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短編・ショートショート

絶対快適小説執筆AI

作者: 葦沢かもめ

創元SF短編賞に応募しようと思って書いたけど、ボツにしたので置いておきます。

「人間、誰しも越えたくなる『壁』というものがあるんだな。


 アパートの壁の向こう側で隣人が何をしているのか気になったり、電車で隣に座った人が聞いている音楽は何なのか耳をそばだてたりするでしょう?


 それを知ったからといって、自分には何も得は無いはずなのに、それでも『壁』を越えようとしてしまうのがなぜだか分かる?


 そこに『壁』があるからなんですよ。登山家が山を登るのと同じ理屈」


 前の自動運転車が赤信号で停止するのを見てゆっくりとブレーキを踏みながら、俺はバックミラーへ目を遣る。


 後部座席に座っている若い女性は、虚ろな目で俯いたまま微動だにしない。


 平日の真昼間。大学生よりは年上に見えるが、OLとも主婦とも雰囲気が違う。


 俺は彼女の声を一度も聞いていないが、俺はただただ中年男性にありがちな説教じみた話を垂れ流し続けていた。


 別に嫌がらせようとしてやっている訳ではない。これが俺のタクシー運転手としての「仕事」なのである。


 俺はスマートフォンの配車アプリ「チョコバナナ」に、「中年男性にありがちな説教」をサービスとして提供する運転手として登録する。


 そして予約してきた物好きな客を乗せて、説教でおもてなししながら指定された場所まで運ぶ。これが俺の仕事の全容である。


 「チョコバナナ」は、いわゆる「リヒューマナイズ」企業の一つだ。


 自動運転やチャットボットのようなAIによって、一時期は多くの仕事が自動化されていた。


 しかし人間を介さないサービスが増えたために、逆に人間がおもてなしをすることに付加価値が生まれたのである。


 言い換えれば、企業は「効率化」を追求していたが、人々が求めていたのは「快適化」だったということが再認識されたのだ。


 しかし古くからある企業は、もう既にヒューマンtoヒューマン(H2H)のノウハウを失っていた。


 そこにベンチャーが入り込む余地が生まれた。


 そうした社会全体を巻き込んだコントのようなビジネスの変化が「リヒューマナイズ」と呼ばれるようになったのは、ここ数年の話である。


 友人に「チョコバナナはおっさんでも儲かる。波に乗るなら今しかない!」と聞かされたのが、ちょうど派遣の仕事を辞めたタイミングだったのが運のツキ。


 蓋を開けてみると期待したような稼ぎにはならなかった。


 「チョコバナナ」のランキングに載っているような人気の運転手は、メイドや執事のコスプレをした若い美男美女が多い。


 おっさんでも儲かっている奴らがいるにはいるのだが、それは刑事ドラマに出てきそうなチョイ悪で渋カッコいいおっさんの方であり、俺とは種族が違う。


 とはいえ、こんな普通のおっさんでも需要が無いという訳ではなかった。世の中には変な人間がいるもので、一日に二、三人くらいは俺を予約する客がいるのだ。


 おっさんの説教に何の価値があるのか、俺自身も分からない。


 「おっさんの運転するタクシーに乗らなければいけない」という教義の新興宗教でもあるのではないかと、最近は疑っている。


 何はともあれ、一日の食い扶持と少しばかりの楽しみに使えるだけの金は稼げている。


 だから俺は文句を言わずに、今日も説教を垂れている。この後部座席に座っている、幽霊のような女に対しても変わらずに。


「それでね、この人間が越えたくなる『壁』を上手に使っているのが『タイヤキ』というアプリなんですよ。


 ご存知? 最近話題になってるから聞いたことくらいはあるかもしれない。


 こいつは、読者の読みたい小説を自動で書いてくれるアプリでね」


 そう言った瞬間、後部座席の女の視線が、初めて俺に向けられた。


 バックミラーで後ろの様子を観察していた俺は、思わず視線を前に戻した。


