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十一.人質

 船が完全に停止すると、ブラウゾンとフレッドは、安全ベルトをはずし小窓から外を確認した。

「どうやら、この非常事態は総統には伝わっているようですな」

「自分でゲマド人を導いておいて、よくそんなことが言えるものだな。見そこなったよ、先生」

「ですから、私はゲマド人とはなんの関係もございません。総統に今の状況を報告しなければなりません」

「信用はできないが、その意見には賛成だ。この部屋の通信機器は使えると思うか? 行きの船のやつは壊れていて全然使えなかった。通信どころか、検索もできなかった」

 フレッドがそう言いながら、通信モニターの電源を入れたが、使用可のランプは点灯しなかった。

「だめだ、使えない。この船のも故障か」

 ブラウゾンはそれを横から黙って見ていたが、小さな声で言った。

「やはり使えませんか。これは犯人たちが元から切っていますな。実は、前の船の通信関係は私が妨害しました。これを使って」

 ブラウゾンは、上着内側のポケットへ手を突っ込み、丸くて小さな機械を取り出した。女性用の携帯鏡かと思えるような大きさの機械。ブラウゾンがそれをパカッと開くと、フレッドはキッと目をむいた。

「なんだと……検索も妨害したのか? やっぱりおまえが仕組んだな。父に連絡しようと思ったのに、通信がいつまでもできないなんておかしいと思った。なぜそんなことをした」

「あなた様は混乱していますから、余分な情報は必要ないですし、通信をさせなかったのは、何よりもご両親に心配をかけないためでした。それはレイ様のご意思です。憶えておられないようですが、ご両親の反対を押し切って、おしのびの旅行にしたのですぞ。ご両親は、たくさんの警備員をつけて、総統専用の宇宙船で行くようにとおっしゃっておられたのに、一般客船で、警備はダンガニーだけで充分だと言い張ったのは、レイ様でした。今のあなた様にそんな話をしてもわからないと思いますが」

「俺が混乱しているから通信を妨害? 俺が一般客船で行きたいと言った? そうなのか……」

 フレッドは、うつむいて額に手を当てた。

 記憶を――少しでもどこかにその記憶があったなら……両親の記憶はある。三人家族。楽しい食卓の記憶。自分は絶対にフレッド・イベリーではなく、総統の息子、レイ・グラウジェン。将来は総統をやらなければならない運命にある。幼い頃からそう言われ続けてきたと思う。それははっきりと憶えている。だが、旅行に行く時のことは憶えていない。自分の自宅の場所すらもなんとなくぼんやりとして、建物のイメージもあいまいだ。フレッドは、顔を上げると、ふん、と軽蔑をこめた笑いをもらした。

「でたらめはもうごめんだ。フレッドの体でも、俺はレイだ。一般客船にする、と言った記憶はない。ブラウゾンは全部知っているんだろう。今俺がフレッドになっているわけも、あの偽者がなんなのかも。なぜ偽者とわかっていてあいつに従う。ブラウゾンもあいつも、ゲマド人か?」

 ブラウゾンは、フレッドにはかまわず、さきほどの小さな機械の電源ボタンを押した。

「それよりもこの事態をなんとかせねばなりませぬ。繰り返し言いますが、これは私の仕込んだことではなく、本当の乗っ取りのようですぞ。この機械で、総統と連絡を取ってみましょう」

 ブラウゾンが機械を操作しかかった時、部屋の扉がたたかれた。

「開けろ!」

 乱暴なたたき方に加え、威圧的な口調。ブラウゾンはあわてて機械をポケットへしまい込んで隠した。声はダンガニーではない。言葉のアクセントがおかしなところについており、この船を占拠しているゲマド人らしい。フレッドが迷っていると、扉はせっかちに細かくたたかれた。

「開けるんだ。さもないと扉ごと破壊する」

 フレッドとブラウゾンは顔を見合わせた。

「開けるしかありませんな……」

「あいつらは、おまえの仲間じゃないのか?」

「違います。関係ありません」

 フレッドが仕方なくゆっくりと扉を開けると、そこには、レーザー銃をかまえた数人の男たちがいた。

「両手を上げろ。抵抗するな」

 フレッドとブラウゾンが両手を上げると、男たちは用心深く、狭い室内を見回した。

「この中にレイ・グラウジェンはいないか?」

 フレッドはビクリとして、思わず肩に力が入った。

「なっ……レイを探しているのか?」

「知っているか? ラオラント総統の息子で、小柄で、金髪の若い男だ。この船に乗っていることは確認済みだ。部屋を調べさせてもらう」

 男たちは、てきぱきとベッドなどを調べた。

「レイ・グラウジェンはここにはいないな。よし、次の部屋だ。おまえたちはロビーへ移動してもらう。悪いが我々の要求が通るまでは、両手を拘束する」


 フレッドもブラウゾンも黙って従った。廊下には他の部屋から出された乗客たちがいた。皆、紐で後ろ手に縛られ、レーザー銃を突き付けられながら、ロビーへ集められた。乗客でいっぱいになったロビー。ソファなどはすべて端へどけられ、乗客たちは真ん中に丸く集められ、皆、手を縛られて床に座らされている。見張り役の犯人の男二名が、銃を向けて監視していた。

