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俺と異世界と子供たち  作者: 石田ヨシカズ
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04話『異世界からの来訪者』

語彙力が欲しい……

 澄み渡る空の青さがその色を変え始めた頃、俺を先頭に深い森の中を歩いていく。


 後ろを歩く少女の名前はまだ分からず終い。と、いうより、自己紹介をしても、


『そうか。知らん』


 と言ってそれっきり。こちらが口を開かなければ鳥や虫などの小動物のさえずりしか聞こえてこない。


 それでも少女が口を開いてくれる時といえば、向かっている方向を修正する時と、道中採取や狩りをする時だけ。使う言葉も、「右だ」「左だ」「止まれ」「来い」「歩け」「拾え」「持て」。


 そんな短い言葉のみ。


「この白い実は何に使うんだい?」


「色々だ」 


「ああ……そう、色々ね……色々」


 このように若い子に素っ気なくされるのは、おじさん的に心が痛む。しかも、ちゃっかりと採取を手伝わされているわけで。まあ、助けてもらったんだし、そのくらいお安い御用なんですけどね。


 摘み取った白い木の実を手に思う。


 異世界か。


 しばらく歩いてみて、この世界のことで少しだけ分かったことがある。


 まず生き物のこと。


 元の世界にいた動物達と似てはいるが、黒馬のように体格が違ったり角が生えていたりと姿形が何かしら違う。


 そしてその動物達の体内には、時折大なり小なりの宝石の様な石が採取出来るという。

 

 魔石と言うらしい。駄目もとで尋ねてみると、訝しげな顔をされたが意外にも色々と教えてくれた。


 治療薬の作成や道具の燃料など、幅広い使い道があるとのこと。大きさや質などにもよるが、剥ぎ取った素材なんかより高値で売れるのだとか。先程仕留めた黒馬の魔石は非常に質が良いと、わざわざ取り出して見せてもくれた。


 どこも欠けていない六角柱の透き通った深い青。少女の手の中でホタルのように淡く煌めいていたのを覚えている。


 そしてそれを誇らしげに眺める少女の、年相応の幼い表情がなによりも印象的だった。


 そして魔法。


 後ろの少女はアーツと呼んでいた。先程の黒馬の炎や少女の雷、焼け焦げた俺の背中を癒す淡い光。昔やったロールプレイングゲームを思い出した。あんなものを見せつけられたら、もうここが異世界なんだと認めざるを得ない。


 アーツのことを尋ねたらピタリと足を止め、信じられない物を見たような顔をされた。仕方ないじゃないか。俺の世界には無いんだからさ。


 その時少女は少し考え込んだ様子だったが、『そうか』と言って再び歩きだした。それ程この世界では当たり前のことなんだろう。


 ……俺も使えちゃったりなんかしちゃったり?


 俺は弾む心をひた隠し、空いた手を見つめる。イメージするのは先程の火球。黒馬の炎が形成されていくのを思い返し、手の平に集中する。


 …………。


 むぅ、何も出ない。何と言うか、雰囲気の欠片も無い。集中が足りないのだろうか。 


 …………。


 イメージを強く持つんだ、俺! 炎、渦、凝縮――火球!


 むむむむむ――


「おいっ!」


「は、はい!?」


 びっくりしたぁ。


「……その道を進め」


 不機嫌そうな少女の視線の先には、踏み固められただけではあるが整地された道。


 ありゃ。手ばっかり見てて気づかなかった。結局何も手応えは無かったし、やっぱり異世界からきた俺じゃダメなのかもな。


 道の先を目で辿ると、そこには人の営みの象徴、村が見える。丸太で作れた門には見張り役なのか男性が二人。その向こうには白い煙があちらこちらから立ち上っている。


 ああ、やっと安心して休めるぞ! 正直またあんなのと遭遇したらと思って気が気じゃなかったんだ。


 それにしてもこの子、俺が気づくまで声を掛け続けてくれたのか。てっきり反応しなければそのまま置いて行かれるのかと思った。


 などと考えながら顔色を窺うと、こちらの心を知ってか知らずか鋭い視線と目が合った。


「――あ、いや、はは」


 何にしても助かった。一時はどうなるかと思ったが、何よりこの子達が無事で本当に良かった。村に着けばきっと親御さんも見つかるはずだしな。


「よく寝てる……」


 静かな寝息と穏やかな寝顔が俺の心をくすぐる。


 少し寂しい気もするけど子供には親が必要だ。短い間だったけど……元気でな。


 撫でた頬は柔らかく、触れた温もりがいつまでも指先から離れてくれなかった。







 到着した村は丸太の塀で囲まれており、森からの侵入を許さない形になっていた。

 

