序ノ章
「もうすぐだぞ千景準備しとけ!」
巨大な部屋の中を縦横無尽に飛び回る飛翔櫓から討伐の指揮を執っているギルドマスターの罠罠が、千景に向かって指示という名の檄を飛ばした。
「わかってます」と千景は【全快薬】桃華丸薬を口に放りこんだ後、持っている刀を天に突き上げそれに答えた。
ここは『倭国神奏戦華』という体感型VRMMOゲーム内、時刻は夜中の0時を回っていた。
只今ゲーム内最大ギルドの『空前絶後』のメンバーは新マップの最奥に出現するボス、特大首魁級の第六天魔王ノブナガを攻略中。
新規実装クエストを常に最速でクリアしてきた『空前絶後』だったが今回のネノクニマップには手を焼いていた。
『倭国神奏戦華』がリリースされてから最大級のアップデートだっため簡単には攻略出来るとは考えていなかったが、それでも予想以上にネノクニマップ攻略の最後の難関ノブナガ討伐には苦戦を強いられ、失敗を積み重ねてきたメンバー達。
今日も攻略開始からすでに一時間が経過しようとしていた。
◇◆◇
罠罠の檄が飛んだあと、千景は特大種特攻が付与されている10メートルを超える【大太刀】『鋼鉄橋』を握りしめ、ビルのように聳え立つノブナガの頭上まで舞い上がった。
千景は鋼鉄橋と変わらないサイズのノブナガの顔面めがけて、大太刀を振り下ろし【絶技】『残刀櫛挽』を放った。
千景が使用した残刀櫛引は、横から見ると振り下ろされた刃の軌跡が扇形の櫛のように見え、その全てに攻撃判定があるという絶技、ノブナガの顔面に終わらない刀閃の連撃が打ち込まれ、たまらず跪いた。
罠罠がそれを見て「ナイスタイミングだ千景!」と叫んだ後、飛翔櫓を前線に突っ込ませた。
怯んでいたノブナガが態勢を立て直しながら、両手を大きく広げ自分の周りに呪符をばら撒いた。
ノブナガによってばら撒かれた呪符から紫色の炎が噴き出すと同時にそこから颯爽と歪な仮面を付け、黄金色の着物を着た呪詛翁が飛び出してくる。
すぐさま呪詛翁は手で印を結び【呪術】『久遠眠歌』を|唱える。呪いの文字が刻み込まれた黒い煙が禍々しく部屋を覆いつくし、味方に押し寄せてきたところを紅鹿蔵が【幻影錬成術】『金城結界』で金色に輝く砦を築きあげ防いだ。
この呪詛翁が召喚されたということは、ノブナガの残りの体力が5%を切ったという合図であった。
ノブナガの行動パターンを全て覚え、作戦の立案から全体を見ながら討伐指示をこなしている罠罠は、今回の討伐はいつもとは違うという手応えを感じていた。
いつもの討伐の流れだとこの場面で、大半のギルドメンバーは効果量の高い回数制限のある術や技能を使い切った状態に陥っていて、この辺りから、ちらほらと脱落者が出ていた。
そのため後一押しでノブナガを倒せるというところで戦線を維持することができず、一気に崩壊していたが、今回の討伐は違う、余力を残したまま呪詛翁を迎え討つことが出来ていた。
ここまで数多の攻略を共にしてきたメンバー達はお互いの邪魔にならない距離で戦闘を行うことを把握していて、召喚されてきた呪詛翁を的確に一体、一体、担当メンバーが処理をしていく、その間にも本体を取り囲んでいるメンバーがノブナガ本体に、間断なくダメージを与える。
苦悶の表情を浮かべ、人間のものというよりも獣に近い咆哮をあげたノブナガが、最終段階の攻撃に移行した。
ノブナガの着ている着物が、ズズズズという大きな効果音と共に濃い紫色の着物に変化し、体を覆うように稲光が走り、呪詛の言葉が刻まれた巨大な黒い球が、ポツプツポツプツとノブナガの周りに浮き出てくる。
この最終段階にきて一つ一つが首魁級の強さを持つその巨大な黒い球の対応に、何度となく苦しめられて来た。そしてノブナガ本体は最後の禁忌詠唱に入った。
ノブナガが、禁忌詠唱を発動させると本丸内に存在する全プレイヤーは強制即死を食らう、最後の関門、数人が生き延びていたとしても無慈悲に討伐の幕は下ろされる。
千景はこれを発動させないために、大技である水遁系最高の【忍術】『爆水遁:絶海水域』を発動した。
高圧線の鉄塔のように聳え立つノブナガの巨体が、千景の最高位忍術から生み出される大量の海水に飲み込まれていく。
ノブナガの口にまで達した海水が、詠唱している口の動きを止め、詠唱の強制ストップがかかり「今だ! 一気に押し切れ!」誰ともなく言った声が響いた。
【将軍技】『狂剣:戌神爪爪』【忍術】『超爆遁:オロチ玉』
【陰陽術】『憑依口寄せ:月天カグヤ』
瀕死のノブナガに対して、ギルドメンバーが持っている高火力スキルが乱れ飛ぶ、そして最後に【絶技】『桜華一刀神滅』千景がそう叫ぶと桜の花びらのエフェクトが大量に舞い散る中、首を撫で切りにしてついにノブナガはその巨体を揺らしながら床へと倒れた。
