赤く染まる男
クリムルは自分の体のサイズに合っていない、大型のランス『黒薔薇の戦槍』を手にして、先に準備を終えていたシヴィソワの後を追った。
「死屍病には気をつけるんじゃぞ!」次々に村から出ていく若者たちに向けて長老が叫んでいるのを横目に、森の中に突き進む。
「赤色が濃い……!」シヴィソワが苦痛に満ちた声でそう言った。シヴィソワの持つファラティックアイズは敵が強ければ強い程赤く見える。
「今結界が何層まで破られてるかわかる? シヴィソワ!」
「わからない! でも近くなってる! やばいかも」
森を走り抜けていると横にも走っている獣人達が見える。他の村からも異変に気付いてこちらに向かっているようであった。
「クリムル!」シヴィソワがそう言うと、急ブレーキをかけた。止まり損ねたクリムルをシヴィソワが無造作にキャッチする。
「ど、どうしたの急がないと」
シヴィソワは、荒くなった呼吸を整えクリムルを抱えながら身を潜めた。
「早くいかないと!」
「ちょっと黙って!」
クリムルは、シヴィソワが見ている方向に目を移すと正体はわからないが、全身の毛が逆立つのを感じた。何かいる。
「何あれ……」
「わからない」
クリムルは、ランスの柄を強く握りしめた。そしてじりじりと二人は得体の知れない者との距離を詰めて行った。シヴィソワが近づきながらクリムルの耳に口を近づけて「いつでも覚醒出来るようにしておいて」と言い、クリムルは軽く頷いた。シヴィソワは、背中に担いでいた大きな盾とバルディッシュを両手に携えて構えた。盾を前面に押し出して更に距離を詰める。そしてその強い赤色を示していた者の姿がなにかわかった。
「――人間……なぜここに」
シヴィソワの目に入ってきたのは、濃い赤色に染まっている男が、周りにいる者達に手振りで何かを指示している様子だった。そしてそこに居た半分くらいの人間が、想響結界の方に走っていった。
「――どうするの」クリムルが、シヴィソワに囁きかけたが、すぐには答えることが出来なかった。シヴィソワもクリムルも『人間は敵』そうやって小さな頃から教え込まれてきた。事実そういう事柄はよく目にした。だから『ワーズリカント』は、帝国の冒険者の資格を取ることが義務付けられていた。自衛のために人間たちに力を誇示する必要があったからだ。人間に力を示すために人間から仕事を請け負うというのは、矛盾しているようであったが、帝国は使える者は区別せず、冒険者は特級冒険者を最上位に1等級から5等級まであり上位にあがれば、かなりの自由も効いた。
帝国側も『ワーズリカント』に冒険者の資格を与えるのは、使える人材の確保と獣人達の戦力の把握が出来るメリットがあった。帝国と獣人の国は、境界線を近くして、微妙な力関係の上でバランスを取っていた。
そういうこともあり、シヴィソワは一際赤く染まる男をどうやって殺すのか、その算段を頭の中で考えていた。状況は多勢に無勢、想響結界に向かったやつらも早く始末しなければいけない。武器を握っている手がじっとりと湿ってくるのを感じた。
――しかし、今なぜここにという疑問が、シヴィソワの中に今一度浮かんできた。獣人の森に足を踏み入れることは、殺されても文句は言えないのに、その危険を犯してまでここにいるのはなぜだ、不死族と人間が共闘してくるなんてことがあるのか? 人間にとっても不死族は制御できるはずがない敵であるはずなのに。
そんなことを考えていると、赤く染まる男は、こちらを指さして「なにかご用かな、お嬢ちゃんたち」とまるでシヴィソワとクリムルがここにいることの方が不自然なような口ぶりで話しかけてきた。