 家屋は見渡す限りでは十数軒。まばらに建っているため全て見渡せないが、奥行きも含めればもっとあるだろう。

 

 家屋は主に丸太や木の板を組み合わせて作られたものが多いらしく、キャンプ場のコテージやログハウスを彷彿とさせた。


 電気は通っているようには見えないが、外には街灯が、家屋の窓からは大きめのランプが天井にぶら下がっているのが窺える。


 村の中心と思しき広場にはいくつかのベンチと石造りの井戸。質素と言うか簡素と言うか。それでもこの穏やかそうなこの村にマッチしていて良い雰囲気をかもしだしていた。


 ふいに、空が赤みを帯びてきたからか、そこかしこから漂う夕食の良い香りが俺の胃を刺激する。


 そういえば何も食べて無かったな。と、通り過ぎる住人達にチラ見されられながらも足早に連れてこられた場所は、他より一回りほど大きい家屋。


 少女は勢いよく扉を開け放ちながら、村長はいるかと俺を引きずってゆく。


 ああ、村長さんの家か。どうりで立派なわけだ。


 中は吹き抜けの平屋となっており、奥にも部屋があるようだった。中心には木造りの四角い大きなテーブルが一つと、簡単な造りではあるが、丈夫そうな椅子が多く並べられている。寒い季節があるのだろうか。暖炉もあるが、今は綺麗に片付けられていた。


「おお、お帰り。怪我は無かったかい?」


 椅子には村長と思しき老人。口髭まで白髪の優しそうな人だ。何だかアルプスで羊飼いをしてそう。


 そしてもう一人。俺より少しばかり年下だろうか。こげ茶色の髪に、オシャレ顎髭を生やす落ち着いた雰囲気のお兄さん。革のブーツに入れた茶色いボンタンズボン。襟の立った胸開きのワイシャツを着こなしたお兄さんは、何処か西部劇のガンマンか中世の海賊を思わせる。


「お帰り。いつも言っているけど、もう少し優しく扉を開けてくれないかい? 僕の本分は物作りじゃないのは知っているだろう?」


 なかば呆れたように笑うお兄さんの言葉に、少女はああ、と短く答えると目線をこちらに向ける。


「おや、そちらはどなた様かな? 随分ボロボロになってらっしゃるが」


「あ、突然お邪魔してすみません。私は――」


「異世界の人間だ」


 俺の命の恩人は横から爆弾発言をぶっ込んできた。


 いや、確かに事実だけど、もっと段階ってもんがあるでしょ。てか、何で知ってるの!? ああ、ほら! 二人とも目を丸くしてる。


 しかし、お兄さんは意外にも馬鹿にするでもなく冷静に、その根拠はなんだい? と問いかける。


「服だ。様式はともかく、こんな細やかな裁縫技術はこの大陸には存在しない。かと言って、この服では他の大陸の環境に耐えきれるはずが無い」


 二人はふむ、と俺の服をまじまじと見やる。


「それにコイツはグリムもアーツも、魔石のことすら知らない」


 バッと、二人同時に顔がこちらを向く。


 あー、さっきもそんな顔されたわ。


「何より、空から降って来たんだ。コイツは」


「は!?」


 その場の誰よりも驚き、声を大にしたのは俺だった。


 降って来た?


 俺が?


 空から?


 んなバカな!


 確かに目覚めるまでの記憶はないが、空から降って来たのなら無事ではすまないはずだ。……事故の傷は全部無くなってたけども。


「……それは、見間違えじゃなくてかい?」


「私の目の良さは知っているだろう」


 意外にもそんな馬鹿げたことを真に受けているのか、村長はふむと伏し目がちに、お兄さんは顎に手を当て二人して考え込み始めた。


 それほど少女の言うことが信頼出来るのか、もしくは何かしら思い当たるところがあるのか。


 部屋は静寂に包まれ、耳に入るのは外の生活音だけ。

 

 少女はというと、腕を組み壁に背を預け、こちらをじっと見据える。

 

