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十六.ディッセンダム研究所(一)

 フレッドが目覚めたのは、ベッドの中だった。感触のいい、手が滑るなめらかなシーツに、大きなふかふかの枕。体には薄手のベージュの毛布がかけられていた。天井に取り付けられている、飾りのついていない丸く白い照明器具は、明々と部屋に光を与えている。

 フレッドはまぶしさに目をしょぼしょぼさせた。

「やあ、フレッド、気分はどうだい」

 ベッドの横の椅子に座って付き添っていたのは、金髪に、紺色の瞳の小柄な男。

「なっ!」

 “レイ”が微笑んで顔を覗き込んでいた。フレッドはバッと飛びかかろうとしたが、両足に強い痛みを感じ、持ち上げかかった首は、体がついて来られず、やわらかい枕に沈んでしまった。

「この偽者! いったいこれはどういうことだ。おまえはゲマド人に殺されたはずじゃ……」

「死にかかったけど、生きてるよ。この前まで寝込んでいた。やっと歩き回る元気が出てきたけど、まだ左手が動かない」

 レイは上着をひっぱって、左腕に厚く巻かれた包帯を見せた。彼は上着の袖を通さず、はおるように肩にかけていた。

「フレッド、心配していたのに、そんな目でにらむなよ。おまえの方が重傷だった。あれから二十日も過ぎているんだ。おまえの意識がなかなか戻らないから、気をもんでいたのに、その言い方はないだろう」

 フレッドは足に気を遣いながら、ゆっくりと上半身を起こした。長く寝ていたせいか、めまいがして額を指で支えた。

「おい、偽者、ここはどこだ」

 フレッドはそう言いながら、室内の様子に目をやった。この部屋に見覚えはない。

 模様のない白い壁の部屋。高い天井は開放的で、室内にはベッドだけでなく、応接セットもある。部屋の奥に開いている扉の向こうには小さなキッチンが見えており、誰かの家のようにも思える。窓はないが、広い室内の構造を見る限り、宇宙船の中ではないらしい。

「どこだと思う?」

 レイはあいかわらず、いらずらっ子のように目を細めて笑っている。

「知るかそんなの」

「ここはディッセンダム研究所。この部屋は俺専用の休憩室だよ。おまえにはここの記憶は全くないんだな? それならいろいろ見せてやる。ダンガニーがこの研究所の生まれだってことも忘れているらしいね」

 フレッドはハッと目を大きくした。あの時の記憶は鮮明だ。倒れていたダンガニー。背中に開いた穴から、機械類が――

「そうだ、ダンガニー! あいつの背中に穴が!」

「フレッド、ダンガニーならそこにいる。心配いらない。ダンガニー、ちょっと入って来い。フレッドに顔を見せてやってくれ」

 部屋の戸口が自動でスライドされて開き、ダンガニーが入ってきた。

「ダンガニーが機械人間だったなんて知らなかった。どおりで怪力なわけだ」

 フレッドは口の中でそうつぶやいた。ダンガニーは、フレッドのベッドへ向かって歩いて来た。歩き方は普通で、機械らしくカクカクとしているわけではない。機械音がするわけでもなく、背中にあんな大穴が開いていたとは思えない。

 ダンガニーを凝視しているフレッドを見て、レイは楽しそうだった。

「ねえ、ダンガニー、おまえの正体を教えてやれ。フレッドはおまえのことも忘れているんだ」

 ダンガニーは、愛想笑いひとつせずに、フレッドのベッドの横まで来ると、ぴたりと止まった。

「私はレイ様の為に作られた特別強化アンドロイド。どんな時でもレイ様の命を最優先にし、レイ様に害をなす、あらゆる危険を排除するようにプログラムされている」

 フレッドはベッドの上からじっくりとダンガニーの顔を見た。短い髪の生え際に不自然さはない。銀に光る生きた瞳。眼球は人間同様、水分を帯びてうるおい、目の動きにもぎこちなさは感じられない。しなやかに移動できるがっしりした体つきは、どう見ても人間。

 フレッドはコルファーの病院内の屈辱を思い出し、言葉に皮肉を込めた。

「調子のいいことを言う。俺を投げ飛ばしたことも、この偽者の為だったと正統化するんだな? 酷いことをしてくれたじゃないか。人質になっていた時、それまでは敵扱いだった俺の紐をほどいてくれるとは、やっていることが矛盾している。頭が壊れているんじゃないのか?」

「レイ様が『フレッドを助けるように』と命じたから、拘束していた紐を真っ先に解除した。もしも、レイ様に危害を加えるならば、おまえを排除する」

 フレッドはあらためて、ダンガニーの顔を確かめたが、彼は、ごく普通の仕事をしている時の顔であり、言い方も平坦だった。確かに、昔から表情豊かな男ではなかったと思う。だが、彼がアンドロイドだった、という記憶はかけらもない。人間ではない、ということはこの目で確かめたので、それは否定しないが、あまりにも人間らしい動きをするダンガニーに、うまくだまされているような気もした。

