46.医務室のひと時
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俺はちょうど今ホテルの部屋に戻ったところで、時間的にはまだ一時間程度しか経過していないのでケーナちゃんはいないだろう。
ということで俺はこのホテルの中にある医務室として借りられている部屋へと向かうことにした。
理由は火傷の少女の様子を見に行きたいというもの。
俺は一○四と書かれた(正確には字幕が表示された)部屋の扉を引く。
「失礼しまーす……」
部屋の中を見回す。
するとまばらな人の中に一人だけ白衣を着た男性が立っているのを見つけた。
「新しい患者か。そこのソファーで座って休んでもらっていてもいいかい?」
その男性はデスクに向かって忙しなく筆を走らせており、一切こちらを向かずに背中越しで言葉をかけられた。
特に反抗せず大人しくそばにあったソファーに腰掛ける。
質感は俺が地球で利用していた一人がけのものとほとんど同じだ。中に入っている綿どころか、ソファーを覆っている布から骨組みまでほとんど一緒である。
何を利用して制作したのか個人的に小一時間質問責めにしたいな。
と、俺がソファーについて考えじっくりと観察していると、仕事を終えたのか男性が席を立ってこちらに向かうのが見えた。
俺は姿勢を正して待つ。
「いやいや、失礼。少しこちらも立て込んでいてね。学校の保険医を行いながら学者を兼業するというのはかなりのハードスケジュールだよ」
その男性は微笑みながら体をひねる。
その体からは、体の角度が変わるたびにボキボキボキ……、と音が鳴っていた。
「それで、君はどんな用事でここにやってきたのかな?」
「先日の行きに保護された少女がどんな様子か気になってきたんですけど……」
そう告げると男性は少し考える素振りを見せた。
「……失礼。君は彼女の親戚か何かかな?」
丁寧に、そして真剣な顔をして俺の目をじっと見つめてくる。
俺はそれに、必要はないはずなのに怯えてしまった。
「いや、違います、けど……」
「そうか……」
俺が返事すると男性は悲しそうに目を伏せて俺の隣に腰かけた。
「昔良くないことを経験したもんでね、血縁が保証できない人を軽率に患者と合わせることはできないんだ。君が少年だったとしても、ね。許してくれ」
男性は実に悲しい笑顔を浮かべながら俺にそう言った。
確かにそうだ。
簡単にあの少女と顔を合わせることができるかもしれないと思った俺が浅はかだった。
「わかりました。失礼しました」
「……ちょっと待って貰ってもいいかい?」
俺が会釈をしてその場から立ち去ろうとした時、男性に引き止められた。
「ちょっと論文が行き詰まっちゃってるんだ。少しだけ話し相手になってくれないかな?」
「……わかりました」
俺としては大して難しい問題でもなかったため、少しだけここに居座ることにした。
◇◆◇
「君は、転生者という人間を知っているかい?」
「ええ、まぁ」
俺自身がそうだしな。
「実は、僕もこの世界に呼び出された、いわゆる転生者ってやつなんだよ」
突然の発言に、俺は固まった。
「そうなんですか?」
「あぁ。初めは異世界だ! なんて喜んでたけど、大した魔法は使えなかったし異世界、あぁ、僕がいた世界ね。……その世界の知識なんてものの片鱗を見せたら何が起きるかわからなかった僕は、ひたすら引きこもっていくようになったんだ」
この男性はもしかしたら、俺と同じような境遇の人なのかもしれない。
この男性の歩いた道は、今後俺が歩くかもしれない道だろう。この話、聞くに越したことはない。
「しばらくして、僕の主人が感染病にかかった。元いた世界では治療方法が発見されていたから、なんとか似た作用のものを集めてきて治したんだが、遠くの都市ではすでに多くの死人が出ていてね。なんとかするために、僕は治療というものを技術から魔術というものに押し上げられないか考えたんだよ」
この男性の行動原理の根底には、主人を助けたいという気持ちがあったのか。それともただのお人好しなのか。どちらにせよ、人を助けるという目的でこの世界に変化をもたらせるだけの知識量と、それに見合うだけの努力をしてきたってことか。
ここまでの高みにいたれる自信がないな、俺には。
「そして、研究の成果は出た。治療は魔術となり、ウィルスの抗体も魔法で生成できるようになった。僕が医療系の魔法をたくさん使えるようになったのもこのおかげさ」
俺は、それだけの功績を残した人物を生で見たのは初めてだった。
それだけに、つい質問したいことを口走ってしまった。
「魔法って、作るのにどれだけ時間がかかったんですか?」
俺がそう聞くと、男性は笑いながら答えた。
「はは、その質問はよくされるよ。それこそ、人生を全て捧げる覚悟で研究したさ。失敗も世界中の人口の指の数を全部合わせたって足りないと思う。だけど、求めたものが完成した瞬間に、『僕は今過去の偉人たちが残した功績に匹敵するぐらいのことをやってのけたんだ』って思うと、それは僕の原動力になって、再び新しいものを研究できる力になった」
男性は一度話を止めてちらりと左手首を見た。
「申し訳ない、もっと君と話がしたいんだが、そろそろ会議の時間なんだ。もしまた僕に用事ができたら『紀田和希』って言えば同僚が僕を呼んでくれる。それじゃあ、また」
紀田と名乗った男性は、それだけを告げて慌ただしげに白衣の襟を正して出て行った。
時計を見れば、なんやかんやでケーナちゃんが帰ってくる時刻となっていた。
「戻るか」
俺はそのまま医務室を後にしてケーナちゃんの滞在している部屋へと向かった。




