宣言ノ章
もうすぐだ、ゴルビスを『傀儡操針』で操って指定した時間まで五分切った。
そんな時に千景は、不意にこちらを見ている視線を感じた。
その方角に視線を走らせると、そこはどうやら観客席の中央部辺りにつくられた貴賓席らしく、小部屋のような仕切りの中に豪華な椅子、深い赤紫色で染められたデカンタとグラスが置かれている机、日の光を遮るための屋根が設置されている区画だった。
その中にいる一人がこちらに鋭い視線を向けている。
こちらの透明化が見破られているのか? そう思ったが、視線がかち合うことはなく、どうやらその鋭い視線は虎徹に注がれていた。
――あいつはなんで虎徹だけを見ている。ルルカのように見通せる力があるのなら俺や天音にも視線が動くはず、なおかつ強さが測れるのなら俺と天音よりも弱い虎徹だけを見るというのはおかしい。憶測でしかないが向こうから見ても何も見えていないはず、虎徹はそういう防御結界を張っている。なにせ虎徹はありとあらゆる面で鉄壁だ。ただ逆にその鉄壁さが怪しまれている原因ということか、この群衆や兵士達の中で、防御障壁を張ることが出来る人物として。
千景は『天稟千里眼』でこちらを見ている者がどんな人物か確認した。貴賓席全体に結界が張られていたがステータスを覗くことに何の支障もなかった。
――種族:エルフ、なるほど、こちらの世界にはエルフがいるのか、その横には種族:ワーウルフ、ドラギシュ、ゴブリスト、ドワルフ、オルガス、アーマと亜人のオンパレードじゃないか
千景が観察している最中にこちらを見ていたエルフは、虎徹から視線を外し後ろの赤いカーテンを潜って観客席の小部屋から出て行った。
「エルタ、聞こえるか?」
「なんでしょうか、千景様」
「あの豪華な席に座ってる人間とは違う種族のやつらがいるじゃないかエルフとかゴブリンみたいな感じの」
「ええいますねでも千景様、『ゴブリン』はここでは口にしない方がいいです、それはゴブリスト達が進化する前の種族の名で、今では蔑称になっています」
「そうなのか? 進化ってどういうことだ」
「ゴブリンと呼ばれていた時には、知性が低く、人間を襲い洞窟で暮らしていたりしていましたが、それは大昔の話で、今では機工都市ゴブズロックという都市を建設して、魔導機工に長けた種族になっています、ですので今では自由国家連合に所属しているアヴァルシスの同盟国の一つです」
「なるほど、エルフは?」
「エルフは昔から寿命が長く独自の魔法体系を確立している種族ですので、人類とは古くから対話が持たれていました、我が国で産出されるアサル鉱石はどの種族にとっても有用な物ですのでその繋がりで来ているのでしょう」
「なるほどな、他の種族についても後で聞かせてくれ」
「わかりました」
――独自の魔法体系か、気になるが今はどうすることもできないか、騒ぎを起こすわけにはいかないし、時間もない
「天音、あの人間ではない者達に変装出来るようにしといてくれ、念のために」
「かしこまりました、御館様」
千景はそういうとさらに貴賓席の観察を続けた。
種族も様々なら職種も様々であり、神官戦士、魔導士、武術大家、幻想言霊士といった感じでバラエティに富んでいた。みな席に座っている自分の主人に当たる者の横や後ろに立って警護しているようであった。
その中にビマと同じ黒いローブを纏った暗殺者を警護に置いている者がいた。髪は短く髭を少しだけ伸ばしているが、白く染まっていて年齢は結構いっているように見えたが、眼光するどく、骨ばった精悍な顔つきがいかにも歴戦の強者といった風情だった。
千景はそれがエンデラの国王だと目星をつけた。
「御館様、終わりました。データ収集終了です、どの種族にも変身は出来ると思います」
「わかった」
「御館様、あちらを」
天音が促した方向を見ると、ゴルビスが歩いてくるのが見えた。ゴルビスのステータスを調べると、状態異常を示すアイコンの色がきちんとついていて傀儡操針の効果が残っていることがわかり千景はほっとした。
舞台の真ん中までゆっくりと進んでいくゴルビスに、群衆の目が集中していくのがわかる。少し前までは、お祭り騒ぎのようにざわついていたものが、どんどん収まっていく、ゴルビスが中央に来た時、会場の視線がそこに集まる。楽隊の演奏がゴルビスの合図によって止められ、周りをぐるりと見た後に話し始めた。