ノブナガが倒れた衝撃によって本丸全体が軽く揺れ地響きがなった。その後、ボスモンスターを討伐した時に鳴るBGMが部屋のどこからともなく流れてくる。どうやら今回のBGMは新曲らしく今まで聞いたことがない音楽だった。
その後ノブナガの巨体は、大きな煙に巻かれて、その巨体に見合うだけの特殊な首魁級を倒した時に出現する素材情報やドロップ情報が詰まった『賢石』と呼ばれる中央に桃色の発光体がある青いガラス石が出現した。
その瞬間に、大きな歓声が沸き起こった。
次いで、ギルドメンバーが持ち込んでいた色とりどりの花火が次々と打ち上げられる。ギルド『空前絶後』が新規攻略を達成した時に行われる、恒例の大花火大会だ。
ラストアタックをした千景のイベントリには、大量のアイテムがなだれこんできた。中には今まで、目にしたことがない名称のアイテムもあった。ノブナガ討伐はゲーム内では今回が初討伐であり、千景が見たこともないアイテムということは、このゲーム内では現状今入手した分だけしか存在していないということを意味していた。
ギルドメンバー三十五人、全員にその情報は開示されているので、それを見た回復役であった消滅たんが「さすが新マップのボスうますぎるでしょー! うますぎるやろー!」と興奮気味に言った。
タンク役であった祟り神火車は、他のメンバーよりも若干へこみ気味で「ちょっと僕今日死に過ぎでしたね…」と周りのテンションとは明らかに違い、責任感が強い分へこんでいたが、それを、ギルドマスターである罠罠の兄弟の犬犬が「倒せればなんでもいいっしょー! デスぺナ戻すの付き合ったるしー!」と明るく声を掛けてフォローしていた。
ただそれに罠罠が「犬の動きがトリッキー過ぎて、火車さんの負担がでかくなってたんだよ、反省しなきゃいけないのはお前だ」といって頭をひっぱたいた。
千景はそんなギルドメンバー達の様子を横目に、分配のためにイベントリにある情報を確認しようとしたときにあることに気付いた。称号の欄のところに新規取得を示すアイコンが点滅していたのだ。
「あれなんか新しい称号増えてる『第六天魔王』っていうのが」
しかし他のプレイヤーにはその称号は貰えていなかったらしく「えー千景だけずるい、あたしは貰ってないよ」と呪術攻撃担当であった絵霧が千景が手に持っているプレイヤー操作キーを覗き込みながら言った。
「千景だけがその称号を取れたって言うことは、ラストアタック取るか、累積ダメージ最大を記録したプレイヤーか、一撃最大ダメージを出すか、こんなところかなあ千景の役割から推測できる称号取得条件」と罠罠も近寄ってきた。
「えーじゃあ回復役のあたしじゃ、一生無理じゃんその称号取るの」消滅たんが不貞腐れた。
「まっノブナガはソロクリア絶対無理だし、千景がその称号付けてるだけで『空前絶後』の株がまた更にあがって、他のギルドにどや顔出来るわ」
「絶対『Q衆』の修羅川羅刹は悔しがるな」
「マジうざいんだけどQのやつら、あたしが後衛職だからって狙い過ぎなんだよ、ストーカーかよ」絵霧が喚ている。
「ちょっとつけてみろよ千景」罠罠が千景に称号を付けるように促す。そして千景は促されるままに称号を付けてみた。
「第六天魔王千景ってかあ、かっこいいねー」
「これじゃあ千景が魔王みたいね」
「まあ実際そうだろ、このゲーム『倭国神奏戦華』最強の忍者なんだから」
「あれ、千景?」話している途中に千景が、談笑していた輪の中から忽然と姿を消した。【巫女術】『実存照鏡』と唱え透過系能力を無効化させる鏡を出しても辺りには隠れている存在は見当たらない。
「ど、どういうことだ、本丸は、帰還も出来ないし、ログアウトも受け付けないから、強制的に電源を落としたとしてもキャラは残るはずなのに……流石に千景がドロップ持ち逃げとか考えられないしなあ」
「まだネノクニは実装されたばかりの新マップだし、あの称号を付けるとバグるとかあるんじゃないの、前もあったじゃん、新しい島が実装された時、大人数で上陸しようとするとみんな強制ログアウトさせられるやつ、このゲーム容量でか過ぎてSE殺しだし」
「しかも今連休中で、深夜のGMコール不可時間帯だからなあ、どうしようもうねえ」
「そうだなあ、ギルド情報もパーティー情報にも千景がログアウトしてるアイコンになってるしバグかこりゃ、じゃまあ分配は後日で! 千景以外のドロップアイテムは俺が集めるわ、で帰ってきたらこの責任取ってもらう形で分配全部あいつにやってもらお」罠罠が言った。
そして「今日はもう1時超えてるから、俺寝ないとだから解散!」と言ってゾロゾロと『空前絶後』のメンバーは、本拠地の城に戻り各々ログアウトしていった。