グレイル・バルトクロウ
ザックフォードは『アンチ・マジック』を唱えて重力の波を押し返した。『グリム・クロス』でも腰にかけた剣でも対応出来るような姿勢を保ちつつ、ジリジリと重力魔法を撃った者との距離を詰めた。そうすると目線の先に白衣を着た男が、腰の辺りで手を組み堂々とした面持ちで立っていた。この距離だとまだ男か女かも判別できなかった。
ただ次の瞬間、男の声で「ザックフォード、久しぶりじゃないか!」とこの押しつぶされそうな緊張感には似つかわしくない、店で酒を飲んでる時に知り合いを見つけた時のような声色で話かけてきた。
その声を聞いてザックフォードはすぐに誰だかわかった。行方不明になった聖痕騎士団の一人、アルミラの兄であるグレイルだと。
「笑えない冗談だなグレイル」ザックフォードはそう言い返すだけで精一杯であった。
グレイルは、ザックフォードのことなどおかまいなしに一人で笑いながら白衣から顔を覗かせた。その姿は昔、聖痕騎士団に所属していた時とは明らかに違っていた。黒髪だったものから色素が落ち銀髪になり、髪の長さもかなり長くなっている、そして目も燃えるような赤になっていた。
「この気配といい、お前人間やめたのか?」ザックフォードはグレイルに問いかけた。
グレイルは薄ら笑いを浮かべながら「そういう見方も出来るな」と答えた。
グレイルはこんな奴ではなかったとザックフォードは思った。聖痕騎士団に居た頃は、こんな気持ちの悪い崩れた笑顔ではなく、もっと爽やかな笑顔で傷ついている者や困っている者に手を差し伸べ、部下からの信頼も厚かった。そして、アルミラを逃がして本当に良かったと思った。ここにいるグレイルに会わせるわけにはいかない、間違いなくこの姿のグレイルを見て、世界で一番ショックを受けるのはアルミラだろう。
「なぜだグレイル! 答えろ! 人間を捨てるなど昔のお前から考えられんぞ!」
グレイルの口元から笑いが消え「勘違いするなよザックフォード、俺はな、人間に生まれてきたことを自分で決めたわけではない、たまたま人間に生まれていたというだけの話だ、そうたまたまだ、自分で決めてないことに意味などない、そう思わないかザックフォード」
「俺はそうは思わない、な」と言ってザックフォードはグレイルとの距離を一気に詰め、下から上に切り上げた。
グレイルの顔にまた笑顔が戻り、その斬撃を軽やかに躱した。
「アルミラに魔法を仕込んだのは私だと忘れたのか? そんな速さじゃ捉えることは出来ない」
グレイルの手足には、いつの間にか風の精霊の加護を受けた文様が薄っすらと光り輝いていた。




