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シノビーツ・ナイトコア  作者: 駿河ドルチェ
要塞国家エンデラと不死族
32/76

政務官ヒリング

御館(おやかた)、御館、起きて下さい」目を開けると、虎徹(こてつ)の熊のような顔に付いているギョロリとした目が、千景の顔の側にあった。


「近いよ……」そんな千景の言葉は、聞こえない風で虎徹は「俺だけが護衛(ごえい)してるって、ずるくないですか?」と続けた。


「だから近いって、(つば)が飛んでくる、他のやつらはどうした?」


 あっちですと、虎徹は面倒臭(めんどうくさ)そうに(ゆび)()す、ごつい虎徹の指の先には、大きな赤いベッドの上に、女性陣が、綺麗(きれい)に川の字になって寝ていて、すし詰めと言う言葉がこんなにもしっくりくる状況(じょうきょう)はないなと千景は思った。


「うーん、そうかあ、まあ虎徹だけいればいいんじゃない、俺もう少し寝るから」


「なんか御館の俺への扱い白狐(びゃっこ)に似てきて、きつくなってやしませんかい」


「お前が、二、三日起きてても平気だって言ったじゃないか」


「それは、言葉のあやってやつですよ、御館」


「でも赤狐(しゃっこ)がいないじゃないか、あいつはどこいった?」


「さっきまで廊下(ろうか)を何秒で走り切れるか、って端から端まで、行ったり来たりしてたんですがね、城のやつらが起きて来たんで、廊下を走れなくなって外に出てきましたよ」


「あいつ、ここにいる意味わかってんのか、しかもあいつが突進(とっしん)して人に当たったら、死人が出るだろ、外ってどこらへんなのか」


部屋の大きな窓から見える庭園(ていえん)は結構な広さを持っていた。


「城の敷地(しきち)からは、出るなよって言ってありますけどねえ、守るかどうかわかりゃしませんが」


「まあいい赤狐はあの性格だから好きにさせておくしかない、じゃないと、柱に括り付けておくしかなくなる」


「番犬ですかい」


「番狐だな、ただ見た目は人型だから、柱に(くく)り付けたらメイドを虐待(ぎゃくたい)してるようにしか見えないのがな……」

 

 千景と虎徹がくだらない話をしていると、ベッドに寝ていた女性陣も、一人また一人と起き上がってきた。天音がすぐさま千景の元に近寄ってきて「もうすぐ『迷香線境(めいこうせんきょう)』の効果が切れますが、どうしますか? 御館様」と、術の残り時間を示す、七五三縄(しめなわ)()れ下がっている紙垂(しで)が、大分短くなっているのを指さした。


「どうしますか、か……エルタとミレアを、これ以上ここに隠しておくことも出来ないな、俺達は裏で見守るか、表で堂々と見守るか……」


「特に問題がないのなら、表から堂々と護衛したほうがなにかと都合がいいかと」天音(あまね)宙音(そらね)水音(みずね)を起こしながら言った。


「そうですよ、主様、私達が護衛(ごえい)するであるならば、堂々と護衛したほうが楽ですよ、大抵のことは、虎徹を地蔵(ぢぞう)のように置いておけばいい話ですしね」白狐が意地悪(いじわる)そうな顔をして虎徹を見る。


虎徹は「空蝉(うつせみ)発動しなければ、身代わりでダメージ食らうの俺なんだからな」とそれについて反論した。


「そうだな天音と白狐の言う通り、堂々と行こうか……じゃあ俺はこの国の貴族が来ているような服に着替える、虎徹はそのままの兵士の服でいいか、天音も女騎士風にしてくれればいいや、データはあるか?」


「大丈夫です、御館様」


「宙音と水音はどうしようか、騎士風にするか、白狐と同じようなメイド服にするか」


「宙音達はどっちでもいいよ、ね、水音ちゃん」宙音が枕を抱えながら言った。


「うーん……護衛するんだから、騎士の方がいいかやっぱり」


「そうですね、少しこちらの方々や私達に比べたら、宙音と水音は幼く見えるかもしれませんが、その方がいいですね」


「じゃあそういうことで、ミレアとエルタも起こして準備してくれ、二人に強化術を使うの忘れるなよ、行くぞ、虎徹、俺達はこの部屋から出る」


「へーい」


 ベッドルームから出て、変装(へんそう)を終えて窓際に立つとそこには、夜とはまた違った風景が広がっていた。そんな中に、大量の洗濯ものを抱えてるメイドの姿を見ると、急に生活感が湧いてくる。 

 

 宙音が一番早くに出てきて「どうですかあ、御館あ」と一周くるりと回って見せたが「う、うん、似合ってるんじゃないか」としか千景は言えなかった。見た目で威圧(いあつ)は出来なそうだな……それに続くように、みんなが部屋から出てきた。


