを返す。

「フレッド、忘れてるようだから、教えてやるよ。ディッセンダムって名前は、ここで研究をしていた故人の名。ディッセンダム博士が秘密研究施設を建設することを提案したことからその名がついた。ここにはラオラント中から選ばれた優秀な科学者が大勢いる。アンドロイドを遠隔操作で思うままに操ったり、通信に妨害電波を割り込ませたりする技術もすべてここで開発されたものだよ。でもね、一番力を入れている研究は、こういう体を作ること。こっちも見ろよ」

 レイは、泡を吹きそうなぐらい怒っているフレッドに笑いかけ、上機嫌で反対側の壁の冷凍庫の扉に手をかけた。開かれて噴き出す冷気。そこには、女性の冷凍体が数体、先ほど見たフレッドの体と同じく、どれも同じ顔が立った状態で保存されていた。

「どうだい、この体。なかなかきれいな子だろう? フレッドの妹、キャシーだ」

 フレッドは、「何だって?」と声に出し、まじまじと冷凍体を観察した。細身の女性の体。冷凍なので、人形を見ている感覚で、全裸でもドキリとはしなかったものの、息をしていない死体がそこに立っている気味悪さに、思わず唇が震えるのが自分でもわかった。驚きで呼吸を普通にすることを忘れながら、『キャシー』たちを凝視した。『フレッド』たちを見た時も思ったが、そこにいるのは人間ではなく、凍った人形だ。

 冷凍されている『キャシー』は、フレッドと同じような、黒っぽい髪色だと思われるが、霜だらけで色ははっきりとしない。顔立ちは、フレッドとよく似ている、というわけではないが、二人は兄妹、という目で見れば、高めの鼻筋の辺りがどことなく同じような気がする。冷凍体は、全身がカチカチに凍り、閉じたまつげは固まった氷でまぶたにくっついているのもあるので、フレッドの特徴である、大きな黒い瞳が同じかどうかは確かめられなかった。

 パタリと冷凍庫の扉が閉められ、冷気が去ると、フレッドはたまらずレイに食ってかかった。

「おいっ、キャシーって、これがロベルト・ファンセンと付き合っていた女性か? おまえ……キャシーを殺して体を複製の実験に使ったんだな。なんて酷いやつだ。おまえはこの施設のことをよく知っているらしいが、ここはそういう非人道的なことをこっそりとやっている場所だとわかった」

「そんな言い方しないでくれよ。俺が殺したなんてとんでもない。キャシーは不治の病だった。だから、生き残るために、自分の体を複製体の実験に差し出したのさ」

「彼女は自分からこんな冷凍体になったって言うのか?」

「まあ話を最後まで聞け。ここを守る軍の幹部として、出入りを許可されていたフレッド・イベリー中将、つまり、おまえのその体の元になった男は、研究所が実験体になってくれる人間を探していると知り、余命半年と宣告を受けていた実の妹、キャシー・イベリーをここへ紹介した。ここで働く研究者たちと、俺の侍医のブラウゾンの協力により、彼女の複製体はほぼ完成したけど、魂を移す直前に、彼女は容態が急変して死んでしまった。ここにあるキャシーの冷凍体は、すべて実験過程で作ったものだ」

 フレッドは、“レイ”が『体の元になった男』と言ったことで、からかいつつも、今の自分を本者のレイであることを認めていることがわかったので、少し安心した。ほっとすると、ロベルトのことを思い出し、その話題が先に口から出た。

「キャシーはロベルト・ファンセンに病気のことを隠していたらしいじゃないか。それは本当の情報なんだな?」

「ああ、そうだよ。不治の病に侵されていた彼女は、複製体の実験が成功することに未来をかけていたんだ。この研究所で取り扱っている複製体に関する情報は国家機密。一般人が知るべきではないので、キャシーもそれは恋人にも伏せていたと思う。ロベルトのことは、俺はよく知らなかったけど、偶然あの宇宙船に乗っていたとは驚いたよ」

「そうか……」

 フレッドの脳裏に、声を詰まらせて泣いていたロベルトの顔がよぎる。物言わぬキャシーを見てしまった今、フレッドはすっかり気分が下降し、先程までの勢いがなくなってしまった。

「それなら、ここにこんなにキャシーが余っているなら、一体をロベルトにやってもいいじゃないか。あいつは本当に悲しそうにしていた。心の傷は癒えていない」

「それはできない」

 即座にぴしゃりと冷たく返され、フレッドは眉を寄せた。

「どうしてだ。たくさんあるなら、あのかわいそうな男にひとつぐらいやれよ。解凍すれば生き返るんだろう?」

「それが、だめなんだ。キャシーの魂がない。解凍しても、誰かの魂を入れないと動かせない。ここにある体たちは、他国がやっているような、細胞をそっくり複製しただけの体じゃない」

「これは人間ではないのか」

「人間だよ。だけど、これは人間の細胞を使った魂の器。だから、おまえはフレッドの記憶がないんだ」

 突然自分にふられた話に、フレッドは、むっ、と口を横にひいた。

「……どういう……ことだ?」

「普通に細胞を培養して作った体には、本人の魂は宿らないのさ。それもわからないか? やはり理解は無理か?」

 フレッドは、ごくり、と空気を飲み込んだ。怒りを通り越した汗が、じわりと吹き出し、脇の下が冷たく感じる。なんとなく霧が晴れようとしているが、何かがひっかかり、どうも胸がもやもやする。