 フレッドは、納得がいかない思いを押し込め、ダンガニーから目をそらすと、レイに情報を求めた。

「ゲマド人たちは降伏したのか?」

「やつらが降伏なんかするわけがない。船内アンドロイドが全員殺した。俺もそれは意識が戻ってから聞いたんだけどね。後味は悪いけど、どうしようもない。やつらを全員殺すようにと、ゲマド政府から正式な依頼があったらしいよ。ゲマド政府は今回のことは関係ないってことにしたいようだ。もとはと言えば、ゲマド人がこの星の資源を横取りに来るから悪いんじゃないか。あ、それもフレッドは憶えていないか」

 フレッドが苦々しく唇をゆがめながらうなずくと、レイは話を続けた。

「ゲマド人たちは、ラオラントの科学力を舐めていたんだ。ラオラントの通信介入システムを使えば、アンドロイドなら、どこの星で製造されたものでも、船外から操ることができる。そんな技術があるのはラオラントだけだよ。もっとも、俺がロビーで、船外から標的だけを殺すことができる、と言ったことは大嘘で、ただの脅しだったんだけどね」

 レイはくすっと笑って見せた。顔色はあまり良くはないが、元気に話しているところを見る限り、体調は悪くなさそうだ。

「で、いいかげんに本題に入ってくれ。おまえたちは俺の体を奪い取っていったい何がしたい。ゲマド人と無関係なのはわかったが、そろそろ説明してもらってもいいだろう」

「もちろん、するよ。おまえが回復するのを待っていた。一緒に来い」

 レイは、部屋の隅に寄せてあった車いすを指差し、ダンガニーに、フレッドをこれに乗せるよう命令した。


 ダンガニーが、フレッドの乗った車いすを押し、その横をレイが歩いて行く。

 いったん廊下へ出れば、ここが普通の家ではないことがすぐにわかった。廊下は宇宙船の中のようにすべて金属製で、動く廊下になっていた。

「フレッド、この廊下も憶えていないようだな。かわいそうに」

 レイはククッと笑いながら、車いすのフレッドの顔を見下ろす。どこまでも自分本位なレイの態度に、フレッドはとうとう爆発した。

「もうがまんならない。ディッセンダムって言われても、そんなこと、俺には関係ない。おい、偽者、いや、フレッド・イベリー、俺を返せ。それは俺の体だ」

「あははは……俺がフレッド・イベリー? フレッドはおもしろいな。今回のフレッドは特におもしろかった」

 レイは、紺色の目を少し細めて、さわやかに笑いながら『今回の』という言葉をさらりと流した。フレッドは、不愉快そうに眉を上下に動かした。

「『今回の』って……どういう意味だ。ふざけるな」

「ふざけてないよ。俺はフレッドじゃない。鏡を見ろよ。おまえがフレッド・イベリー中将だろう? 正確に言えば、おまえがいるその体がイベリー中将、いや、フレッドは、中将だった、と言う方が正しいね」

「俺にはそんな記憶はない。俺はレイ・グラウジェン。おまえが宇宙船の中で俺と体を入れかえたのだから、よくわかっているだろう。モニター室の映像に何か細工したのは、おまえだろう。どうやってやったんだ。簡単に俺の記憶をかき乱し、体を乗っ取りやがって」

 怒りで吐く息の塊が大きくなる。

「落ち着け、フレッド。そう怒るな。今にわかる」

 レイは動く通路の途中で降り、ひとつの部屋の前で立ち止まった。

「まずは、ここを見てもらおう」

 入るとパッと明かりが灯った。その部屋には、窓はなく、物が何も置かれていなかった。しかし、どの壁面にも大型の金属の箱が取り付けられている。人の背よりも高く、くすんだ灰色をしたそれは、箱というよりは業務用の冷蔵庫にも見え、どれも中で、ジーッとかすかな機械が作動しているような連続音がしていた。

「何だ、この部屋は」

 レイは黙って、灰色をしたその金属の箱の一つのハンドルに手をかけ、手前に開いた。

「これは!」

 フレッドの驚く声に、レイは押し殺していた笑いをこらえきれずにもらした。

「あはははっ、どうだい、これでわかったかな?」

 フレッドは息を止めて、その箱の中にあった物を上から下まで目を走らせた。開かれた背の高い金属製の箱。その中身に、呼吸を忘れ、心臓が急速に早まわりになる。大きく見開かれたフレッドの漆黒の両眼に映る、短い黒い髪、がっしりとした体つき。今のフレッドの姿と全く同じ顔、同じ背格好をした男が、裸で立った状態のまま冷凍されていた。



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