十五.コンピュータールーム
ラオラント総統庁内、コンピュータールーム。
いくつもの分割された画面が、壁いっぱいに備え付けられたモニターに、鮮明に映し出されている。乗っ取られた宇宙船内の状況はここから丸見えで、映っているゲマド人たちはこれほどしっかりと内部が把握されているとはわかっていないようだった。ひとりひとりの顔を大写しにすれば、名前まで表示される。
ここには通常は数人しかいないが、今は緊急事態なので、十人以上が壁に備え付けの機械に向かい、電波操作などを行っていた。レイの父親であり、総統であるサーズマ・グラウジェンは、参謀数人と共に、すべての画面が見える部屋の真ん中に立ち、大きな画面の一つを見ていた。
サーズマの、レイによく似た紺色の瞳は、ダンガニーの動きを追って行った映像の方を向いていた。
「さっきそこに出ていた場面を再生してくれ」
サーズマのすぐ隣には、妻であり、レイの母親、ラティカもいる。彼女は泣きながら夫の腕にしがみつき、かろうじて立っている。
サーズマが指示した画面が再生される。
人質の中から抜けたダンガニーが操縦室へ侵入。操縦室内は、船長をはじめとする乗務員数名が、手足をしばられて床にころがされていた。
扉を開けるやいなや、ダンガニーはレーザー銃を連発した。驚くゲマド人が応戦する暇を与えず、ダンガニーは、そこにいた人間の中で、犯人だけを見分け、五人のゲマド人の眉間を狂いなく撃ち抜くと、操縦室の奥にある船長室へ向かった。
映像はダンガニーを上から見ている状態で動いて行く。彼の動きはすべて、彼の脳回路に直接送り込まれた、ラオラントのコンピュータールームからの指示通りだった。
ダンガニーは迷わず船長室へ向かう。
「ここからをコマ送りに。怪我の状態を確認したい」
サーズマの声に、映像を操作しているひとりがうなずく。
ひとコマ、ひとコマ、堅い動きで場面が再生される。
ダンガニーが近づくと、船長室の片開きの扉が、自動で向こう側へ開いた。広くはない船長室には、船長用の頑丈な金属製のイスに、全身をぐるぐる巻きにされて縛りつけられているレイ。イスは床とつながっていてそこから動かせない。そのすぐ横には、見張り役と思われる男がレーザー銃を持って立っている。相手は、戸口にダンガニーの姿を認めると、反射的に一発をダンガニーに撃ち込んだが、倒れなかったため銃口をレイに向けた。
ダンガニーが持ち前の瞬発力で、レイの体を守ろうと飛び出し、レイの体を守るように覆いかぶさった。レイは即死を免れたが、銃の光はダンガニーの背中を抜け、レイの左腕に命中。その瞬間に、ダンガニーが後ろに銃を向けて発射し、ゲマド人は胸を貫かれて倒れた。レイは、ダンガニーが縄を解いている間は意識があったが、すぐに首が前へ倒れ、気絶してしまった。
「ああ……レイ!」
ラティカは、再び見せられたこの画面に泣き声をあげた。サーズマはそんな妻の肩を抱き寄せるとじっくりと怪我の様子を見ている。
「まさかレイに発砲するとは計算外だった。ダンガニーが盾になってくれたおかげで助かった。これを見る限り、急所ははずれているようだが、出血がひどいから早くなんとかしないと……」
サーズマは妻の背中をなでてなだめながら、険しい顔のまま、画面をにらんでいた。コマ送りをやめ、再生映像を進める。
ダンガニーは廊下までレイを運んだが、その後、穴の開いてしまった体が故障したのか、廊下を少し行った場所で突然倒れて動かなくなってしまった。
船長室の隣にある乗務員用休憩室には、四人のゲマド人がいた。彼らは船長たちの悲鳴で異変に気が付き、休憩室を飛び出すと、船長たちの見張り役にひとりを残し、逃げたレイたちを追って行った。
サーズマは、そこまで見終わると、部下に指示し、現在の船内の画面に切り替えさせた。大きく映し出されたのは、ダンガニーのすぐそばに倒れている男。フレッド・イベリーという文字が画面上を走る。