「ここに集まった諸君達に私は伝えたい……伝えなければいけないことがある……」
千景は邪魔が入らないか、周りを鋭く監視する。
「私が、王を殺すように指示したのだ!」
ゴルビスが言った、その一言がスイッチとなり、時が止まったように、全ての音がピタリと止まった。
ゴルビスは深く息を吸い込み続ける。
「そして私は年端もいかない少女を虐待し拷問するのが大好きなのです! それ専用の部屋を用意し、これまで何人の少女をその手にかけてきたのか数えられないくらいです! 今! この時! 私は喜びに打ち震えています、今宵、ミレアを拷問にかけ苦しむ様を一晩中見られることを! 叫び声を聞けることを! ここにいる皆様にもそれを伝えたい……伝えたいが、残念ながらそれは無理です、それは出来ないのです、なぜならばそれは私だけの……この国の支配者となった私だけの特権なのだから!」
自分の思いの丈を民衆に向けて、どす黒いコールタールが詰まったバケツをひっくり返すように放ったゴルビスは放心している。
自分がなぜそのようなことを口走ったのかがわからない、顔面が蒼白になり後ずさりした。民衆から怒号が飛び、石や、手に持った食べ物がゴルビスに向けて投げられる。兵士達も怒りの顔を露わにして、ゴルビスを守ることを放棄している。
「終わったな」
「終わりましたね御館様」
貴賓席に座っていた者たちは、すぐさま席を立ち、軽蔑の視線をゴルビスに向け、去っていく、ただ一人ゴルビスと同じように顔面蒼白になっているエンデラの国王だけを残して
「虎徹、ゴルビスを掴んで民衆の中に放り込め」
「了解です、御館」
千景の命令を受けた虎徹は、その巨体に似合わない軽やかな動きで、舞台に近づき、舞台の上に乗ったかと思うと、ゴルビスの襟首を掴み、民衆の中に何の躊躇もなく投げ入れた。
ゴルビスの周りにはすぐさま人だかりができ、殴られる音が聞こえてくる、あれがやつの為政者としての責任だ。俺達が手を下す必要性すらない。
「いい頃合いだ、エルタ、最高の演説をしてきてくれないか」
「わかりました、この国を統治する者の一人として私は、いかねばなりません」
「出来るか?」
「はい」
「飛ぶぞ」
千景は透明化したままエルタとミレアを脇に抱え舞台裏に飛んだ。天音も透明化して後をついてくる。
「天音、エルタとミレアの変化を解いて、服は出来る限り最高の状態に仕上げてくれるか」
「かしこまりました、御館様」
天音はテキパキとエルタとミレアの格好を仕上げていった。その作業が終わるとすぐに舞台の端に二人を乗せた。
エルタとミレアはこちらを向いて一礼してから、上を向き背筋を伸ばし堂々と歩き始めた。その姉の後ろをミレアも続いて歩いていく。だが観衆の注意はまだ投げ込まれたゴルビスに集中していた。
「みんなエルタとミレアに気付いていないなこれは」
「任せて下さい、御館様」と言って天音はトランペットをイベントリから取り出して、透明化したまま颯爽と舞台に上がり勇壮な音楽を吹き始めた。
その音は一本のトランペットとは思えない大音量で鳴り響き、何事かと視線がまた一気に舞台上に集まっていくのがわかる。天音はその様子を見て頃合いを見計らって演奏をやめた。
天音の演奏が止まると、ゴルビスに向けられていた熱狂も止まり、辺りは静かになった。そして自然と舞台の上にいるエルタに視線が集まっていった。
「皆さん聞いて下さい」エルタのよく通る声が、響き渡った。しかし、ちょっと不自然な感じがしたので「天音、なにかしたか?」と千景は聞いた。
「演説されるということなので、強化しておきました」
「流石だな」
「ありがとうございます、御館様」
そんな二人をよそにエルタの演説が続く
「我が父上である国王は、ゴルビスの手によって殺されました……」エルタは涙を流している。
「しかし、それは、ゴルビスのような輩をのさばらせ、多くの罪なき少女を傷つけた報いだったのかもしれません……国王である父がきちんと目を光らせていれば、ゴルビスの悪行は防げたことです。私は今後このようなことを断じて許しません! 私はここに宣言します、私は亡くなった父に代わりこの国の王となります! 私は民を苦しめるような王にはならない! 貴方方に誓って宣言します!」
割れんばかりの拍手が飛び交う、花火が鳴らされる。全員が、新しい王の誕生を心から祝ってくれているようであった。
「いい女王になりそうじゃないか」
「そうですね御館様」