 ちょうど自動運転車が前に進み始めるところだった。俺は動揺を見せないように、慎重にアクセルを踏んだ。


「お客さん、興味あるんですか?」


「とっても」


 初めて彼女の声を聞いた。あまり印象に残らない声だった。多分、明日には忘れているだろう。


「『タイヤキ』は『絶対快適小説執筆AI』っていうのが売り文句なんです。


 なんでかっていうと、読み手の脳波をセンサーで読み取って、読み手が必ず『快適』に感じる展開になるように、物語がその都度調整される仕組みになっている。


 だから『絶対快適』」


「……不快ですね」


 彼女は窓の外の流れていく景色を眺めていた。まるで社会を憐れむかのような目で。


「お客さん、使ってもないのに初めから否定するのは良くないよ。なんでもまずはやってみること。これは大事。おじさんの経験論だから」


「……」


「でさ、実際この『タイヤキ』が面白いんだな。


 本当に俺の好きな展開を知ってる。硬派っていうのかな。正統な文学性を継承してるって感じなんだよ。マジで。


 でも無料だと、いつもちょうどいいところで終わっちゃうんだな。


 『ここから先は有料です』って出てきてさ。


 もう本当にその先どうなるのっていう勘所を、『タイヤキ』は知ってるんだよ。


 しかも自動生成されてる物語だから、その場で金を払わないとその先の展開は消えちゃうんだよね。


 世界の誰もその先の展開は知らないからさ、そりゃあ買っちゃうよね」


「……」


「これがさ、まさに『壁』なんだな。


 世の中には幾らでも無料の物語が転がってるじゃん。同じような展開の物語を無料で読むことも、多分できる。


 でもそこに『壁』があるとさ、俄然気になるんだ。人間の性だよ、これは」


「……不快です」


「いやいや、快適、快適。まさに正しい技術の使い方だな。


 技術ってのは、使う人間によって正義にもなれば悪にもなる。


 『タイヤキ』は、読んだ人を快適にしているんだから、正しい使い方だよ。歴史がそう言ってる」


「……」


 彼女は今にも車から飛び出しそうなくらいに、嫌そうな表情をしていた。


 不快なのだろうか。それならこんなタクシーになんて乗らなければいいのに。


 わざわざ予約して乗ってきたのはそっちだぞ。


「あー、分かった。お客さん、作家さんでしょ?


  AIが人間と同じレベルの小説を書いちゃうと、人間の書いた小説なんて読まれなくなるもんね。


 分かりますよ。さぞ不快でしょう。


 降りますか? それなら料金は結構ですよ」


「いいえ。そう意味じゃない。確かに私は、作家ではあるけれど」


「作家さんなのに、AIが小説を書くことは否定しないんですね」


「私は『快適』な小説が嫌いなのです」


「それはおかしな話だ。『不快』な小説なんて、誰も求めてませんよ。人間は虚構の中に夢を見る生き物ですから」


「私は、社会がどんどん『快適化』されていることが嫌いなのです。


 もはや人間は、自分の都合の良いことだけを目にして耳にして、都合の悪いことは遠ざけて非難していれば生活できるようになってしまいました。


 それが『快適』な生活であることは認めます。しかしそれが『幸福』な生活なのか、私は疑問に思うのです」


「俺は幸せですよ。『タイヤキ』と飯があれば、生きるには困らない」


「……実のところ、私はあなたみたいに説教じみた話をするおじさんは嫌いです」


「俺もそうだろうと思っていました」


「でも私は、『不快』な経験をすることでこそ、『幸福』への道が見えてくると思うのです。


 だからこうして『不快』なタクシーに乗っていますし、『不快』な発言をする人もSNSでフォローするようにしています」


「お客さん、変わってるね。幸せを感じていない理由が分かる気がするよ」


「でも運転手さんは言いましたよね? 人間には誰だって越えたくなる『壁』があるって。


 その『壁』って、つまりは『不快』そのものではありませんか?


