待つ。
ちょっと放置しすぎた上に本題に入らないやつ
すたすた、とてとて。
「おーい、すみのー」
むぅ、すたすた、すたたっ。
「すーみーのー、まってよ〜」
…………すたたたたっ。
「墨乃っ」
「あーもううるさいっ!! 」
望乃夏母さんはほんとにもう…………
「だって墨乃、歩くの早いんだもん……」
「母さんが遅いだけだって」
「だってぇ……」
言い訳がましく足元を指さす母さん。
「墨乃は履いたことないから分かんないと思うけど、この靴歩きにくいんだからね? 」
「じゃあそんなの履かなきゃいいじゃん」
「だって、ねぇ。こういう時ぐらいしかおめかしできないじゃない? じゃない? 」
くいくいと腰を振ってアピールしてる。
「踊ってると置いてくよ? 」
「あ、待ってぇ〜」
そのままほっといてすたすた先に行っちゃって、駅の前で母さんを待つ。5分もすると追いついて、
「墨乃、早いよ…………」
「遅いよ」
「いやそれは墨乃が…………はぁ」
母さんがため息をひとつ。見通した向こうでは電車が行っちゃって、その向こうのホームが見えていた。
改札を抜けてホームのベンチに座ると、
「あ、そうだ。ボクの友達の娘さんも今年星花に入るんだって。ちょうど墨乃と同い年だから、仲良くなれるかも」
携帯を開いて写真を表示すると、私の前に置く母さん。
「興味無い」
スっとつっ返すと、
「えー、仲良くしてあげてよ。名前はさ、墨代ちゃんって言うんだ。安栗 墨代。墨乃に名前も似てるしさ」
「そう言われても」
そんな話をしているうちに、ホームに電車が滑り込む。開いたドアから乗り込んで、2人並んで座席に座る。母さんは早速取り出した携帯をネットに繋ぐと、動画サイトで母さん――もう1人の方――の出てる番組をチェックし始める。
「墨乃も見る? 」
イヤホンを片方差し出すその手を軽く払い除けると、私は視線を窓の外へと向ける。
「もう、墨乃ったら。…………まだ怒ってるの? 雪乃が入学式来れなくなっちゃったこと」
「…………そんなんじゃないから」
そう、私が雪乃母さんのことを嫌ってるのは、そんな理由じゃない。もっと深くて、もっと浅い。そんな理由。
「…………第一、雪乃母さんは私達よりも美味しいご飯の方が好きなんでしょ」
「墨乃」
冷たい声にハッとする。しまった、一線越えた。
「お願いだから、そんなこと言わないで。…………引退した後の雪乃のこと、墨乃も見てたでしょ? あれから立ち直って、今自分の好きなことができてるんだから、…………ね? 」
「…………分かってる」
雪乃母さんは、あんまり家に居ないし、居ても何を話せばいいのか分かんない。…………けど、望乃夏母さんにとっては、大事な人。そう割り切ってはいるんだけど…………
「はい、墨乃」
いきなり耳にイヤホンを入れられて、携帯もこっちに寄せられる。
「見て、雪乃ったらこんなに幸せそうな顔してる。きっと美味しいんだね。3人揃ったら食べに行こう? 」
画面の中では、大盛りのチャーハンを前に満足そうにほうばる雪乃母さんが居て。お代わりで出されたビビンバを目にして表情を固くする様子に、望乃夏母さんが吹き出す。
「…………このビビンバ、食べてみたい」
「ふふっ、墨乃ならこの量も食べちゃうかもね」
悪戦苦闘しつつも、どんどんとビビンバの山が小さくなっていくのを眺めながら、ただ流れるアナウンスをもう片方の耳で聞いていた。