イグニア・アルズ・マーナ
漆黒の騎士は立ち上がったが、ヴァンプドラゴンの方が未だピクリとも動かない。あちらはもう完全に活動を停止しているように見える。漆黒の騎士のステータスを『天稟千里眼の術』で確認すると、職種ヴァンパイア皇女になっている、皇女ということはヴァンパイアの帝国でもあって皇帝でもいるのか、千景がそんなことを考えていると漆黒の騎士が「あ、あの……」と勇ましい軍人のようだった声色が、大人しい少女のような声に変っていった。様子がおかしい。厚手の鎧には似合わない内股になっているし……
「あの……!」
「なんだ」
「あのですね……」
「あの、ばっかりじゃわからないな」
騎士は、意を決したように俯き加減で下を向いた顔を千景の方に向けて「血を吸わせてください!」と言った。
「血……ヴァンパイアなら血はほしがるだろうが、いきなりそれか……」
「すいません、すいません、はしたないことを言っているのは、重々承知しているんですが、すいません、すいません」
「流石にはいどうぞとは言えないな……何があるかわらないし」
「そ、そうですね、そうですよね、初対面の方に私は、何を言っているのか……」また下を向いて俯いてしまった。顔は、厚い漆黒の仮面に覆われているので、今どんな表情をしているのか直接見ることが出来なかったが、たぶん落ち込んだ表情をしているのだろう。
「ちょっと聞くけど、ヴィネリアの使徒だったんじゃないのか? あーそうだ、その前に、先に名前を聞いていいか?」
「名前ですか、名前はイグニア・アルズ・マーナです、そうですね、不浄蟲神ヴィネリアは、死と夜を司る私達が崇めていた神でした。いつかは思い出せないのですが、その姿が具現化されて、目の前に現れて私達全員の意識を奪ったのです。今の今まで、意識はずっと薄ぼんやりとした夢の中を歩いているような感覚で、見えている時と見えていない時があったり、自分の意志では抗いようがない感覚の中で、ずっといました……」
――エルタが話した『黒渦の杖』のレプリカに操られていた時の症状と似ているな
「じゃあ、俺達と戦ったのは自分の意志ではないと?」そう言われたイグニアはビクっとして「そ、そうですね、でもよくわからないと言った方が正しいかもしれません、実際に槍を向けたのは事実ですので……」と答えた。
「なるほど……」
「血ぐらい分けてあげればいいじゃないですか、おやかたあ」
「軽く言うなよ宙音……」
「だっておやかたは、状態異常に強いし、減るもんじゃないでしょ! 何かあったら水音ちゃんが治すし! ねっ水音ちゃん!」
「う、うん、治せるのかな……」
「不安なこと言うなよ、しかも血をあげる方向で話が進んでるし、そして吸われたら血は減るからな」
「正直に言いますと、もう血を吸ってなくて喉がカラカラなんです! 是非に!」イグニアは、話の風向きがよくなったのを悟って、力強く言った。
「わかったよ、その代わり『腐神の大井戸』ってところの場所はわかるか?」
「はい! というかそこが私の生まれ故郷です」
「じゃあ、血をやるからそこまでの道案内を頼む」
「任せて下さい!」
ここでは光が……ということで、光が当たらない影になっている場所まで行き、千景は腕を差し出した。イグニアは、漆黒の仮面を取り、すぐに千景の腕にかぶりついた。




