友人はムキムキ黒光り
顔を洗って、キッチンに戻ると何故か普通の朝食が用意されていた。
普通の朝食に文句はないのだが、さっきまでリフティングをしていたはずなのに、たった数分で普通の朝食が準備されている状況に戦慄を覚えた。
いったい、うちの母はどうしたのだろうか?
「どうしたのケンジ? 食べないの? 今日始業式でしょ、昨日急ぐって言ってなかった?」
しまった。
今日は始業式で、明日の入学式の準備で早く登校する日だった。
ぱっと時計を見るとかなりヤバい。
朝の母の奇行を頭の端に追いやり、ご飯をかき込んで、制服を着て慌てて出ていく。
授業は無いからかばんは空っぽで構わない。
いつもの道をダッシュで走る。
カバンが軽いせいか、体も軽い。
俺って、こんなに走るの得意だったっけ?
そう思えるくらい調子が良い。
春休みで家でゆっくりしてたからなのか、全く息が上がらない。
この角を曲がって後は緩やかな上り坂を上がりきれば、校門だ。
「おー、ケンジ、おはよう」
坂の中腹で声を掛けられる。
振り向くまでもない、この声は友人の山下だ。
「よぉ、山下、今日もぽよぽ……えっ」
「ん、何だよケンジ、急に誰だお前みたいな目で見て?」
誰だこいつ?
俺の友人山下は、ぽよぽよのお腹がトレードマークの、典型的なぽっちゃりマンだったはずだ。
決してこんな黒光りするムキムキマッチョマンではなかった。
「山下なのか」
「なんだよ、春休みで友達の顔も忘れたのかよ?」
「いや、なんていうか、おまえ変わったな。その、饅頭が拳骨煎餅になったような」
「ああ、まぁ確かにちょっと鍛えたな、でもちょっとだぜ」
春休みの二週間でスライムがオーガになるのが『ちょっと』なのか?
ちょっとって二回も言いやがって、それでちょっとだったら、この世にライ〇ップはいらないっての。
「何したんだよ」
「いや、いつものメニューに、ダッシュと加圧トレーニング加えた位だよ」
いつものメニューって、
こいつのいつものメニューは、5段弁当おかず別盛だっただろ。
なんだよダッシュと加圧って、キッシュとカツの間違いじゃないのか
しかし、現実目の前のこいつはムキムキだ、しかも黒い
「それよりケンジ、いよいよ二年だな」
「急に話変えるなよ、まぁいいけどさ」
どっちにせよ、見た目以外は山下みたいだし、後で考えよう。
「ケンジは、やっぱり今年もA組狙いか?」
「いやいや、クラス分けは運だろ」
学校の思惑はあるにせよ、基本クラスはランダムに決まる。
一年の最初にたまたま席が隣になった山下と仲良くなれたわけだし。
「何冗談言ってんだよ、さっき走ってアップしてたじゃないか、今年は足引っ張らないようにするから、またチーム組んでくれよ、魔術師ケンジ」
「魔術師? それこそ何の冗談だよ」
なんだその痛いあだ名は、聞いたことないぞ。
しかし、俺には聞こえてしまった。
近くを歩いている生徒が俺を指さして、魔術師ケンジと言っていることを。
しかも、一人ではなく複数の生徒が俺を指さして魔術師と言っている。
えっ、俺魔術師だったのか?
表に出すのは何とかこらえたが、俺は心の中で頭を抱えるのだった。