走ノ章
部屋に残された、ミレアと千景の二人。ミレアの顔色を見ると、相当疲弊しているようで顔色が悪かった。
――自分の父親を殺されて、監禁されたあげくに、宰相のゴルビスと結婚とか言われたら、自殺を考えてもおかしくはない、そして今見知らぬ怪しい男と二人にされている。
ただそんな状況でも、ミレアは、下を向くことなく胸を張って、ビマの姿をした千景を見ていた。
「お初にお目にかかります、ミレア姫、エルタ姫は無事に保護している、そこに貴方も連れて行きます」
「それが真実である証拠は?」
「このエルタが着けていたティアラは? 証拠になりますか?」
「それは先立たれた母上の物、貴方がそれを持っているからといっても、姉様が一緒にいるとは限りません、それにそんなものだけでは、姉様が無事という証拠にもなりません」
「そうか、一緒に来ないというのなら、俺は別にかまわない、ゴルビスはもう詰んでいるし、貴方にも危害は加えることはない、それは断言できる。ですが、今後起こることは、その時になってみないとわからない、その時になってみて貴方に後悔することが起こったとしても、それは貴方が、今ここに残るという選択をしたことに他ならない、それでは失礼する」
千景が立ち去ろうとするとミレアが呼び止めた。
「そ、それでは脅迫じゃないですか……」
「時間が惜しいのです、私は別に貴方を助けようとしてここに来たのではない、この国の騒動を終わらせるために来たのです、ただ貴方になにかあればエルタが悲しむと、そう思ったから連れて行こうと思っただけなので」
「はっきり言いますね、わかりました、連れて行ってください姉様のところへ」
――確かミレアは十二歳だったか、年の割にはしっかりして見えたので、それ相応の口調をしてみたが、少し冷たく言い過ぎたか。まあいい、この王国の騒動が決着するのは後一時間だ。
「かしこまりました、ではこれを一緒に被って貰います」被ると透明になれる『天狗の隠れ蓑』をエルタの時と同様に被せ「失礼」と言って、また腰に手を回し、そのままエルタと天音がいるところに向かった。
強引な千景の行動に、ミレアは、エルタと同様に、声にならない声をあげようとしたが「喋るな舌を噛むぞ」と千景が言って、黙らせ、次の瞬間にミレアは千景がなぜそのようなことを言ったのか理解した。
こんなスピードがある乗り物は、この世界に存在していない、馬よりも速いスピードで、景色が過ぎ去っていく、柵を越え、屋根、ひさしと、千景は軽々と音もなく飛び移っていく。
そんな自分達の姿を、街を行き交う人には、本当に見えてないようで、ミレアは自分が風にでもなったような気分になってきた。今まで感じたことがない解放感を味わい、今までミレアの中にあった重苦しいものが、取り払われ、少しだけ笑顔になった。
そんなときに、白狐からグループボイスチャットが飛んできた。
「主様、侵入者がやってまいりました、名前はシャザと名乗っておりますが、どうしますか?」
「シャザ『トライセラトリス』の三角の一人か、ということは、残りはハクルのみ、というかもう名前まで吐かせたのか」
「ええ、額に醜い入れ墨をしていましたので、そこを撫でたら素直になりました」
「撫でる……抉るの間違いじゃないのかそれ」
「少女達にあのようなことをした方々の一人なのでしょう? 私達の前では嘘は通じませんし、それ相応の対応をさせてもらいました、ねえ赤狐」
「殺っちゃうー、ご主人、こいつ食っちゃっていーいー?」
「まてまてまてまて! 腹壊すぞ」千景は、口寄せで呼び出した三猿達がシンツーの死体を食ったことを思い出した。
「そっかー、残念」
――リアル肉食系女子、というか妖狐って、人間食うような設定だったのか、考えてみれば、配下NPCも眷属も『倭国神奏戦華』に限らず、他のどのゲームでもプレイヤー側につくNPCは、基本的に味方以外の敵には、徹底的に敵対行動を取るのが普通で、それが実体化したということは、そういう他者に対して攻撃的な部分も引き継がれているということか……『倭国神奏戦華』は対人重視のゲームだったし、かなりの攻撃性能を持っている対人型兵器の、あの妖狐二人が暴れだしたら、この国が亡びる、そうなったらまじでやばい。
まあでもそれは考え過ぎか、主を裏切るような事はないだろうし、そこまで無茶な展開にはならないと思うが……ただ絶対服従はゲーム内の設定であって、この世界に実体化しているということは、ゲーム内の設定が変わっていくということもあるんじゃないのか、配下や眷属が何を考えているのか知っていく必要もあるなこれは、ゲーム内AIとは違った、人間的思考がどういう風に、行動や言動に影響を及ぼしていくのか、少しずつでも把握していこうか……
「お前たちは、俺のことを主様とかご主人とか言っているが、俺のことをどう思っているんだ?」
「愛しておりますがなにか?『至福の首輪』を主様に付けれてから体にそう刻まれております。私達は、主様と一蓮托生、運命共同体、死ぬまで一緒ですよ? 」
「『至福の首輪』にそこまでの効果が……それはもう外せないのか?」
「そうですね、『至福の首輪』から私達の肉や骨に、根がはって同化しているので、取りのぞくのは不可能です。無理矢理、取ったら私達が死んでしまいます、ただ一つ言えるのは、私達は、こんな首輪がなくても主様を愛しております、ねえ赤狐」
「わたしも、わたしもー、超大好きー」
「赤狐は軽いな、まあ……暴走だけしてくれなければ、問題ないからいいかな……」
「私達が暴走? ありえませんね、ええありえませんとも、私達は世界で一番優秀な、千景様の眷属である妖狐だと自負しております、で、このシャザという男はどうしますか?」
「三角の残り一人の居場所と能力を吐かせろ、その後は処分していい、ただ食うなよ! 絶対食うなよ!」
「はーい、ご主人、でもお腹減っちゃった、ねえ白狐姉」
「そうですね、後で主様に、なにか食べさせてもらいましょう」
「わかった、わかったから、今からちょっと他の説明をしなければいけないから一回切るぞ」
「かしこまりました、主様」
天音とエルタがいる小麦の倉庫が、見えてきた。周りは未だ誰の気配も感じられない、空は澄み渡り、生ぬるい風の中に少し海の匂いも混じっている、ミレアを見ると、流れる景色を見入っていて、千景の視線には気づかない。そんなミレアに「もうすぐだ」と声を掛けるとミレアから「はい」と普通に返事が返ってきた。