 その『タイヤキ』というアプリで『ここから先は有料です』と表示された時に、お金が無くてその先を絶対に読めなかったら、あなたは『不快』になりますよね?」


「いや、ならないが」


「え?」


「だって金が無い時は、そこまでしか読めないって初めから分かってるでしょ。最初から諦めてるワケ。


 それは越えたくても越えられない『国境線』なのさ。


 ちょっと努力したら越えられそうなくらいの『壁』が、『快適』なり『不快』なりを生み出すんじゃないかな?」


「あなたみたいに上手に『不快』を回避できるほど、私は器用じゃないんだ」


 バックミラーに映る彼女の横顔は、まだ固まっていない粘土みたいだった。


 ちょっと突っついたら壊れてしまいそうで、優しくこねてやれば鳥になって飛んでいきそうに見えた。


「でも俺からしたら、お客さんみたいな作家さんがうらやましいけどね。


 自分が読みたい小説を、自分で書いて、自分で読んで、他人にも読んでもらえるんだから。


 それがお客さんにとって『快適』だから、作家になったんでしょう?


 俺だって稼ぎが悪い時は有料の『タイヤキ』が読めないが、金をもらえればそれで『タイヤキ』を読んで幸せになれる。


 『不快』が回避できないことは誰にだってある。


 でも『快適』は自分で得ることができる。


 結局はそこでバランスを取るしかない。人間、そんなもんだ」


「そうですね。書いて読んでもらいますか……」


「そうだ、お客さんの小説、読ませてくださいよ。私が『タイヤキ』より面白いか、評価してあげますから」


 俺がそう言うと、彼女は少しだけ笑みを浮かべた気がした。


「いいですね。その展開は面白い」


「じゃあ今度また『チョコバナナ』で私を指名してください。待ってますよ」


「きっと楽しんでもらえると思います。まだどんなストーリーになるかは分かりませんが」


「新作ですか? それは楽しみだ。ではお気をつけて」


 マンションへ入っていく彼女を見送ってから、俺は帰路についた。




 その日の夜、俺は牛丼屋で大盛を頼んでから、スマートフォンを手に取り『タイヤキ』を開いた。


 俺の至福の時間の始まりだ。


 今日も物語は最高だった。鉄道会社の平社員の男が、ひょんなことから発展途上国の鉄道建設プロジェクトのリーダーになる。


 ライバル会社との激しい受注競争を、主人公は持ち前のアイディアで乗り切っていった。


 そんな物語の中盤、主人公は現地の警察から違法行為の疑いで拘束されてしまう。


 プロジェクトはどうなってしまうのか、というところで、例のあの表示が現れた。


「ここから先は有料です」


 今日は金がある。もちろん買う以外に選択肢は無い。


 ところが、である。


 主人公がいないためにプロジェクトは頓挫。最後のコンペにも間に合わず、プロジェクトは完全に失敗してしまう。


(ここから逆転するんだよな?)


 そう不安に思いながら読み進めたのだが、結局主人公は懲役刑になり、家族とも離縁。


 主人公が獄中で絶望しながら物語は終わってしまった。


 俺は不快だった。これは俺の望んでいた物語ではない。


 あまりに気に食わなかった俺は、証拠写真となるスクリーンショットとともにSNSへ文句を投稿した。


 俺の投稿はすぐに拡散したのだが、『タイヤキ』の運営会社からはなかなか謝罪が表明されなかった。


 しばらくすると俺を疑うリプライが増えてきたのだが、とあるニュースによってそれはパッタリと無くなった。


「『タイヤキ』実は人間が書いていた! 多数のゴーストライター達が給与の未払いで提訴へ」


 そして『チョコバナナ』の予約が入った。


 あの時の彼女と同じ場所から、同じ場所へ、同じ時間に。


 俺は愉快だった。

2020/01/15 初稿

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