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俺と異世界と子供たち  作者: 石田ヨシカズ
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05話『またな』

 ――それは突然やって来た。


 仄暗い闇の中、空間を震わせる程の轟音は俺の脳髄と鼓膜を強烈に揺さぶった。暗雲が垂れ込める雷鳴の如く、はたまた大地を割る地鳴りの如く。その凄まじさは天変地異が訪れたよう。


「ぐっ……うう」


  頭が……割れそうだ!


 反響し続ける轟音は容赦無くその勢いを増していくばかり。


  それは深い眠りの海に沈んでいた俺を強引に引きずり上げた。


「おぎゃあ、おぎゃあ」

「びぃえー、ええーん」

「わーん、わぁーん」

「ふぇー、ふぇーん」


 響き渡る子供達の咆哮。


「……これが……夜泣きってやつか」


 強制的に起こされたおかげで脳が未だ覚醒しきらない。


 頭が重い……。


「おーい、どしたー?」


 呼びかけても一向に止む気配がない。そりゃそうだよな。


 眠気まなこで立ち上がり、籠を抱き上げ揺らしてやる。黒馬に追いかけられ走っていた時、喜んでいたはずだ。


 しかし、


 泣き止まない。……何故だ。


「明かり、明かり……」


 ランタンの電源らしき魔石をいじくってみるが、一向に明かりが灯る気配がない。ああ、そういえばこのランタン点け方が分からないんだった。


 タスケテクレー。


「入るぞ」


「わぁっ!?」


 言葉と同時に勢いよく開くドア。


 シランだ。まだ夜は明けていないのに昼間と同じ格好で、その手には明かりの灯ったランタンと何やら荷物の入った籠。


 シランはこちらの返事を待たずに、ずかずかと入ってくる。一方の俺は心臓が小動物のような速さで脈打ったまま。せめてノックぐらいしてからドアを開けて欲しかった。


 そんな俺を余所に、シランは持ってきた荷物を机に置き、ガサゴソと何やら準備をし始めた。


「ん」


 そうして有無を言わさず突き出されたのはお湯の入った透明な瓶。


 はて? この形、何処かで見たことがあるような。


「ミルの実を入れて瓶を回せ。出来たらそこの水に漬けて冷やせ」


 渡されたのはミルの実と呼ばれた白い実。昼間俺が採取した実だ。


 わけも分からず言われた通り白い実を瓶に入れ、回していると徐々に白く濁ってゆく。湯気に乗って漂って来るどこか懐かしさを感じるこの香り。これって――


「ミルクだ」


 そう。スキムミルクのような独特の香り。色が濃くなるほどそれは強くなっていく。


 そうだ。これ哺乳瓶だ。目盛りもなければ乳首もないが、これは紛れも無く哺乳瓶。


「手の甲に少し垂らしてみろ。熱や冷たさを感じなければ、それが人肌くらいだ。冷たくなり過ぎたなら、お湯を足せばいい」


「わ、わかった」


 ……うん。大丈夫そうだ。


 哺乳瓶を手渡すと取り出した木製のちくびをはめこむ。そして慣れた手付きで羽の子を抱き上げると哺乳瓶を口に触れさせた。


 すると今までのことが嘘だったみたいに途端に泣き止み、一心不乱に哺乳瓶に吸い付く。


 はぁー、手馴れてるなぁ。などと一連の流れを感心して見守っていると、


「何してる。お前もやるんだ」


 眠気もふっとぶ鋭いお眼光。


「あ、はい」

 

 おずおずと持ってきた荷物を弄ると、中には哺乳瓶が三つとお湯差し。いくらかの布と何故か服が入っていた。疑問符を頭に浮かべつつ、兎にも角にもまだかまだかと泣き急かす子供達を横目にミルクを作っていく。


 うん。一回やったら意外とすんなり出来るもんだ。でだ。次に誰からあげるかだけど……。


「早くしろ。その分、他の子が遅くなる」

 

