菊一
千景は街の警備隊の詰め所に向かいながら、グループヴォイスチャットを開き、水音を呼び出した。
「はい、はい、はい、こちら水音です、どうぞ!」
「なんか水音の話し方、宙音の話し方に侵食されてないか」
「そんなことは、あるかもしれません」
宙音の言語設定は、犬犬さんが、宙音をカスタマイズする時に、遊びで絵霧さんのチャットログをぶち込んだから、ちょっとおかしなテンションの話し方なのはわかる、口が悪くない分、絵霧さんの話し方よりも宙音の方がましな気がする。水音は、消滅たんのチャットログだと絵霧さんとキャラがかぶるということで、チバニアンウリ坊さんのチャットログを採用してるはずだから、もっと大人しいはずなのに……千景は敵にかけるはずの術を味方に打ち込んで、すみませんを連呼していたウリ坊さんを思い出した。
「まあ、いいや、近くに宙音はいるか?」
「居ますよ、御館様、隣で私も喋りたいーって叫んでますけど」
「それは無視しといていいや、水音達は、ご飯は食べたのか?」
「城の中を散策するのが楽しくてまだですねえ、今はですねえ、私達は城内の教会にいます」
「じゃあ、食事するところに行って、そのまま、ミレアとエルタの夜の護衛を頼んだ、虎徹がいるはずだから、ゴルビスの屋敷にくるように伝えておいてくれ」
「かしこまりましたっ、ちょっと宙音ちゃん五月蠅い」
警備隊の詰め所は、正門を抜けた右手の建物がそうであった。そこに今丁度、天音と白狐と赤狐が、ハクルとシャザの死体を持ち込んでいるところであった。千景はその様子を千里眼で前もって確認をしていた。
天音が警備隊長に『トライセラトリス』を壊滅させたことを報告している。千景はそこに堂々と近寄っていき「その死体は『トライセラトリス』を壊滅させた証拠として、街に晒せというのが女王陛下の御意向だ、この女王陛下を護衛している天音が全てを指揮して壊滅させたということを添えてな」と一言、警備隊長に向けて言い放った。
「貴方は?」
「私も女王陛下の護衛をしているものだ、政務官のエメゲルに確認して貰ってかまわない」
「そ、そうですか、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「千景だ、そして壊滅させたのはこの天音だ、よく覚えておいてくれ」隊長は、隊員を呼び、城に走らせた。
「昨日、我々には手を出すことが出来なかった娼館が大男に潰されたという報告は、教会の方から回ってきていましたが、そうですか……」
「ゴルビスが、手を貸していたからな、捜査も上手くいかなかっただろう」
「そ、そうなんですか! 攪乱されたり、捜査自体を止められたりして、有力な誰かが妨害しているとは、わかっていましたが、そういうことでしたか……」
「そういうことだ」
「多くの人が苦しめられていましたからね、これで一つこのアルスミラの問題が解決しましたよ! ありがとうございます! 昨日、式典の間に、倉庫も荒らされたばかりなんですよ、城に出荷される予定だった、一番上質な小麦と肉が盗まれたばかりだったんです」
「そ、そうか……」
そこから、どうやって捜査して、どうやって捕らえたのかを隊長に聞かれたが、前々からエルタが天音に命じて、内々に捜査をしていたとか、捕まえ方は護衛任務にも関わってくるので教えられないとか、当たり障りのないことを話して、お茶を濁し、身元の確認を終えて帰ってきた隊員と入れ違いで、四人は警備隊の詰め所を出て、ゴルビスの屋敷に向かった。
「倉庫で小麦や肉を食べてしまったことも『トライセラトリス』がやったことになっていましたね、御館様……」と天音が少し気にしている風に、千景に話しかけた。「まあでも、城に出荷されるってことは、天音に食べられるのが遅いか早いかだけだしな」と返した。それを聞いた天音は「もう……」と少しむくれて見せた。
少し雨がぱらついてきて、赤狐が「雨だあああ」と走る速度を加速させた。それにつられるように、三人も速度を上げた。街灯が夜の街を照らしていたが、ゴルビスの屋敷は真っ暗で、相変わらず夜見ると、お化け屋敷のようであった。
「エルタにここを借りることを、認めて貰ったよ」
「いいですね、主様、私達が住むには丁度いいです」と言って白狐が、門に近寄り、開錠スキル『開花狐』を呼び出し、中から開けさせた。
「何回か千里眼で中を覗いてはいるが、正門から堂々と入るのは、初めてだなここ、よし赤狐、屋敷の灯りを全力で点けてこい」
「わっかりましたー、ごじゅじーん」と言って、赤狐が全力で灯りを点けに行った。明かりを点けるだけで、フロアーは一気に華やかさを取り戻した。
「何も変わった様子はなさそうですね、主様」
「そうだな、ただこの前みたいに変な奴が潜り込んでくるかもしれないから、結界を念入りに張っておいてくれ、白狐」
「かしこまりました、主様」
「天音はどうしましょうか? 御館様」
「そうだな、今日は忙しかったから疲れてるんじゃないのか」
「疲れたと聞かれればそうですけど、夕食を途中で切り上げたからかもしれません」
執事が十人前は食べたとか言ってた気がしたが……あの優秀性を保つために必要な燃費なのかもしれない
「それなら、奥に行って下に行けば台所があるはずなんだが、使える食材あるのかな、こっちの世界冷蔵庫なさそうだけど」
「では、見て参りますね」と言って、千景が教えて方に歩いて行った。ここを拠点にするなら、もう一人配下NPCを呼んでおくか、特殊上位スキル『配下招来菊一』
「お呼びですか、御館様、ここは……僕はどなたを切ればよろしいですか?」
「いや、今は切る相手はいない」
「そうですか、ならなぜ僕を呼んだのですか?」
「この屋敷を守るための人員補充としてかな」
「この屋敷をですか? この屋敷に入ってくるものは、全部切れということですね、わかりました」
「待て待て待て」
「なんでしょうか?」
「こちらに危害を食わえてくるようなやつだけ切ってほしい、後は普通に、一般的に、対処してほしい、わかるよな?」
「普通に、一般的にですか……かしこまりました御館様」
「切る前に、俺に一声かけてくれよ」
「はい」腰に差さっている刀の柄を、愛おしそうに撫でながら菊一は答えた。
菊一は、侍職の最上位職『神域皆伝者』であり、飄々とした人切りというキャラ設定で、見た目は、童顔、金髪、虎徹の大柄な体格とは対照的に、ほっそりとして、小柄であった。紅鹿蔵さんのチャットログを埋め込んであるけど、よく言えばミステリアス、悪く言うと不思議ちゃんなところがあった人だったけど、これじゃあただの人を切りたいだけの危ないやつじゃないか……しかも菊一に持たせている刀は『倭国神奏戦華』内で年に五本しか作成出来ない限定作成武具である『地奏武具』の一つ『影照』だから、本気で切ったら屋敷が割れる。むしろそれで済めばいい方だ。
限定武具の作成は、素材の集めずらさもさることながら、期間限定で出没する限定武具作成NPCの周りで起こるプレイヤー間の壮絶なバトルロワイヤルに打ち勝たなければならなかった。素材が揃っていないプレイヤーも、作成しようとするプレイヤーの妨害に、すでに作成したプレイヤーも、他のプレイヤーに作成させないようにするために、そのため、年間五本しか作成出来ないのに、作成上限に届かない武具もあった。




