街に向かう空の上で
魔導飛空艇に乗り込むと、宙音はかわいらしい寝息を立てて、すでに眠っていた。窓の外を見ると丘に残った魔導部隊の人達が手を振っているのが見えた。ここに来た時は、みな頭からすっぽりローブを被り、マスクをしていたが、黒い大地が取り払われたことによりそれらを身に着ける必要がなくなっており、その分だけ表情も晴れやかに見えた。ただ魔導飛空艇内には、それとは対照的に重苦しい漆黒の仮面を付けて、一人でぶつぶつと不貞腐れているやつがいた。
「まったく……どういうことですの……」
「夜なんだし、もうアールシャールの光も届かないんだからその仮面取ったらどうだ?」
「千景に言われなくても、そうするところでしたわ、まったく」これだから人間はとか言いながらイグニアは仮面を取った。
「千景様、先程から気になっていたのですが、その方は?」アタルは、初めて会った時とは違う、憑き物が落ちたような柔らかな表情で聞いてきた。
「『腐神の大井戸』までの道案内人だ」
「その言い方はなんですの! 高貴なわたしくしにそのような説明を……分をわきまえなさい!」
「高貴な道案内人だ」と千景は投げやりに訂正した。
「そ、そうですか」
「ヴァ! ンパイアの皇女ですわ!」少し巻き舌気味にイグニアが吼えた。
それを聞いたアルタが表情を変え「では不死族の生き残りですか?」と聞いてきた。その質問にイグニアが「そうね、生き残りよ、なにがどうなって、そうなったかなんて覚えてないけど、きっとそうね、そしてなぜかわたくしが人間などと行動を共にしているのかすら自分で理解できてないもの」
「千景様、それでは……」アタルが難しい顔をして千景を見た。
「イグニアのことは俺もよくわからないんだ、俺達と戦ったのは事実だが、ヴィネリアに操られていたらしいし、もしかしたらあの黒い大地に蠢いていた者達全てが、操られていたかもしれない、危険がないともいいきれないが、なにかあれば対処するさ」
「しかし、我々の国は、あの者達に散々苦しめられてきたのです。同胞も何人もやられました。一緒にいるのは危険です、いつ襲われるかわかったものじゃありませんよ」アタルが矢継ぎ早に千景にそう言うとイグニアは「高貴なわたくしが、野蛮なことを考えるわけないじゃないの」と言ってきたので「いや、イグニアお前、俺を眷属にしようとしたじゃないか」と返した。
「それはそれ、これはこれですわ、血を吸ったのならば眷属にしてあげるのがヴァンパイアの礼儀、か弱い人間への優しさ、慈悲ですわ」
「あんまり人間を舐めるなよ、ヴィネリアを倒したのは人間だってこと知ってるだろ」
「それは……そうですけど……わたくしも一応、操られていたところを助けられたという解釈は持っていますわ、ほんの少しだけですけど」
「助けられたか……そんな風に思っていたなんて意外だな」今までのイグニアの態度を思い出しながら千景は言った。そして「でも俺達がイグニアの仲間を倒したんだぞ」と続けた。
「仲間ですか、そうですね、言われてみればそうですけど、仲間と言われてもしっくりこないですわ、そもそもヴィネリアのようなあんな汚らわしい者を崇めていたなんておぞましいとさえ思ってますわ、わたくしは虫が嫌いです」
「ちょっと待ってくれ、パイルエスカルネのことは覚えているか?」
「覚えておりますけど、種族が違いますわね、あれは天国にも地獄にも行けなかった人間の男のなれの果てですわ」
「なるほど……ということは、ヴィネリアはそういう者達を集めてまとめていたってことか」
「そうですわね、そういうことになりますわね、わたしくもいつのまにやらその一員になっていましたけど」
「アタルということだ、ヴィネリアが消え去った今、大量の不死族を纏めて攻めてくる危険性はなくなったとみて俺はいいと思う」
「そうですか、いやでも……私はまだ信じられません、長年苦しめられてきた者への危機感はすぐには……」
「そうだな、明日『腐神の大井戸』に行って、そこのところも確かめてくる、アタルも来るか?」
「いえ、私はまだやらなければいけないことが山ほどあります『アールシャールの眼光』も危機が去ったとはいえ、補修して準備しておくことにこしたことはないですし」
「わかった」
話が一段落した千景が横を見るとウツラウツラと水音も目を閉じて寝ているようであった。街に着くとすぐに宿に向かい、水音と宙音をベッドに寝かせ、余計なことはするなよとイグニアに忠告して嫌な顔をされた後に千景も自分の部屋に入った。