 確かに。気を使って迷っていたら、他の子も可哀相だ。


「待っててな」


 褐色の子を抱き上げ、見よう見まねで哺乳瓶を口に触れさせる。


「お、おお? おおー!」


 すんごい力。こんなに小さな体なのにパワフルな吸引力だ。同時にミルクの"かさ"が面白いくらいに減っていく。そして腕に伝わる躍動感。


 何と言うか……生命力を感じる。


 そうだよな。ずっと寝てたからそっとしておいたけど、出会ってから何も口にしていなかったんだよな。よっぽどお腹が空いてたんだろう。全て飲み干すと満足げに出した大きな欠伸。

 

 さて、次はと――


「待てサクマ」


「え、何か違った?」


 子供を寝かせようとした所で止められる。


「飲み終えたら肩に顔を乗せて、背中を叩いてやれ。胃の中の空気を出さないと寝かせた時に吐いてしまう」


 なるほど。要はゲップを出せばいいんだな。


 シランはもう二人目に飲ませている。早いな。


「わかった」


 肩に子供の顔を置き、自分の上体を軽く後ろへ倒し安定させる。背中を数回叩いてやるとゲップはすんなりと出てくれた。


「もう寝かせていいか?」


「ああ」


 起こさないように寝かせ、今度は犬の子を抱き上げてやる。一通りの順番は覚えたから大丈夫だろう。

 

 ――――。


 ――あれ? まだ残っているのに口を離してしまった。


「おーい。まだ残ってるぞー」


 再度ミルクを近づけてみるも、一向に飲もうとしない。ま、まさか昼間の事で具合が悪いとか!?


「落ち着け。無理に飲ませようとしなくていい。全く飲まないなら話は別だが、残すのはよくあることだ」


「そ、そうなのか」


「ああ」


 なら、良かった。一瞬どきりとしてしまったがそれならそれで。さて、と仕切り直して背中を叩いてやる。


「げぽぉっ」


「うお!?」


「え!? ちょ、だ、大丈夫か?」


「だから落ち着け。よくあることだ」


「ほ、本当に?」


「ああ」


 慌てふためく俺に呆れたように振舞うシラン。まあ、大事が無いってんなら良かったけどさ。





「ふぅ。やっと終わった。ありがとう、シラン。助かったよ」


 まさかの深夜の重労働に一息つく。その甲斐あってか子供達は皆、心地良さそうな寝息を立ててくれた。


「気にするな。そこに替えの服がある。後で着替えておけ」


 荷物の中から取り出された一枚のシャツ。なるほど、このために用意されていたのか。


「なあ、シラン。何でそんなに手馴れてるんだ?」


 単純に疑問に思った。


 哺乳瓶やお湯の用意だってすぐに出来るはずがない。このシャツだって然り。何より手際がものすんごく良かった。どこかでベビーシッターの仕事でもやってたってんなら納得するけど。あの愛想じゃあなぁ……。


「それはね……。故郷の孤児院で、下の子達の面倒を見てたからさぁ」


「うおっ!?」


 び、びっくりしたぁ。


 ドアの軋む音と共に、アルベルトさんがおもむろに顔を覗かせた。ナイトキャップを被ったその顔は、青白く何処かげっそりとしている。


「す、すみません。起こしてしまいましたよね」


「はは、いやいや。子供なんてこんなものさ。ただ懐かしくてね」


 懐かしい? そういえば孤児院って……。


「僕ら孤児院出身でね。夜泣きなんて日常茶飯事だったのさ」


「ははは」と青白い顔で爽やかに笑うアルベルトさん。さらりと重い事を……。


「私は行く。またな」


「ああ、ありがとう助かったよ。お休み」


 片付けを終えると、シランは足早に出ていった。


「さて、じゃあ僕も」


「あ、はい。お休みなさい」


 手をひらひらとさせてアルベルトさんも部屋へ帰っていく。


 パタンとドアが閉まると、部屋は静けさを取り戻す。


「ふぅ……」


 何だかシランの意外な一面を見た気がする。


 思い返せば森での一件や泊まる所、今回のこともそうだ。見ず知らずの怪しい俺を見捨てることも出来ただろうし、他人に任せてしまえば、このような面倒も無かったはずだ。それに森で採取した白い実だって、子供達の為に採ってくれたのだろう。