最後に出てきたエルタとミレアを見ながら、千景が「落ち着くまでは、エルタとミレアは同じ部屋で、生活してほしいんだが可能か?」と声をかけた。


「私は姉様と一緒に、居たほうが落ち着きますが」とミレアはエルタの方をちらりと見た。


「私もそれで(かま)いませんよ」


「ありがたい、みんな優秀(ゆうしゅう)だが、少しずつ護衛の任務に慣らしていきたいし、この世界に順応する時間もほしい、まだ俺達が来て、夜が一回明けただけだからな」


「私は、完璧(かんぺき)に仕事はこなせますよ、主様(あるじさま)」と白狐が胸を張る。


「天音も上手くやれますよ御館様」


「俺はお前達二人の事は心配してないよ」と千景は宙音と水音の方を見やる。


「またまたあー、おやかたあー、私達も大丈夫だよね? 水音ちゃん」


「う、うん、でも宙音ちゃん、私達まだ御館様に呼ばれて出てきたこの部屋しかしらないよ」


「だあいじょうぶだって、ちょちょーいよ、ちょちょーい」


「そもそも宙音は何をするのかわかってるのか……」


「エルタちゃんとミレアちゃんを守ればいいんでしょ、余裕」


「そうか……まあいい、とりあえず今日の夜は、白狐に護衛して貰う」


「かしこまりました、主様」


「とりあえず、宙音と水音は、ここに残って部屋を守っててくれ、エルタ、エンデラ王国の魔晶石の輸送が出来るようにするためにどこに行けばいい?」


「ゴルビスがいなくなりましたので、王の言葉を伝えるためには、政務官(せいむかん)か、枢密院(すうみついん)かその辺りに話を通せばいいかと」


「何か心当たりがあるなら、そこに行ってみようか」


「わかりました」


「御館様、千里眼で確認してみましたが、怪しげな人物は見当たりません」


「じゃあ行くぞ」


 部屋を出でて廊下を歩いていると見るからに貴族らしき人達が、エルタに「陛下」「女王陛下」と声をかけてきた。それを言葉少なめに躱しながら進んで行くと、一人だけ違う顔つきで「陛下どちらにいらっしゃったのですか! これからやらなければいけないことが山ほどあるというのに」と少し声を荒げている人物が居た。


「この方は、なんという方ですか?」と千景は精一杯、それっぽくエルタに聞いた。


 エルタは千景の耳に顔を寄せ「宰相ゴルビスに付いていた政務官のヒリングです」と耳打ちをした。その様子を見た、ヒリングは怪訝(けげん)そうな顔をして、千景達全員の姿を見た。そしてヒリングは「この方達は? 何者ですか陛下、私は見たことがありませんが」


「この方達に私は、命を救われたのです、無礼(ぶれい)態度(たいど)は許しませんよ、ヒリング」


「か、かしこまりました、ここではなんですので、あちらの部屋の方へ」周りの貴族達の視線を、()(くぐ)りながら、エルタを先頭にした一団は奥の方に進んで行った。


「ゴルビス様があのような方だとは私は知りませんでした、女王陛下」とヒリングがエルタに話しかけた。

 そうだろう、身の潔白(けっぱく)を一番に説明するのは当然だろう、ただその真偽(しんぎ)はわからない千景は、こちらを見ていた貴族達の視線が切れたのを見計らって、忍術『傀儡操針(くぐつそうしん)の術』を唱え、相手を(あやつ)る針を出し、首筋に打ち込んだ。ヒリングは、エルタに話をしている途中であったため、口を開けたまま動きを静止した。


「千景様!」エルタが何を言いかけたが「大丈夫だ、殺したわけじゃない」と言って千景は(さえぎ)った。


「このまま、一階のゴルビスの執務室(しつむしつ)に行け」千景(ちかげ)はそう耳元で(ささや)いた。ヒリングは無言で、方向を変え、階段の方に歩き出した。


「刺せば言うことを聞かせることが出来る、それだけだ、だから大丈夫だよエルタ」それを聞いたエルタは「私は千景様が、怖く感じます、あの針を、私やミレアには刺さないでくださいね」と釘を刺してきた。


「刺していたずらするってかあ」虎徹が、そう言うと、エルタは表情を(けわ)しくした。


「お前は余計なこと言うな、そんなことするわけないだろ」


「そうです、御館様がそのようなことをするはずがありません、大丈夫ですよ、エルタ様、御館様はそんな下種(げす)真似(まね)を致しませんから大丈夫です」と天音はすぐにフォローを入れた。それを聞いたエルタ、は少し顔が強張(こわば)っていたが「あ、天音様がそういうならば……」と言った。


「天音への信頼感はなんなんだ」


「主様、虎徹の首を飛ばしたいのならばすぐにでも私が飛ばしてあげます」と白狐が、そのスラリと伸びた細い指を虎徹の方に向けた。


「わかったよ俺がわるかったよ」


ゴルビスの部屋は、昨日と変わらない様子だったが、主人を失った部屋は、人の気配もしなかった。


「さて、ヒリング、俺の質問に真実で答えろ」


「わかった」


「お前は、ゴルビスが少女を拷問にかけていたことについて、知っていたか?」


「知りませんでした」

 

