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十二.名乗り

「レイ・グラウジェンはここにいる。この帽子をとってみろ。俺だとわかる」

 泣いている母子に銃を向けていた男は、銃口をあげ、入口付近にいた仲間を振り返った。すると、リーダーらしき三十歳ぐらいの男がつかつかと近寄ってきた。

「この女がレイだと?」

 リーダーが“レイ”のかつら付き帽子を乱暴にバッと払いのけると、ゆるい癖のある金色の髪が現れた。おお、とロビー内にいた人々からどよめきの声が上がった。

 正体を見せたレイは、はっきりと皆に聞こえるように、大きめの声を出した。

「俺が総統の息子、レイ・グラウジェン。ゲマド人たち、ここにいる一般人全員を開放しろ。ここで誰かを殺すなら、ラオラントはゲマドに対し、今後厳しい制裁を加えるだろう。言っておくが、ここは何度も戦乱を経験しているラオラントだ。なぜラオラントが敗戦の屈辱を味わったことがないのか知っているか? もちろん、軍事的には、ルテイ帝国の傘下にあるからだが、それだけじゃない。ラオラントの科学技術を舐めてもらっては困るな。この宇宙船内の人の動きはすべて察知されている。今、どこに誰が立っていて、座っているかも、その顔も認識されている。標的を確実に仕留める特殊弾で、船外からおまえたち全員を狙い撃ちすることもできる。もちろん、船体は透過し、確実に目標だけを破壊できるシステムは今も稼働中だ。死にたくないなら、さっさとここにいる皆を開放しろ」

 レイがそう言うと、ゲマド人のリーダーはレイの顎を片手でつかみ、じっくりと顔立ちを確認した。

「おまえがレイ・グラウジェンか。本当の女に見える。男なら、こんなヒラヒラした服は必要あるまい。ここで服をはぎとってやろう。男なら、男である証拠を見せろ」

 レイは、ほんのわずかに、目を細めたが、低い声で返した。

「……そうしたければ、好きなようにすればいい」

 リーダーの男の手が、レイの体を巻いていた長い布を取り去った。花柄の長い布が、するりとレイの体からはずれ、男の手に渡り、後ろへ投げ捨てられた。体形を隠していた布がなくなると、薄い生地で作られた銀のドレス一枚になり、膨らみのない胸板があからさまになった。男はにやにやと笑い、レイの胸に服の上から手を触れた。

「女のようでもやはり女にはなりきれないか。男娼になれそうだ。ここでなってみるか? 皆の前で、醜態をさらしてやってもいい」

 レイはなされるままになりながら、冷めた目で男をにらみつけている。

「触るな、やめてくれー!」

 フレッドは思わずそう叫んでいた。男はフレッドの方をちらっと見たが、気にせず、レイのドレスの胸元へ手をかけた。フレッドはさらに声を大きくした。

「やめろと言っているだろう。その体に触れるなら、おまえら全員殺してやる!」

 フレッドの狂気じみた高めの声に、人質たちは、励まされ、次々と声をあげた。

「レイ様を放せ!」

「ゲマド人は出て行けー」

「俺たちを開放しろ」

 まだ泣いている子どもの声も入り交じり、船内ロビーは騒然となったが、見張り役が、威嚇する為に人々に銃を向けた為、人々は静かになり、再び子どもの泣き声だけになった。リーダーの男は、フッと笑うと、レイの胸元から手を放した。

「からかっただけだ。次の総統閣下は女装が趣味とはおそれいった。しかも、まだほんの若造のくせに、自分から正体をあばき、みえすいた嘘で我々を脅すとは、たいした度胸だ。いくらラオラントが科学に秀でていたとしても、船外から特定の人間だけを選んで殺せるような、そんな都合のいいシステムなどあるはずはない。我々はそんな脅しには屈しない」

 リーダーは、銃の先でレイの肩を軽くこづいた。手を後ろで縛られているレイは、バランスを崩しかけ、二、三歩下がったが、おびえることなく、リーダーの男と視線を合わせた。レイは唇の両端を軽く上げ、にこやかな顔を作った。

「ふん、脅しだと思うか? それならどうして俺を探すのに、ひとりひとり顔を見るような手間をかけるんだ? 案内のアンドロイドに認識させれば、簡単に俺は見つかっただろう。アンドロイドをどうして使わない」

