変ノ章
「お呼びですか、御館様」天音が跪きながら千景を見上げる。
その左右の手にはそれぞれハンドガード付きのナイフのような形状をして黒い刀身の【忍者刀】『夜刀梟』と『宵刀鴉』が握られていた。
天音がゲーム内の時と変わらない声色で話しかけてきて、千景は少しドキッとした。
はらりと動く髪の質や薄暗い倉庫の中なのに、少しばかり輝いて見える透き通るような色白の肌せいなのか、それとも自分がゲーム内の千景の姿で現実のものとなっているからなのかわからないが、その姿を見た時美しいという言葉しか見つからなかった。
「どうなされましたか?」
「い、いやなんでもない、天音、その両手に持っている物を仕舞って、この娘に変化してくれ、それとこの娘を適当に村娘風に変装させてくれ」
「かしこまりました御館様、ではすぐに、それで、その方はどなたなのですか? 天音が知らない方のようですが」
「エルタっていうんだけど……」
千景はここでハッとした。
配下NPCが疑問形で話しかけてきたのはおかしい。『倭国神奏戦華』の配下NPCの設定にそんな機能はない、ゲーム内NPCなのだからメインサーバーとデータが共有され、自動的に必要なデータは送られてくるので、そんな疑問形で答える言語設定を組む必要がそもそもなかったのだから。
ゲームにログインした時に、天音を呼び出すことが習慣になっていた千景は、天音を作成してから多くの時間を共に過ごし、NPCだったが戦友といいっても言い過ぎではない程に一緒にいた天音の異変に千景はすぐに気づいた。
不思議そうに千景を見ている天音に歩み寄り、無造作に肩を掴んだ。
やっぱり……『鉄壁スキン』で覆われていない、千景の頭の中にはどういう形で召喚されるのかという疑問ともしかしたら自分と同じように人間の姿で呼び出されるかもしれないという可能性は少なからずあった。
人間の肉を触っている感触がダイレクトに千景の手に伝わってくる。そのまま手首の方に手を持っていき脈を調べてみると、肉に食い込む指先に、皮膚の下で脈打つ血の動きを感じることが出来た。
ここにいるのは、間違いなく、人間としての天音。
いきなりの千景の行動に、面を食らった天音は狼狽え、ふっくらとした頬がみるみる紅潮していった。
「お、御館様、あ、あの……ですね……その」天音はもじもじして、しどもどろになりながら声を詰まらせた。
「わあ、すごい綺麗な方ですね、千景様と同じでこの辺りでは見かけない素敵な黒髪ですね、えっとでも……どちらからいらしゃったのですか……?」
「俺が呼んだんだ、エルタが俺を呼んだのと似たようなものだよ」
「そ、そうですか」
エルタは千景と天音の顔を交互に見て、不思議そうな顔をしている。天音は、自分の手首から離れた千景の手を名残惜しそうに見ていたが、少し顔を横に振り、気持ちを切り替え颯爽と立ち上がってエルタの真正面たった。
そして【忍術】『写見変化』を唱え自分の容姿をエルタに変化させた。
「ええっ」とエルタの碧眼の目が今までに見たことない程に大きく広がった。
その様子を気にすることなく天音は淡々と続けざまに【忍術】『変装七法』と唱えると、エルタはどこからどう見ても、田植えが似合うほっかむりを被った古風な日本の村娘になった。
「あ、天音さん流石にそれはちょっと……」
「え、あれ、これじゃ不味かったですか?」
天音の意外なミスで動揺してしまてしまったことで、千景は思わず敬語になってしまった。
自分より少しだけ背が高く、実際にいたら間違いなく高嶺の花のような容姿の天音に対してゲーム内の時のような命令口調で話すことに戸惑いがあった。
ただそんなことは言っていられなかったので気を取り直して「それはここでは不自然すぎる、というかゲーム内でもそれは不自然なのになんでそうなった」少し強い口調で言い放った。
「す、すいません、御館様、適当な村娘風と言われたものですから……ほ、他のにします、他のに」データが送られてこなくなったからなのか、人間の姿で現れたからなのかわからないが、天音は目を泳がせて非常に戸惑っているのは伝わってきた。
「あー悪かった、天音、ちょっと待ってくれ千里眼で……えーと、あっちだ、あっちの大通りの方を見て見ろ」人が多く行きかっていた大通りの方向を指差した。
「な、なるほど、天音が初めて見る、服装ばかりです」
「エルタと同じような背格好の女の子の服装の色違いにしてやれ、色は茶色とかの目立たない色で、顔もそれっぽく整えてくれ」
「かしこまりました」
忍術『変装七法』天音がそう唱えると今度はうまくいき、エルタの服装は白い下地に茶色のローブを肩から被せ、鎖骨が見えるくらいに首回りが開いた服装になり、顔も金髪から赤茶けた色に、色白だった肌は、日に焼けた健康的な色へとどこからどうみてもお姫様だったエルタは、可憐な村娘へと変貌を遂げた。
天音が鏡を出し、エルタに顔を見せ「どうですか?」と尋ねると「おー」と感嘆の言葉しか出ず、さっきからエルタは、関心しっぱなしであった。
これを見ると天音の対応力は十分なように見えたが、ゲーム内とこの世界の誤差が致命的なミスにならないように気を付けなければいけないと千景は思った。
その時だった天音が急に「御館様!」と大声を張り上げ千景を庇う様に立ち、エルタの姿のまま両手に夜刀梟と宵刀鴉を抜き、身構えた。
何事かと思ったら、エルタの半身がおかしくなっている。
片方の目が、ぎょろぎょろと上下左右にせわしなく動き、視点が定まらず、碧眼だった目の色が黄色く、不思議な色に変わり、髪の色も金髪から、青と銀と金と白とが複雑に混ざり合った色合いに変化し、エルタの半身だけが違う女の姿になった。
「うるさいのお」エルタの口から声が出ているが、エルタの声色ではない、エルタも混乱して「えっえっえっ」と黄色い目をした側を触っている。
そこにいるのはどうやら、半分はエルタで、半分は違う者。すぐに切るべきか切らざるべきか、切るのならばエルタが死ぬ可能性も考慮にいれなければならない。千景も刀を抜いた。