38.闇夜に紛れて
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「いててて……」
激しい頭痛に襲われて目を覚ます。
体を起こすとそこはホテルの中にあるケーナちゃんの一室だった。
あの後酒を飲みまくり酔いつぶれた俺は、ふらふらしながら歩きどこかで倒れた気がするが、ケーナちゃんが連れてきてくれたのだろうか。
「少し風に当たろう……」
ガンガンする頭を押さえながら部屋を出て、俺はホテルの中庭まで移動することにした。
途中の井戸で水を汲む。
地下から汲んでいるためか、夏なのに冷蔵庫から出したばかりのように冷えている。
「……、ふぅ。キンキンに冷えてやがるよォ……」
それで一度気持ちを落ち着かせ、芝の上に横たわる。
昼間に当たる風と違い、深夜の夜風というものはなんとも涼しく、火照った体を覚ますにはちょうどいい。
暫くそのまま横になっていたが、このまま部屋に戻ってもそう簡単に眠気は戻ってこないと判断した俺は、街を歩いてみることにした。
「深夜の町並みというのは、趣があっていいかも知れないしな」
まぁ、深夜に一人で出歩いて無事に戻ってこれるのは日本とスイスくらいだが、こっちの世界には幸い魔法というものがある。
これを使えばある程度なら自己防衛できるだろう。うん。
ということで、少しだけ街を歩こうと門をくぐった。
中世の時代っぽいからガス灯のようなものくらいあるとは思ってたんだが、ガス灯はなかった。
その代わり、ガス灯のようなもののライトのところに光る石のようなものが入れられていた。
恐らく、その石が魔力的な意味を何か持って光っているのだろう。
すれ違う人はそこまで多くない。というか、ほとんどすれ違わない。
だからだろうか。
深夜だというのに、一人でベンチに座っている女性はひどく目だった。
危険だというのもあるし、気になったというのもあって俺はその女性に話しかけることにした。
「すいません、どうかされましたか?」
大丈夫。
三十だった時ならまだしも、今は少年の姿だ。
この姿で話しかけられても、女性は警戒心を抱くことはほぼないだろう。
「あぁ、すいません」
空を見上げて少しボーっとしていたその女性は、はっとしたように俺を見る。
そしてその顔を少し驚いたように歪ませた。
「あら、あなたは……」
「ああ!」
そこに座っていたのは先ほど会ったばかりの、書店の店主、つまりマリーだった。
「こんな時間に、どうされたんですか?」
俺は素直に気になったことを聞いてみた。
「……私が日本からやってきたというのはお教えしたと思います」
俺は同意の意味を込めて無言でうなずいた。
「私はこちらに来る前は関東の割と都会のほうに住んでいたのですが、そこでは深夜の時間帯に空を見上げても星が少ししか見えませんでした。当たり前ですよね。でも、こちらの世界では空を見上げると散りばめられた星々が輝いているんです。日本の山奥でも見れるとは思うんですけど、私は残念ながらキャンプなどの経験はなかったので、この世界に来てから見た満天の星空は私の心に深く印象付けられているんです。それからは、こうやってたまに外に出て星を見るようになりました」
俺が静かに聞いていると、マリーさんは一通り話し終わるまで自分のことを話してくれた。
「確かに、この星空は惹きつけられるものがありますね……」
地球でも見ようと思えば見ることはできるのだろうが、ここから見ている星空は確実に地球からでは見ることができない星空だ。
青や赤、金に白と色とりどりの星が宙に浮いている様はとても幻想的であり、しかし実在してもおかしくはない色なのがさらに俺の心をつかんで離さない。
「すいません、少しいいですか?」
星々に目を奪われていた俺は、不意にマリーさんに肩を叩かれて我に返る。
「はい? なんです────っ!?」
そして振り返った俺の唇を、マリーさんは唐突に奪った。




