75.ティレアの決意
1
会場が沸いた。
試合が決したこのタイミングだからだろう。
だが、私の耳にはその轟音はノイズでしかない。
さっさとこの場から離れるために、足を速く動かす。
数メートル離れたところで、突然私の頬を小刀が掠めた。
「……ッ!?」
慌てて振り返る。
そこには、片手を地面について満身創痍になりながらも、こちらを鋭く見つめるディエゴがいた。
……あぁ、これでこそ私が見初めた戦士だ。
「よくぞあの状況から、再び立ち上がったわ!!」
私の予想では、心臓潰しから立ち直ったところで精々叫ぶくらいが限度だと思っていた。
しかし結果はどうだ? 再び立ち上がり意識を保っているどころか、あまつさえ刃を私に向けているではないか!
あぁ、会場が沸いたのはあの絶体絶命の状況からなおも立ち上がる強さを持ったこの男に対してだったのか!
「面白くなっていたじゃない!」
ゴスロリ服の中をまさぐり、パニエの下から護符を取り出す。
「来なさい、吸血姫!!」
使い魔を転送する魔法を込めた護符を使用し、この場に私の使い魔を呼び出す。
周囲に緑の閃光が迸り、光が収まった場所には枕を抱いた少女が浮かんでいた。
「……ふぁ、お呼びなの、おねぇちゃん」
「ええ。ダイナ、あそこの男を吸血して頂戴な」
「ん……。らじゃ」
その背に付いた小さな二対の羽をパタパタと動かしながら、ディエゴに向かって飛んでいく。
ディエゴは、心臓潰しからは生還したものの満足に体が動かないというような状態らしい。
「おじさん、たおれて」
やがてダイナはディエゴの正面にたどり着くと、その額にそっと口づけした。
それだけでディエゴは糸の切れた操り人形のように倒れ伏す。
「……あっけなかった」
……確かにあっけなかったかもしれない。
そもそも、この試合に用意した手数では絶対にディエゴとやらは勝てていなかった。
しかし、そもそもあの状況で立ち上がることすら予想外だったのだ。
周囲の音はもう聞こえない。
この男の名前は私の中の辞書に残しておこうと、そう決意した。