 ……いたたまれないんだけども。


「ああ、ごめんね。そう不安がらなくても大丈夫だよ」 


 こちらを気遣ってか、お兄さんは優しい笑顔を向けてくれる。


「これは失礼を致しました。少々貴方の置かれている状況が特殊なようでして。気分を害されたなら申し訳ありません」


「いえ、そんな」


 丁寧に頭を下げてくれる村長さん。二人とも感じの良い人で良かった。この世界に来て最初が肝心だと思っていたが、どうやら人に恵まれたみたいだ。


 この少女も悪い子ではないんだろうけど、如何せん表情が読めない。美人なんだからもう少し笑えば良いのに。


「うん。……もし、それが本当なら彼は異世界の人間なのかもしれませんね」


「そうじゃのう。空から来たというのなら、そう考えられるの」


 二人の口振りから、空に何かあるってことなのか? 例えばワームホールとか。


 そうとう訝しい顔でもしていたのか、俺と目が合うとお兄さんは穏やかに答えてくれた。


「言い伝え程度のことなんだけどね。空と海の最果てに辿り着くと、異世界に通じるとも神の領域に通じるとも言われているんだ。実際、海を渡った者は誰一人帰ってきていないしね」


「あの、詳しく教えて頂けませんか!?」


 正直今は僅かでも情報が欲しい。自分に何が起こり、どうしてここへ来たのか。――そして元の世界へは帰ることはできるのか。どんな小さな事柄でも集めればきっと繋がってくれるはず。 


「そうだね。でもその前に知らなきゃいけない事が沢山あると思うよ?」


 俺の心を見透かしたような柔らかな口調。口には出さないが、きっと落ち着くべきだと言っているんだろう。


「です、よね。はは……」


 確かにそのとおりだな。まずは現状を整理して、この世界のことを知らなきゃ帰るどころか生きていけやしない。


「だからさ、まずはお互いの名前と、君の事を教えてほしいんだ。……君は、本当に異世界の人間なのかな?」


「……はい。私はサクマ・ユーイチローと申します。皆さんが仰る通り、異世界からやって来ました」


 皆やはりか、と言ったように顔を見合わせる。


「さようでしたか。儂はこの"大樹の村"の代表をしとります、ローガンと申します」


「話してくれてありがとう。僕はアルベルト・アラート。この村の護衛として雇われてるんだ。気軽に話しかけてくれると嬉しいな」


 笑顔で握手を交わすと、その柔らかな雰囲気とは対照的な掌の硬さと厚さに驚いた。


 つまり用心棒みたいなもんか? よく見れば服の上からでも逞しい筋肉が見て取れる。


 で。と、アルベルトさんは少女を見る。


「…………」


 アルベルトさんから送られた目線を、知っているだろ? と言わんばかりに俺に受け流す。


 え? 知らないよ? 君の名前。


「……はぁ。彼女はシラン。僕の妹でね、同じく雇われて来たんだ」


 アルベルトさんはごめんね。と付け加えつつ、苦笑いを浮かべている。村長さんもやれやれと苦笑していた。


 兄妹だったのか。何と言うか……あんまり似てないな。雰囲気もそうだが髪の色とか。この世界ではそれが当たり前なのかな。


 それにしても、やっと命の恩人の名前を知れた。


 そうか、シランちゃんか。


 ――ん? シラン? 知らん?


『そうか。知らん』


 あ!!


 森の中で自己紹介した時の事を思いだした。


 あの時ちゃんと答えてくれていたんだ。たしかに妙なアクセントで言うなぁと思ってたけど、まさか名前だったとは……。


「どうしたんだい?」


「いえ、なんでも。ははは……」


 機会があったら謝っておこう。


「でだ、サクマ君。お腹減ってないかい? 話はその後にでも――――ん?」


 アルベルトさんの目線は、俺の持つ籠に向けられていた。


 ああ、そうだ。あんまり良い子で寝てたものだから、一番大事なことを忘れてしまっていた。


「実は森の大きな樹に、この子達が置かれてたんです。親御さんをご存知ないですか?」


 失礼してテーブルに籠を置き、未だ安らかな寝息を立てている子供達を見てもらう。


 赤ん坊ってこんなに起きないもんなのかな? 掛け布団代わりにしていたボロボロの上着をずらす。うん、俺の世界には存在しない種族だけど、やっぱり赤ちゃんってのは可愛いらしいもんだ。


