異世界ノ夜の始まり
「御館様、御館様、起きて下さい」千景は夢現の中、天音の声を聞いた。
激動の一日を終えて眠りについた体は、素直に瞼を上げるのを拒んだが優しく揺り動かされたので流石に目を開けざるをえなかった。
千景が目を開けると、天女と言っても言い過ぎではない天音の整った顔があまりにも近くにありビクッとなった。
優しく微笑みかけ、透き通るような肌をもった天音に千景は胸を高鳴らせた。
「御館様、目は覚めましたか?」天音に頭を撫でられる。
「なにだらしない顔してるんですか御館」天音の後ろには、虎徹もいた。視界の中にはいたが話しかけられるまで、存在を認識出来なかった。しかもその上横には、白狐までいた。
「びゃ、白狐はなんでここにいる。お前はあそこを守護するように言ってあったじゃないか」
「あの後、主様が言っていたように『トライセラトリス』の三角の残り一人のハクルが来まして、その処分も終えたので、主様にご報告をと思いまして、話しかけたのに返事をなさらなかったので、天音様に声をかけました。色々事情を聴き、御館様は寝ているということなので、直接話に来たのです。生きている少女達をあのままにしておくことも忍びなかったので、こちらに連れてまいりました、あそこにはまだ赤狐を残しておりますのでご安心を」
「そ、そうか、なるほど、それは俺が悪かったな、ミレアとエルタは?」
「隣の部屋にいます、ミレア様もエルタ様も、椅子に腰かけて眠っておられます、御館様とご一緒で大分お疲れのようでしたね」
窓の外は黒色に染めあげられていて、まだ夜が明けたというわけではなかったがそれでも、寝る前はまだ日が傾いていなかったので、結構な時間寝ていたということか。
「隣の部屋も、この部屋も、白狐が【妖狐術】『迷香線境』で空間に鍵を掛けましたのでまず見つからないかと」まだベッドに倒れこんでいる千景に向かって天音が言った。
「おやかたあ、これからどうします? やることがないと腕がなまっちまう、誰か軽く殴り飛ばすやつとかいないんですかい」虎徹が、その太い腕をストレッチでもするかのように肩から振り回す。
「白狐、確かお前『トライセラトリス』のアジトが貧民街にあるとか言っていたよな? そこももう潰しておくか……三角が帰ってこないようじゃ、残ったやつらだけでは、アジトも放棄しているかもしれんが念のために……シンツ―の死体は食われて無くなってしまったが、シャザとハクルの死体は残ってる?」
「多少、形状が変わっておりますが、残っております、判別は出来るくらいには」
「虎徹に『トライセラトリス』のアジトの場所を教えてやれ、建物ごと潰してこい、シャザとハクルの死体を持ってきて、エルタの新しく組織された部隊によって壊滅させたと警備隊に報告しろ、いやまてよ、明日こちらから、あのゴルビスが演説したところで、シャザとハクルは晒した方が効果的か、とりあえず先にアジトだけ潰してくればいいか、虎徹そういうことだ、行ってこい、その後、怪しいやつがいたら報告してくれ、あくまで『トライセラトリス』の殲滅だけだからな、余計なことはするなよ」
「わかりやしたー、白狐、場所をどこだか教えろ」
「そういう口の利き方は、主様だけがしてよいのですよ虎徹」まったくと言いながら白狐が、虎徹に場所を教えている間、千景はミレアとエルタの様子を見に、隣の部屋にいった。二人は寄り添うように、ソファーで、寝息をたてていた。
「ミレア様とエルタ様が、起きましたら、なにか丸薬でも飲ませますか?」寝ている様子を一緒に見ていた、天音が自分のイベントリを漁る。
これを飲ませてやってくれと、千景は、自分のを渡してやった。
「今日はこのまま寝かせておこうか……ただ服が大分汚れているな……天音、二人を着替えさせて、風呂にいれるなり、なんなりしてもらえるか」
「かしこまりました、御館様」ミレアとエルタの事を天音に任せて、千景は、ベッドルームに戻る、それと同時に「じゃ御館ちらっといってきますわ」と虎徹が窓から闇の中へと消えて行った。
それを目で追う様に、外の風景を見ると、ところどころ、松明の灯りのようなものがあり、兵士達が見回っているのが見える、虎徹が走っていった街の方に目を移すと、薄ぼんやりと淡い光が街全体を包み、まだ活気があるのが見て取れる。夜風が、ひんやりとして穏やかな草の香りを運んでくる、寝起きの怠さが残る疲れた体には、その空気は気持ちがよかった。荒んだ心の隙間を埋めるように、染みこんでいく風。白地のレースのカーテンがたおやかに揺れる。しかし、異世界の夜はまだ終わらない。