 当然知ってるいるものだと思っていた千景は、驚いた。だからこそ忍術『傀儡操針の術』の針をすぐに刺したのだから。


「『トライセラトリス』については何を知っている?」


「城下の治安を乱している組織だ、誘拐、強盗、売春、手練れがいるようで手が出せず、警備隊とアルザック男爵が、全容を(つか)もうとしているが、どうにも捜査は、進展しない」


「こいつは、まったくゴルビスの悪事に関与していないみたいだな」


「そのようですね、私も正直のところ、疑ってはいたのですが」


「エルタが女王になったことはどう思っている?」


「女王陛下は、その意思を示されたことは素晴らしいことだと思います、しかしまだ若い、私にはその力になれるかどうかわかりません、女王陛下の父上が亡くなっているのも大きいですが、ゴルビス様が百人分くらいの仕事をこなしていましたので、それがいなくなった穴は大きいです」


 大きな溜息(ためいき)()れる。ヒリングの言っていることは嘘偽りのない、真実であった。


「百人分か……そうか……ヒリング、これが最後の質問だ、お前は、エルタに対して言えないようなやましいことをしたことがあるか」


「女王陛下の侍女(じじょ)逢瀬(おうせ)を重ねています」


「ストレートに言われるとなにか照れるな」


「そ、そうですね、そうだったのですね……誰だろう」


「それはプライべートと言うことで」と言って千景は針を引き抜いた。針を引き抜かれたヒリングは、ブリキのおもちゃのようなぎこちない動きをして、辺りを見回した。


「今私は女王陛下とそこの者と話をしていましたよね?」


「ええ、聞きました」


「そ、そうですか、何やら、夢の中を歩いているような、そんな感じの中で、話をしていたのが、夢の中か、現実だったのかという区別もつかなかったので……え、えーとそれで……」


「ま、まあいいでしょう、ヒリング、私のこれからの予定を、貴方は信頼出来る人物だとわかりましたし」エルタは胸を張り、ヒリングにそう言った。その姿は、女王というものに慣れようとしている、そんな気がした。


「そ、そうでした、戴冠式(たいかんしき)のことで、エメゲル枢機卿(すうききょう)が昨日、こちらに来られましたが、女王陛下が見当たらなかったので、みつかり次第すぐに使者を送ることにしてあります、後は、枢密院(すうみついん)会議、各省庁から人を集め、最上位(さいじょうい)国務会議(こくむかいぎ)があります。その間には貴族達の謁見(えっけん)(はさ)まれます、国王と宰相(さいしょう)が同時にいなくなりましたのでその負担が女王陛下に……」


「わ、わかりました、いいでしょう……そうだった丁度いい、貴方に一つ頼みたいことがあります、すぐに魔晶石の採掘(さいくつ)を再開して、エンデラ王国に送りなさい」


「それは、ゴルビス様に止められていましたね、そうですね……まだ、ノーゼス公が反乱を起こしていてエンデラ王国への道が閉ざされたままですが……しかもエンデラ王国は、ノーゼス公に力を貸していると聞いておりますが、それでもですか?」


「ゴルビスが死んだ今、ノーゼス公が反乱を起こしている意味はなくなり、すぐに収まるはず、エンデラ王国が力を貸しているのは、ゴルビスが関与していたからでしょう、あちらの国にも事情があるのでしょうし、ですから反乱が鎮圧(ちんあつ)され次第すぐに運べるように手配を」


「かしこまりました、女王陛下」


「後俺達のことなんだが、女王の護衛を、引き受ける」ヒリングは少し眉を、細めた。


「この方々は、アルザック男爵が集めた傭兵の中から、私が直接借り受けた人たちです、今回の件で私を命懸けで守ってくれた信用出来る方々です」


「しかし女王陛下、私はこのような者達を見たことがありませんし……前国王も殺されたばかりです、このような者たちを側に置くというのは如何なものかと……」


「このような時だからですヒリング、わかって下さい、貴方は優秀な政務官です、それならば、わかってくれるはず、私には今、信用が出来る者に守って貰う必要があるということを」


「……女王陛下がそう(おっしゃ)るであるのならば、仕方ありません、まあそもそも私には女王陛下の意向(いこう)(とが)める権利はありませんので、その様に取り計らうまでですが」


「ありがとう、ヒリング」


「俺からも感謝する」


「お名前を伺いたいのですが、今後の事もありますし」


「俺は千景と言うものだ」


「そうですか……女王陛下、そういえば、ゴルビス様をを護衛していた騎士団長が昨夜から見えないらしいので、もしかしたらということもありますので、お気を付けください、私の感では、ノーゼス公の元に行ったのだと思いますが」


「わかりました」


「では私は、エメゲル枢機卿に使者を出し、魔晶石に関わる省庁を回ってきます」そういって、ヒリングは部屋を出て行った。

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