 と、ふいに浮かんだ疑問を口にする。


「そういえば皆さんには羽とか尻尾とかはないんですか? あ、出し入れ出来るとか?」


 ファンタジー色の強い世界だ。それくらい出来るのかな。


「サクマ君」


「はい。うおっ!?」


 近い。顔が近いです、アルベルトさん。そして両肩に置いた逞しい手が痛いです。


「確認したいんだけど、この子達、君の世界から来た赤ちゃんじゃないの?」


 アルベルトさんは必死に爽やかな笑顔を作っているようだが、口元が明らかに引きつっている。


「い、いえ。肌の濃い薄いや、髪の色とかの違いはありますけど、みんな俺と同じ姿です」


 そんな俺の言葉に、アルベルトさんはそうかぁ、と俯き一息つくと、やっと手を離してくれた。


「村長。この子達は混血種ではありませんか?」


 うむ。と、子供達を覗き込んでいた村長が顔を上げる。


 混血種? って、つまりハーフってことか?


「混血種というのはね、その名の通り親が別種族同士の子供なのさ」


 ああ、やっぱり。で、そのことに何か問題があるのだろうか。やっぱり種族間の諍い云々とかあるのかな。


「出生率が極めて低くくてね、滅多に出会うことはないんだよ」


 なるほど。つまり、その希有な混血種が四人もここにいると。


「じゃが、しかしの……」


「なにか?」


「うむ。……実はほとんど知られてはいないが、混血種というのは種族の特徴が混濁して現れるのじゃよ。体毛や肌や髪の色が斑に出たり、爪や牙、それこそ羽が片側にしか生えないといった具合での。もちろんこの子達のように均整のとれた姿の者も、もしかしたらいるかもしれない。しかしそれも希の希。そんな奇跡とも言える確率の赤子が四人も集まっているとなると……」


「この子達もサクマ君同様、異世界から来たかもしれない。しかもサクマ君とはまた別の世界から、と?」


「ユーイチロー殿のこともある。その可能性は高いじゃろうて……」

 

 部屋に二度目の静寂が訪れた。


「ああ、ごめんよ。普段はこんなに重苦しくないんだよ?」


 流石に色々ありすぎてね。とアルベルトさんは頬を掻く。


 何だか申し訳がない。


「うん。やっぱりまずは食事にしよう。お腹が減ってたら回る頭も回らないしね」


 そういえば腹が減っていたと、皆の顔の固さは和らいだ。


「ユーイチロー殿。若い衆のお古で申し訳ないのですが、服をご用意しましょう。それに赤子達の分も」


 後で色々聞かせてくれと、三人は別の部屋へ行ってしまった。




 その後服を着替えさせてもらい、程なくして出てきた料理は元の世界の料理に似ているものが多かった。


 マッシュポテトや甘く煮た豆。ハンバーグのような肉料理に色鮮やかに盛り付けられたサラダ。どうやらこちらの味付けは俺の舌に合うらしい。どの料理もどこか馴染みのある味付けだった。


 食後、まずは俺の経緯を話す事にした。ここに来る前に事故に遭い、目が覚めたら森にいたこと。そして子供達と出会い、黒馬に襲われ彼女に助けられたこと。


 彼らは真剣に話を聞き、驚き、時折考え、同情さえしてくれた。さらには行くあてがことを話すと、この村に滞在する許可をくれたのだ。本当に感謝しかない。


「さて。流石に続きはまた明日にするかの。今晩ユーイチロー殿が泊まる所だが、どうするね? あいにく部屋の準備が整わんで、この広間で良いなら泊まりなさい」


 こんなに良くしてもらって文句なんてあるわけがない。泊まらせて頂けるだけ十分。ありがたく泊まらせてもらおう。お世話になります。そうお願いしようした矢先、


「ウチに来い。部屋が空いている」


 そう言って誘ってくれたのは意外にもシランちゃんだった。

 

 意外そうな顔をしたのは俺だけではないらしい。アルベルトさんや村長も珍しいものを見た顔だ。


「いや、有り難いけど遠慮しておくよ」


 だが流石に年端もいかない女の子の家におっさんが泊まるわけにはいかない。アルベルトさんがいるとはいえ、そのくらいの良識はあるつもりだ。


「大丈夫だ。来い」


「いや、でもね――」


「来い」


 否とは言わせない雰囲気。


 ああ、もしかしたらこの子なりに気遣ってくれてるのかもな。でもね、


「シランちゃんが良くても、俺が良くないんだよ」


 もちろん間違いを犯すつもりはないけど、何が誤解に繋がるか分からない。


 良くしてくれた人達に不信を抱かせる。それだけは避けたい。というか、間違いなんか犯したら今度こそ眉間に穴が開く。いや、黒馬よろしく焼け焦げる。 


 ん?