 フレッドはだんだん自分がわからなくなってきた。どうやら、『フレッド』という元冷凍体の、魂の器に自分が宿っている、と理解はなんとなくできる。しかしそれなら、ここにいる“レイ”はいったいなんなのだろう。しゃあしゃあとしてずうずうしく、生まれた時からレイだったようにその体を使いこなしている。この施設や、フレッド・イベリー、そしてキャシーのことを、よく知っているらしく、この怪しい施設を自分の家のように案内しているが、なぜこんなことになったかを説明していない。

 フレッドは、冷たそうな灰色の床に視点を落とした。金属製の床に、天井の明りがにぶく反射している。無意識にため息が出ていた。ブラウゾンが、旅の途中で言っていた言葉が思い出される。


『説明を理解するかどうかはあなた次第です』

『現状を受け入れることができないあなたに、あれこれ説明しても無駄ですから』


 ――あれは、この話を全部信じろと言うことだったか? だから、これを見せるまで待たせた、ということなのか? だが、この冷凍人間たちがどうだって言うんだ。俺が必要としている情報は、そんなことじゃない。この体がどこから来たもので、なんなのかはどうでもいいんだ。俺はなぜこの体になっているのか。それを説明しないなんて、おかしいじゃないか。ごまかされるな!


「ほんとうにここはラオラントか?」

 レイは車いすのフレッドの顔を覗き込むと、ニイッと笑った。またしても、いたずらっぽく紺の瞳が細まる。

「違う、と言ったら、どうする? 安心しろ、ここ、ディッセンダム研究所はラオラント総統庁の地下だよ。次は向こうの部屋へ行こう」


 レイは、部屋を出て、また動く廊下に乗った。ダンガニーは、一言も口を開くことはなく、黙々とフレッドの車いすを押していく。音もなく滑るように動いている、冷たい金属の廊下。白っぽい照明が隅々まで光を与え、陰気な感じはしないものの、窓ひとつなく、誰にも会わない。たまに、生体認証機だと思われるアーチをくぐると、そこに取り付けられている赤い小さなランプが、作動していると自己主張するように点滅した。静かすぎる淡々と続く空間。あちこちに部屋の入口だと思われる扉があるが、レイはどこも素通りした。この長い廊下はどこまで続いているのだろうか。ところどころゆるくカーブしており、その先は見えない。

 レイは、動く廊下を途中で降り、そこにある扉を開くと、フレッドを連れて中へ入った。中はたくさんのモニターをはじめとする大きなコンピュータ類が壁面にびっしりとあり、作りは、あの宇宙船の中の、モニター室を少し広くしたような感じだった。

「そこへ座ってもらおうか」

 レイが示した椅子は、ひじ置きのついた、大きな背もたれのある椅子。背もたれの幅や、深めの腰かけ具合まで、あの宇宙船内のモニター室のいやな椅子に似ていた。

 フレッドがダンガニーの手によって、車いすからそこへ移されると、レイは、椅子に備え付けの腰ベルトをフレッドの体に回し、パチンとかけた。ロックのかかる固い音に、フレッドは思わず身をくねらせた。

「おまえ……俺に何をする気だ」

「何って、おまえがかわいそうだから、おまえの為に特別に用意させた映像を見てもらう」

 レイはそう言いながら、フレッドの両腕を椅子の肘についていたベルトで固定し、続けて体にも斜めにベルトをかけた。

「おいっ、映像を見るだけなら、なんで俺を縛っているんだ」

「うるさいぞ、フレッド。おまえが暴れるといやだからさ、こうしているだけだ。さっきもいきなり俺に飛びかろうとしただろう。おまえはこの体を壊す気か? 本当におまえはどうしようもないやつだな」

 レイは喉の奥で笑いながら、フレッドを椅子へ固定し終わった。そこへ入口がプシュッと自動で両側に開き、ブラウゾンが入ってきた。

「レイ様、お待たせしました」

 その声に、動けないフレッドは首を無理やりまわして目の隅で人影を追った。フレッドは眉を吊り上げた。

「ブラウゾン、おまえもぐるで俺をはめたな!」

「はめてなどおりませぬぞ」

 無表情のまま近づいてきたブラウゾンに、ベルトに縛られたままのフレッドは大声になった。

「おいっ、もしかして、これは全部おまえが仕組んだのか? どうなんだよ、ブラウゾン!」

「だから、意識のないうちに処置するよう申し上げましたのに……」

 ブラウゾンはひとりごとのように、ぶつぶつと口の中でつぶやいた。もう一度同じ問いをしたフレッドに、レイが答えた。

「ブラウゾンには協力してもらっているだけだ。ブラウゾン、フレッドの準備はできた。早速始めようか」

 レイは、固定されて動けないフレッドの、頭にヘルメット型の機械をすっぽりとかぶせ、目隠しをした。冷たいアイマスクの感触に、フレッドの全身はブルッと震え、こめかみに流れた汗が首まで垂れた。

「始めるって……何をする」

 おびえるフレッドに、レイは声を出して笑っている。

「ははは……本当にこのフレッドは……こんなに抵抗するやつは今までいなかったのに。笑わせないでくれ」

「やめろぉ! やめてくれ! おまえたち、俺を殺す気だな。これは処刑用の高圧電気椅子だろう。やっぱりおまえはフレッド・イベリーだ。俺の体を乗っ取って――うあぁ!」

 レイの笑い声が消えないうちに、フレッドの脳内に弱い電流が流され、彼は身をこわばらせて悲鳴を上げた。


 

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