「案外、面倒見がいいんだな」


 見目も良いし、あの言い方と仏頂面が無ければ相当モテるだろうに。もったいない。


 もしかしたら良い人の一人や二人いるのかもしれないな。いやいや、余計な憶測は止めておこう。最近、年を重ねるごとにおっさん臭くなってきてる気がする。


 窓から外を覗くと、まだまだ夜は明けそうにない。シャツを着替え、ベッドに横になると睡魔は直ぐにやって来た。





 ――それは突然やって来た。


 仄暗い闇の中、空間を震わせる程の轟音は俺の脳髄と鼓膜を強烈に揺さぶった。


 暗雲が垂れ込める雷鳴の如く、はたまた大地を割る程の地鳴りの如く。


 その凄まじさは天変地異が訪れたようだった。

 

「おぎゃあ、おぎゃあ」

「びぃえー、ええーん」

「わーん、わぁーん」

「ふぇー、ふぇーん」


 部屋中に響き渡る子供達の泣き声。


「……どしたのー」


 先ほどから体感で一、二時間後くらいだろうか。外はまだまだ暗い。


 中途半端な時間しか寝てないからだろうか。瞼がピリピリする。体を起こしたくても、重くて言うことを聞いてくれない。


「入るぞ」


 うつ伏せで起き上がれない俺を余所に勢いよく開くドア。


 シランだろう。


 だからせめてノックしてから開けてくれ。ああ、そういえばさっき『またな』って言ってたな。これも予想してたってことか。


 ぐぎぎと無理やり体を起こすと、シランは前回と同じく荷物を机に準備を始めている。


 ただ前回と違ったのは、その姿が寝巻きだということ。上下ともに白の七分袖。飾り気こそないが、鎖骨まで見えるほど開いた襟がどこか少し色っぽい。


「またミルクか?」


「かもな。違うだろうが」


 どゆこと? 半分にも満たない思考力をフル回転させ、他に夜泣きする理由を考えてみる。……ああ、そっか。


 シランは犬の子のオムツを嗅いでいる。


 飲んだら出るわな。


 オムツを開けると予想通りと言うか健康的にいたしていらっしゃった。


「見ていろ」


 そう言うと、シランは小さい数枚の布を桶に入れ、そこに持ってきたお湯をかける。布を絞り、軽く振りさばき、適温になったことを確認したのち、優しくもスピーディーに拭き取ってやる。空かさず新しい小さい布を股にあてがい、最後に長い布で包んでいく。その間およそ十一秒。


 ほぇー。上手なもんだ。というか君は男の子だったんだなぁ。


 などと感心していると、シランの切れ長の麗しい目が、ジロリとこちらを睨む。


 はい。すいません。


 ――――。


 ――。


 流石にこれには苦戦した。お尻を拭き取るまでは良かったのだが、問題はオムツだ。シランのように上手く巻けない。シランの動きを真似したつもりなのだが、どうにも手こずってしまう。というか速すぎて覚えきれないよ。


 どうにかこうにか出来た頃には、シランはすでに後片付けに入っていた。


 むぅ。流石だ。


 そして今回のことで新たな発見があった。


 褐色の子と犬の子は男の子で、あとの二人が女の子のちょうど半々。他の子は何となくそうかなーと思っていたけど、流石に犬の子ばかりは確認しないことには分からなかったからな。





 オムツを替え終わると子供達はスッキリしたのか、すぐに眠りについた。


 シランは片付けを済ますと、足早に出て行く。


「じゃあ、またな」 


「あ、ああ……」


 帰っていったシラン。


「『またな』……ね」


 倒れる様に横になり、一抹の不安とともに睡魔に身を預ける。



 ――それは突然やって来た。


「おぎゃあ、おぎゃあ」

「びぃえー、ええーん」

「わーん、わぁーん」

「ふぇー、ふぇーん」


「入るぞ」


 言葉と同時に勢いよく開くドア。

 

 …………世の親御さん達は凄いなぁ。


 窓越しに見える空は若干白み始めていた。

いつの間にかブックマークをお二方につけていただいてました。気づくのが遅れてすみません、ありがとうございます。とても励みになります。

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