耳ノ章
千景が少しずつ出口との距離を詰めながら外の様子を伺っていると外から「せ、先遣隊が、せ、せん、先遣隊が……ぜ、全、全、全滅しています!」という息切れと混乱しているせいで呂律が回らなくなった兵士が、外にいる誰かに報告している声が聞こえてきた。
千景はすぐに忍術『天稟千里眼』を使用して外の様子を詳細に確認しはじめた。
――邪神がいるような世界、魔法や呪術等を探知するなにかが、こちらの世界にもあった場合のことを考えると出来る限り現状は大勢の人目がありそうなところで技能を使いたくはなかったが、流石にこんな状況ではそうもいっていられなかった。いざとなったら走って逃げるそれだけだ。
建物の外には、盾を構えた一般兵士たちが隊列を組み、三十人程度の人数が、建物の入り口を扇形に囲むように包囲している。その後ろ側に数人、職業一般魔導士という、建物の中では遭遇しなかった職業を持つ兵士達の姿があった。
レベルこそ低いが、知力と呪術力が高め「これがこちらの魔法職ってことか」千景はよりいっそう注意深く周りをうかがい、設置されている罠や、結界等がないか詳細に調べてみたが、特にそれらしいものは見当たらなかった。
入り口を囲んでいる兵士達は、こちらの方を注意深く見ているだけで、千里眼に反応している気配は感じられない。
そして、その包囲している一団の中にレベル20と周りの一般兵士達に比べると頭一つ抜けている二人の存在が目に入ってきた。
――一人は職種:兵士長、種族:人間、黒色の鎧を身に纏い大剣を軽々と持ち上げながら肩に乗せている。この男は筋力と打撃力が他のステータスよりも高い、職種と見た目通りの脳筋って感じか、そしてその隣で落ち着きがなくソワソワしながら話を聞いているもう一人の男、職種:宰相、種族:人間、交渉のステータスが異常に高いこいつがエルタが言っていた王を殺したという宰相ゴルビスか、親指の爪を噛みだした、嫌な癖だ、とりあえず透明の姿の俺達を、認識出来そうなやつはいなそうだし、あのステータスなら例えバレたとしても、問題にはならない、外に出て一気に駆け抜けるか
不安そうな顔をしているエルタに千景は「ごめん、もう一回、抱える」と声を掛ける。エルタは、小さく頷いて了承した。エルタを脇に抱え一歩を踏み出そうとしたその時、騎士団長が宰相ゴルビスに耳打ちしているのが見えた。忍術『天稟地獄耳』二人の会話がクリアに聞こえてくる。
「いかがいたしますかゴルビス様?」
「こいつらが言っていた話が事実であるならば、先に中に入っていったエルタも生きていないんじゃないのか、エルタに兵士達を殺せる力などなかろう」
「そうですが、兵士達はエルタ様の死体は見てないと言っておりますが」
「うーむ、まったく、面倒をかけよる…… この建物の中には悪しき力が封印してあるとかなんとかそんな話を聞いたことはあるが、王族しかこの遺跡の入り口の石扉を開けることは不可能であったからな、中をこの目で確認したことはなかったのだが…… どうしたものか、お前こんな朽ち果てた遺跡に兵士達を殺せるほどの化物みたいなものがいると知っていたか?」
「いえ、私もゴルビス様が今おしゃったくらいの話しか聞いたことがありません、一応、昔からの伝統的な慣習のような形で、前までは入り口に守護の兵士をつけていたらしいのですが、私が兵士長になる頃にはすでに廃止されていて、今は警備隊の巡回ルートに加えて、見回りをさせるだけの形式的なものになっていましたし……」
「そうだろうな、それは前にこの私がそういう風にせよと指示を出したんだがな、まあいい、そんなことより、お前達! その兵士達を殺した者の姿を本当に見ていないのだな?」
「は、はい、申し訳ございません、あまりの惨状のために、即座に撤退しました!」それを聞いてゴルビスは忌々しげに、兵士達を見てから、舌打ちをし、こちらの建物の入り口のほうに視線を戻した。
一部始終を聞いていた千景は、エルタの話の辻褄が合ってきたなと思い、見たところこちらの様子にも気づいた様子もなく、これなら抜け出せそうだと思った。
「兵士が建物の中から戻ってきても、その後ろを追ってくる気配はないようだな、兵士達を殺したやつは中から出てこれないのか、それともこちらの様子を中から伺っているのか、どちらにせよ忌々しい」ゴルビスが言った。
「この建物自体が封印結界のようなもので、邪悪な者はあそこから、出てこれないのではないかとそれか殺した者の姿がないというのであるならば、侵入者への罠が仕掛けられていて、建物の中にはそもそもなにもいないということもありえます」
「前向きな意見だな、前向き過ぎる、まあただ私にとって一番重要なことは、エルタが死んでいるのか生きているのかそっちの方が重要だ、エルタの死体だけは確認しておきたいのにどうすればよいか……」
「私自らがいきますか?」
「やめておけ、お前がいなくなったら誰が私を守るんだ、しょうがない、エンデラ王国にこれ以上借りは作りたくはないが、今一度その手を借りるとする、中にいるエルタの生死の確認と、生きていた時の処理のために……婚姻の儀を行うため向こうの国王も来ていることだし、断れんだろ、向こうの国の弱みも握っていることだしな」
「そうなりますと、婚姻の儀は中止に?」
「亜人種の要人達も、今回の婚姻の儀を盛大にやるために呼んでいるのだぞ、そんなことは出来ん、これ以上このアヴァルシス王国の騒動が長引いてると知れたら、どうなるかわからんわ」
「では…… 後残っている血族となるとミレア様しかおりませんが、少々幼い気がします、12を超えたばかりだったかと、教会に確認しませんと」
「教会か鬱陶しい、構わんだろ、十分結婚出来る年だ、後でどうとでも出来る、どうせ両方私の物になっていたのだから、私はむしろエルタよりもミレアの方が好みだったしな、エルタの取り柄は民に人気があるだけだ、ミレアと婚姻の儀を執り行う」
「ではそのように致します。後ここはエンデラの者が来るまで放置ということですか?」
「見張りの兵士を付けておけ、こんないつ崩れ落ちるかわからないような建物に、本当に悪しき者が封印されていようとは、迷信とばかり思っていたが…… エンデラの者がだめだったらだめでその時また考える、これ以上は時間がおしい」
「お前とお前、ここに残って監視を続けろ、残りの者は城に戻れ、城に戻った者の中から、夕刻になったらここの監視を交代させるものを選んで交代させろ、残りはゴルビス様の背後を守りつつ城へ戻る」
兵士長が指名した二人の兵士が入口付近に残され、他の兵士達はゴルビスの周りを囲い、建物の前から去っていった。