狐ノ章
千景は、シンツーを処理した後すぐに、操られていた女の子達の死体を、これ以上傷つけないように一人一人丁重に扱い、床に一列に並べた。
シンツーの死体が、三猿達に、骨まで食われて消えてしまったことで『トライセラトリス』の情報をこれ以上手に入れるのは不可能になったが、このゴルビスの悪趣味な倉庫は『トライセラトリス』にとっても最重要の防衛ポイントであるに違いなかった。
それなのに、ここには侵入を阻んだり、侵入者を知らせる結界や、シンツーが、倉庫に侵入している千景のことを面と顔を合わせるまで存在を、認識出来ていなかったことを鑑みれば『トライセラトリ』という組織は、その程度のレベルと能力者の集まりだろうと千景は考えた。
ただそれは楽観的な見方であることも否定できず、この狭い空間を守護することに適した技能や技術を持つ、眷属NPCの妖狐の赤狐と白狐を呼ぶことにした。
千景はプレイヤー操作キーを取り出し特殊技能『眷属召喚:白狐』『眷属召喚:赤狐』を発動させた。すると千景の前に煙が立ち昇り、その中から白狐と赤狐が顔を出した。
二匹と言うよりも二人と言ったほうがしっくりくる人型の二人。
白狐は色白で目鼻立ちがくっきりとしていて、目が天音よりも細く、ボブカットの金髪の中からひょっこりと二つの耳を覗かせ、背筋が伸びスラリとした体形に、イギリスのお屋敷で働いていそうな白と黒の本格的なメイド服を着用していた。このまま紅茶を運んできても違和感がなかった。
それに比べて赤狐は目のやり場に困るような際どい赤色の水着を着用していて、肌は健康的に焼けた褐色肌、髪はくすんだ銀髪が胸の辺りまで伸び、その中から赤い耳が覗いていた。顔は目が大きく白狐の冷たさを感じる表情とはうってかわって、笑い顔が似合う狐顔というよりもどちらかというと狸顔といったほうがしっくりする妖狐なのに。
白狐は天音にちょっと雰囲気が似ている近寄りがたい美人、赤狐は親しみやすい可愛らしい容姿といったかんじで、尻尾もきっちりと生えていた。
千景がジロジロと二人を観察していると、白狐が「主様、おひさしぶりでございます、あまり私達のことをお呼びいただけないので寂しくしておりました。ねえ赤狐」と言ってきた。
「そうですね白姉様、しかもこんな艶のない辛気臭いところに私達を呼び出したりなんかして、ご主人にこんな趣味があったとはねえ白姉様」
「幻滅ですね、赤狐」
「そんなわけないだろ、その前にちょっと確認したいことがある、手を出せ」
「お手ですか、主様、妖狐が軽く見られたものですね」と言いつつ差し出された手を握ると『鉄壁スキン』はなく、女性の柔らかな手であった。
眷属NPCの妖狐もこうだというのなら、呼び出していない他の配下NPC七人も通常の人間と変わりないと考えてよさそうだった。
――メイド服の白狐はいいとして、赤狐をうろうろさせるのは流石にまずいだろこれは
この二人の妖狐が着ているメイド服と水着は、眷属召喚技能解放イベントと同時にきた課金ガチャの大当たり枠のアイテムであった。
『倭国神奏戦華』のガチャの当たりは、上から、最甲、特甲、甲、乙、丙の五段階の当たり枠になっていて、この眷属特別衣装は、最甲ランクの当たり確率0.5%であった。見た目というのもあるが、それ以上に眷属NPCのステータスを爆上げさせる効果を持っていることから実践で使うには、どうしても手に入れておきたかった。
こういう時に、サクサクとお目手当の物を引くガチャ得意勢であったのが絵霧と消滅たん等の女性陣であり、ガチャが始まるとすぐに「前の課金の残りで今回は引けたわ」とか「一万円で最甲二個出た!」とか言い出し、ガチャだけは不得意だった千景は心の中で大きな舌打ちを連打していた。
男で登録してあるとガチャ確率操作されているんじゃないかと言われるほどに女性陣は引きが強くギルドマスターの罠罠曰く「ガチャの運は不平等である」という格言の元、運が集束するようなことはなかった。
だから、呪われたアカウントだの祝福されたアカウントなどよく言われるが、千景は、戦闘では絶大な力を誇るが、千景のアカウントは、呪われたアカウントであり、課金物を手に入れようとすると、必ずギルドメンバーの平均金額よりも1,5倍はかかるというのが常であった。
