ワーズリカント
低くどこまでも鳴り響く角笛の音が、地面を這うように森の中を走った。長い歴史を刻むこの森で、夜のこの時間に角笛が鳴ったのを初めて聞いた。いつも鳴るのは、角笛の定期検査の通達があった昼間だけだ。
「ナニコレ、どういうこと、やばい」森の見回りをしていたシヴィソワは、木の上に飛び乗り、上へ上へと、しなやなか足を生かして飛び移り森を一望できる一際大きな大木の頂きまで登り不死族と森との境界線を見た。
木の上から見える風景が、角笛の音が間違って鳴らされたものではないことをシヴィソワに知らせた。不死族の大群が、木々を倒し境界線を越えてきているのが見える。
――すぐに村に行かなくては、昨日事故者が出たばかりで警戒していたのに……
シヴィソワは、昨夜自分達の仲間の何人かが、不死族に持って行かれたことを思い出して顔を曇らせた。しかしそんな感傷に浸っている暇はないとすぐに気を取り直しシヴィソワは、これ以上仲間を奪われないために、木から飛び降り村に走った。境界線の近くでは、危険を知らせる狼煙が次々と打ち上げられた。
ここはアヴァルシス王国から北の山脈を越えたところに位置する獣人の国エッダマルガ、山脈の裾野にはリド樹海が広がる。今その樹海では、緊急を知らせる角笛と狼煙が打ち上げられた。リド樹海と不死族との境界線には、エルフが作った思念の糸で作られた想響結界が五層に張られ不死族の侵入を阻んでいたが、その第一層目が今、破られたのだった。
夜の闇が深い森の中を、赤い目を輝かせ、白銀の体毛をなびかせながら、仲間がいる村に飛ぶように走るシヴィソワは、想響結界を管理するために、獣人の中でも突出した魔力を持つ者達『ワーズリカント』の一人であり、向かっている村には同じような力を持つ者が多く住んでいる村だった。
村の入り口が見えると走る速度をさらに加速させる。村では灯りが焚かれ、狼煙も打ち上げられ、不死族への侵入に対応するために、村全体が活性化しているようであった。シヴィソワは、動いている者の中からクリムルの姿を探す。いない。今生きている『ワーズリカント』の中で一番の魔力を持っていると評価されたクリムル。その家は村の一番奥にあった。
シヴィソワは家に着くとすぐに「クリムル! 起きて!」と力いっぱいドアを殴り続け、後二、三発殴ればドアが壊れるというときに「ちょっと待って! 今開ける!」と中から声がした。
「第一層が破られた! 勢いがすごいから早く来て!」
ドアから出てきたクリムルは、長身のシヴィソワに比べて、半分程度の身長しかなくそのせいで幼く見えた。シヴィソワはその姿を目に捉えた瞬間、クリムルを、小麦が入った麻袋でも担ぐように担ぎ上げ、武器倉庫へと走った。
倉庫の前では、アヴェンダとギャルドを筆頭とした男の『ワーズリカント』達が、装備を整え村の入り口に向かうところだった。その一団にシヴィソワはアイコンタクトをして倉庫に飛び込んだ。
一番奥の台座の上に保管されている武器、ワーズリカントの中で一番魔力が高い者が持つことを許される武器、つまり今はクリムル専用の武器のところに、シヴィソワはクリムルを放り投げた。クリムルは、放り投げられた猫の様に、空中で回転して器用に着地した。
――さっき交代したばっかりで寝たばっかなのに……とクリムルは思ったが、そんなことを口に出せるような雰囲気ではなかった。