「手が縛られていては総統に連絡できません。ああ、レイ様……ダンガニーが守ってくれることを祈るばかりです」

 ブラウゾンはがっくりと頭を垂れた。手首を縛られ、背を丸めた姿は、一気に十歳ほど年齢が進んだように見えた。


 やがて、また数人が連れてこられた。やはり手を縛られ、皆うつむいて不安な表情を浮かべている。その中にレイの姿を認め、フレッドは声を出しそうになったが、必死で飲み込んだ。

 “レイ”は、紺色の人口毛がついた丸い帽子をかぶり、女性の服を着ている。金髪を覆い隠す、癖のある紺色の長い髪が背中まで流れている。このかつら付きの帽子をとれば、簡単に正体がばれてしまうだろう。足首まである、薄い銀色のドレスは、飾りも何もついておらず、ラオラントの一般の女性が身につけている、ありふれたもの。ボリュームのない胸元を隠すように、花柄の長い布を、背中から腹部まで巻いている。それはフレッドの記憶にもある格好で、レイがおしのびで町へ出かける時に、たまに使うスタイルだった。色白の上、小柄で線の細いレイは、化粧をしなくても本当の女性に見えた。

 レイと一緒に連れてこられたダンガニーの方は、鋭い目つきで油断なくロビー内を見回している。彼の怪力なら拘束している紐など簡単に引きちぎることができるに違いない。しかし、それをしないのはレイの体がそこにいるからだろう。

 どうやらゲマド人たちは、あれがレイだとは認識していないようだった。そうしているうちに、また数人が部屋から出され、ロビーの人質たちは増えた。ゲマド人たちが集まって、これで全員か、と確かめあっている。

「おかしい、どの部屋にもいなかった。これで全員のはずだが……この中にまぎれているか。逃げられるはずがない。ひとりずつ調べろ」

 ゲマド人たちは、集められて床に座らされている客たちをひとりずつ順番に立たせて、じっくりと調べた。フレッドの番になったが、この体はレイよりもずっと大きいので、ちょっと見られただけでレイだと疑われることはなかった。やがて“レイ”の番がきた。

「よし、次、おまえ。立って顔をよく見せろ」

 レイは黙って立ち上がった。フレッドも、その隣に座らされているブラウゾンも、息をするのも忘れ、レイに注目する。


 と、その時、人質たちの中央にいた、三歳ぐらいの男の子が、突然大声で泣き始めた。ゲマド人たちは、むっと、そちらをにらみつけた。

「え〜ん、お家へ帰りたい。怖いよぉ」

「しぃっ、泣いちゃだめ。殺されるよ。静かに」

 異常な雰囲気に子どもは敏感で、母親が必死でやさしく言い聞かせても、泣き止みそうにない。親の手も縛られているので、泣く子を抱くこともできず、ロビー内は、男の子の甲高い泣き声であふれた。非常警報器よりもけたたましい子どもの泣き声に、人々は顔をしかめている。他にも、数人の子どもがこの船に乗っていたが、つられて次々と泣き始めた。

「うわぁ〜ん、わぁぁぁ〜ん……」

 ゲマド人たちはレイを立たせたまま放っておいて、最初に泣いた子どもの方へ近づいた。

「やかましいガキだ。泣きやまないなら殺す」

 母親は真っ青になって、唇を震わせた。

「やめて、やめてください。せめて子どもたちだけでも船からおろしてください。お願いします」

 ゲマド人の男は、冷たい表情のまま、その子を人質たちの中からつかみだした。ひきずり出された子どもは、ポイッと無造作に床に放り出され、手を縛られたままころがりまわって泣く小さな体に、銃口が向けられた。

「ああっ、やめて、殺さないで! いやぁぁぁ!」

 母親は半狂乱で、他の人質たちを肩で押しのけ、我が子の前に飛び出し、子どもを隠すように、すぐ前に身を投げ出した。銃口は今度は母親に向けられた。

「やめて、やめて! この子の命だけはどうか――」

 母親の声は絶叫に近い。ゲマド人たちは、一瞬顔を見合わせたが、目標を母親に定め、銃の先をその頭に押し当てた。それを見た子どもたちの泣き声は一段と大きくなり、人々の悲鳴も加わって、人質全員が狂気に陥りそうな雰囲気の中、ゲマド人は大声で威嚇した。

「一緒に死にたいやつは大声で泣け!」

 人質たちは皆、現実を見まいと、目をぎゅっと閉じた。



 ――その時。

「やめろ」

 落ち着いた男性の声が、張り詰めた空気を貫いた。ロビーにいた全員が、ハッと声の主を確認した。男の声は、今、そこに立たされて調べられようとしていた女性から発せられたものだった。

「罪もない一般人を殺すな。俺がレイ・グラウジェンだ。人質は俺だけで充分だろう。一般人を全員開放しろ」

 “レイ”は、もう一度、「殺すな」と言うと、今まさに親子を射殺しようと銃をかまえた男を射抜くように、紺色の瞳に強い光を宿しにらみつけた。



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