そして、この時の眷属召喚技能解放イベントは、運営によって、二重に仕組まれたプレイヤーに対する露骨な財布爆破イベントであった。
まず眷属NPCにもランクがあり、ガチャの当たり枠と同じように五段階が設定され、妖狐は、最上位の最甲ランクに位置し、下のランクに行くほど人型とはかけ離れていくようになっていた。
最低の丙ランクになると、死鳥とか、ミニサイズの化け猫とか、もうそれは眷属というよりもペットと言うべきものであった。
それらを捕縛するためには、プレイヤーに運営から『パラダイムボックス』というものが配られ、その中に満願万屋に売っている『普通の首輪』を購入してきて、その箱の中に、二個入れると、合成されて上位の首輪になる可能性があるというもので、合成されて出てくる首輪には、銅仙の首輪、銀仙の首輪、金仙の首輪、その上に至福の首輪があり、妖狐を捕獲するためには、至福の首輪を合成で作成してからでしか眷属にすることは出来なかった。
ただ『パラダイムボックス』に首輪を、二個入れても、出てくるのは合成された一個であり、普通の首輪を二個入れても、そこから出てくるものが、普通の首輪が一個だけ返却されてくるという失敗もあったので、至福の首輪を手に入れるまで、多くの試行回数と大量の普通の首輪の購入が必須であった。
妖狐が位置する最甲ランク以下のランクの眷属候補のあやかしは、金仙の首輪でも眷属捕縛成功確率が30%とか設定されていて、丙ランクの眷属候補なら満願万屋から買うだけで手に入る『普通の首輪』でも50%で眷属にすることが出来たが、妖狐は至福の首輪でしか眷属にすることが出来ず、至福の首輪が出来きなければ眷属には出来ないという0%か100%かのどちらかしか設定されていなかった。
千景はその『パラダイムボックス』を何時間抱えていたのかわからないくらい、突っ込んだ。
まず至福の首輪が出来る可能性がある金仙の首輪を二個作成する作業に没頭し、そこから金仙の首輪が二個出来ると、全身全霊最大級の祈りを込めて『パラダイムボックス』に突っ込んだが、無情にも失敗して一個だけが返却されて戻ってくる、その返却されて戻ってきた金仙の首輪を横に置き、再度合成用の金仙の首輪を作るという作業を繰り返していた。
最初の頃は、冷やかすように消滅たんと絵霧は「まだやってんの、ちかげえ、いくら使ってんのよまったく」とケラケラ、軽く笑いながら言っていたのが、最後の方になると悟りを開いたかのように仏の顔をしながら黙々と合成を続けている千景の姿を見て「ね、ねえちょっと大丈夫? あんた大丈夫? いくらつかってのんよそれ……金使い過ぎてログイン出来なくなりましたとか、あたし怖いんだけど」と最後は心配そうに見つめていた。
罠罠もその横で合成を繰り返していたが「千景、俺、鬼にするは眷属、妖狐諦めたわ……」と言って先にギブアップをした。
至福の首輪が全然出来なかったので千景は、最後、二個金仙の首輪が出来るたびに『パラダイムボックス』に突っ込んでいるやり方を変え、二十個、金仙の首輪を作ってから一気に連続でやるというやり方に変えた。
そうすると最後になぜか四連続で成功するという快挙を成し遂げ、二個余らせることになった。
パラダイムボックスから出てきた至福の首輪は、猫に付けるような鈴がついている首輪ではなく、白いラインの中に赤と黄色と青で奇妙な紋章が刻まれているブランド物のチョーカーのようであった。
千景は至福の首輪が完成したという喜びよりもやっとどこまで続くかわからない単純作業から解放されたという喜びの方が大きかった、なにせこれを手に入れるためにサラリーマンがよくしているスイス製の高級時計並みにお金を突っ込んでいたからだった。
妖狐を一体入手する分にも大変だったのに、二体分必要としたのは、種族:妖狐は二体で双狐術という技能を習得し、それは人型生物特攻を持ち、その特攻効果が上乗せされた、多種多様な状態異常攻撃を可能にする術であったからであり、カタログスペックだけ見ても、城攻めや、防衛戦が格段に楽になることがわかっていたからだった。
そして、眷属妖狐を手に入れるための首輪の作成費用とステータスを爆上げする衣装を手に入れるためのガチャの金額を合わせると千景の出費は、軽自動車の乗り出し価格並みになっていたが、課金障害物競争ともいえる眷属召喚技能解放イベントを完璧な形で走り切ったのだった。