 リーダーは片眉を少し動かしただけで、すぐに返答しなかったので、レイは、クククと笑って言葉を続けた。

「理由を教えてやろう。この船内のアンドロイドは全部、すでにラオラントの科学チームが作ったシステムにコントロールされている。アンドロイドを使って、おまえたちを攻撃することもできる。アンドロイドが言うことを聞かなくなったから、俺を探させることができなかったと言ったらどうだ?」

 リーダーの男は、小柄なレイを威圧するように見下ろしていたが、すっと目をそらした。

「それは……たまたま壊れただけだ。我々はアンドロイドなど当てにしていない。だが、おまえの勇気に免じて、女、子どもは開放してやろう。うるさいだけだからな。よし、一部人質を解放しよう。レイ・グラウジェンを船長室へ連れて行け」

 レイは二人の男に挟まれて、ロビーから連れ出されていく。

「ああっ、レイ様……何もご自分で名乗らなくても……」

 ブラウゾンはしわがれた声をしぼりだした。その声にレイは振り返って微笑んだ。

「ブラウゾン、ダンガニー、俺にもしもの時はフレッドを頼むぞ。皆も心配せず、落ち着いて待て。ラオラントはすでに動き出している」

「おいっ、待て、俺も連れて行け」

 慌てて立ちあがりかかったフレッドの肩を、ダンガニーが顎でぐっと押してきた。ダンガニーはいつの間にか、フレッドのすぐ横に来ていた。ロビー内の全員がレイに気を取られている隙に、うまく移動したらしい。

「レイ様の言う通りにしてもらおう。へたに動いてはレイ様の迷惑になる」

 冷静なダンガニーの声に、フレッドは腰を沈めた。子どもの泣き声がまだやまない中、レイの姿は扉の向こうへ消えた。

「わかった。おとなしくしていろってことか……あいつはいったい何なんだ。体の中身はゲマド人の仲間じゃないのか?」

 ブラウゾンも、ダンガニーも、静かに、と注意してきただけで、何も答えてくれなかった。


 しばらく後、宇宙船の真ん中の付近にある出入り口が開けられ、犯人グループは、成人男性だけを選別して残し、他の人質は解放した。

 その後数時間が経過したが、ロビーに残された、フレッドを含む男性の人質たちには、連れていかれたレイがどうなったかの情報は入らない。フレッドは、しょっちゅうギリギリと歯ぎしりし、ブラウゾンは、背中を丸め脱力している。ダンガニーは油断なく見張りの動きをさぐっているようだったが、行動は起こさなかった。

 

 ラオラント政府との交渉がどうなっているのか、何も知らされないまま、そのうちに毛布が配られ、人質たちは、その場で手首を縛られたまま、横になって眠ることになった。見張りの男たちが話している内容から想像すると、どうやら時刻は深夜になっているらしい。

 

「眠れと言われても、こんな状態で眠れるわけがない。これでぐっすり眠れるやつはすごい男だ」

 フレッドは毛布を口でひっぱり、腹いせにぐっと噛みしめた。

「せめて、総統がどんなふうに交渉しているのかがわかれば……」

 フレッドのすぐ横にいるブラウゾンは、悲しそうにぼそぼそとつぶやいた。

「レイ様は私が必ずお助けする」

 ダンガニーは、小声でブラウゾンにそうささやいた。この会話が聞こえたフレッドは、ダンガニーを鼻で笑った。

「助けるって、船を占拠しているゲマド人はたぶん、十人以上いるぞ。さっきそこに来ていたやつらは八人いた。船長室にもいるだろうから、十五人ぐらい、いや、もしかすると二十人ぐらいいるかもしれない。どうやって銃を持ちこんだか知らないが、みんな武装しているんだ。いくら怪力のダンガニーでも、何の武器もなしで、船長室までたどり着くのは無理だろう」

「すでに命令は受けております。レイ様をお守りすることが私の仕事ですから」

「確かにダンガニーはあいつを守るためなら、どんなことでもやるんだったな。コルファーで俺を投げ飛ばしやがって。命令って、誰からの命令だ? あの偽者から命令でももらったか? おまえはいったい誰に従っているんだ」

 つい声が大きくなったフレッドに、ブラウゾンが、しぃ、と注意した。

「お静かに。まったく、あなたは何もわかっておられない。お忘れでしょうから言っておきますが、ダンガニーは――」

 話し声に気がついた見張り役の男が、近づいてきたので、ブラウゾンは話を切った。

「そこのやつ、何をしゃべっている。静かにしろ」

 大声で怒鳴りつけられ、フレッドたちは、不機嫌に口を閉じた。


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