 

「シラン……"ちゃん"?」


 シランちゃんは目を大きく見開いて呆然とした様子で動かなくなってしまった。


 何か俺、変な事でも言ったか?


「おーい」


 はっとしたように目が合うと、シランちゃんは顔を背けてしまった。


 どうしたのだろう。


「何か気に障ること言っちゃったかな」


 不安な俺の言葉にシランちゃんは、いや、と首を横に振り、今度はしっかりと目を合わせてくれた。


「……少し驚いただけだ」


 何に?


「さて、サクマ君。君が心配するようなことは多分起こらないと思うよ。これでも僕ら、人を見る目は人一倍あると思ってるしね」


 だからおいでよ。と、何が楽しいのかアルベルトさんはニコニコしている。


 まあ、あんまり断っても逆に失礼かもしれない。それにベッドがあるならこの子達を寝かせられる。ならばと、お言葉に甘えることにした。


 村長まで髭を擦りながら暖かい目でこちらを見ているし……。





 外に出るとすっかり日は暮れていて、光の漏れる家々は大きな灯籠のようだった。


 案内されたのは村長宅のすぐ隣の二階建。


 一階は八畳ほどのリビングにキッチンと洗面所とトイレへと続くドア。二階には部屋が三つと物置が一つ。案内されたのはもちろん空いている部屋。


「ベッドの上にシーツを置いといたから使ってね。それじゃ、お休み」


「助かります。お休みなさい」


 パタンとそれぞれの部屋に入っていく二人。


 さあ、俺も休ませてもらうか。そう部屋に入ろうとした所でシランちゃんの部屋のドアが開いた。


「サクマ」


「ん? 何?」


 半分ほどしか開けていないせいで姿が見えない。見えるのはドアを押さえる手だけ。


 夜だから気にしているのか、先程とは打って変わって控えめな声色。


「私もサクマと呼ぶ。だからお前もシランと呼べ」


 それだけ言うとパタンとドアを閉めてしまった。


 うん。ぶっきらぼうな物言いで何を考えてるかイマイチ掴めないけど、やっぱり悪い子じゃあなさそうだ。


 最初はアレだったけど、何とか上手くやっていけるだろう。

 



 部屋に入ると掃除が行き届いているのか埃臭くはなかった。


 六畳程の部屋にはベッドが一つと、窓際に簡単な机と椅子、それにクローゼット。天井と机にはランタンが置かれており、魔石だったか、が取り付けられている。


 その魔石がスイッチなのか分からないが、他にそれらしいものも見当たらないし、押しても叩いても反応が無い。まあ、目が慣れれば窓から射し込む明かりだけでも何とかなるだろう。


「ふぅ……」


 ベッドに腰掛け窓からふいに見た景色は、俺の持つ知識ではあり得ぬ光景だった。


 村の明かりと夜空に浮かぶ幾千の星。そして周囲の山々よりも更に天高く幹を伸ばし傘を広げた大樹。


「本当に、異世界なんだな……」


 目の前の幻想的な眺めと我が身に起こった事を思い返し、改めて実感する。


 魔物に魔法に子供達。正直考えることや知らないといけない事が多すぎだ。


 けど幸いにも滞在の許可はもらったんだ。当面はこの世界を知ることと、この子達の育ての親を探すことだろうか。


「育ての親……か」


 子供達は森の一件以来、ずっと寝むったまま。静かな部屋には安らかな寝息だけが響く。


 村長によると、この子達も俺と同じく異世界からやって来たのではと言う。


 もしそうだとするのなら、この生後間もない彼等も何らかの理由で命を落としたのだろうか。


 ――胸の奥がチクリと傷んだ。


 腰を下ろしたベッドは柔らかで、敷いたシーツは絹のような心地良さ。撫でるように手を滑らすと、睡魔が優しく瞼を重くする。


「くぁぁ……」


 ああ、まずは体を休めよう。考えるのはそれからだ。


 籠を抱えるように横になる。


 俺の意識はいとも容易く沈んでいった。

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