「なぜだ……なぜここにフレッドがいる。しかも、先程『レイの中身が違う』と言ったな。どうやらこれは……ブラウゾンと連絡はついたか?」
「まだです。そちらを大きく映しましょうか」
再生映像からロビーのリアル映像へ切り替わる。突然倒れた見張りに、ロビーにいる人質たちは困惑し、今逃げ出すべきかどうか、ざわざわと話し合っていた。全員が毛布をひざにかけ、床から身を起して座っているが手首は縛られたままだ。その中にブラウゾンの姿もあった。
これを見たサーズマは、少し声を荒げた。
「ブラウゾンの通信機の音を鳴らしてもかまわない。犯人たちは、船内アンドロイドが始末しに向かっているから、ロビーの人質たちは間もなく解放できると伝えろ。ブラウゾンめ……勝手なことをしてくれたな。フレッドも重傷のようだ。後でたっぷりと言い訳を聞かせてもらうぞ」
夫の肩に顔を埋めていたラティカは、顔を離し、夫の顔を見上げた。
「あなた? ブラウゾン先生が何か?」
「なんでもない。彼が胸ポケットに通信用機械を持っていることはわかっているが、取り出せないようだ。まだ手が拘束されている」
「ねえ、レイは……レイは大丈夫なの?」
サーズマは一瞬間を置き、苦悩を押さえた低い声で答えた。
「……大丈夫だと信じないとやっていられない。あの子をすぐに運び出す準備も、腕の傷を縫い合わせる手術の手配もした。今できることはこれがすべてだ」
分割されている画面のひとつには、現在のレイの様子も映し出されている。
レイは、今は縛られてはいなかったが、操縦室の隅の床に放置されており、死体のように動きもしない。ダンガニーが倒したゲマド人たちの死体もそこにまだあり、レイも、命の抜けた体たちの仲間入りをしているように見える。レイのすぐそばに四人のゲマド人がおり、船長たちの戒めを解き、銃を突き付けて指図していた。
『ラオラントは我々の要求を無視し、おまえたちを見捨てた。それならば、ここには用はない。ゲマドへ向かって出航だ。さっさとしろ!』
船長たちに、怒鳴りちらしているゲマド人たち。彼らは、ロビーの見張りどころか、船内の仲間全員がアンドロイドにやられ、自分たち四人が最後の生き残りだとは気が付いていない様子だ。操縦室にある船内監視カメラはとっくに作動を停止していた。
ラティカは、あふれる涙の目を瞬きながら、夫をつかんでいる手に力を込めた。
「あなた、人質ごと逃げようとしているわ。なんとかならないの?」
「大丈夫だ。出航はできない。あの船のコントロールルームはここで支配しているから飛び発つのは無理だ。やつらが倒れたら、すぐに非常用入口を開けて、兵たちに怪我人を運ばせる。今、興奮させて発砲されると、レイだけでなく、他の人質たちも危ない。アンドロイドの仕事は間もなく終わるから、もう少しだけ待て」
「でもあなた……アンドロイドが全員を殺してくれなかったら……」
「失敗したら別の手を考える。結果はすぐに出る」
「すぐにって……でもレイが……っ……今すぐでないとだめよ。あのままではあの子は死んでしまう」
ラティカのすすり泣く声が響いた。
それから幾ばくもないうちに、占拠された操縦室へ、ラオラントに操られた二体のアンドロイドが入って行った。ゲマド人たちは、船内アンドロイドが支配されているとは信じておらず、ロビーの様子も知らなかったので、ちらっと見ただけだったが、次の瞬間には恐怖で目を見開くこととなった。
「ぐぁ! 何をする!」
「うっ!」
二体のアンドロイドは両方とも、ゲマド人の首元をつかんで、両手に一人づつ釣り上げると、ばたつくゲマド人の首を、簡単にへし折ってしまった。
対策本部内の空気は緊張から安堵へと変わった。人々はため込んでいた息を吐き出し、サーズマの眉根も少し緩んだ。
「よし、うまくいった。入口を開け、すみやかな人質解放と、怪我人の運び出しをするように現場へ伝えろ。ゲマド人たちは、気の毒な気もするが、最初からなさけなどかけずにこうするべきだった。ゲマド政府の返答が遅かったおかげで時間がかかりすぎた」
すぐに宇宙船の入口は開かれた。