SS1-18話:逃避
グランディール王国第二王女セリスは自室で一人書類の整理を行っていた。
書類は〝奴隷制度の廃止“に関する内容だった。
契約魔法に縛られたセリスはこの件に関与することはできなくなった。
だが、既に予定していた内容を兄のクリスに伝えることは契約魔法に何ら問題はなかった。
あるいは、書類を整理している段階で、メモ書きした内容を偶々クリスが見たというふうに装えば取り立て問題はなかった。
これから矢面に立つ兄の負担を減らそうと、次の書類をまとめようとしたときだった。
―――コンコン。
「? テラスの方かしら?」
窓を叩く音が聞こえたセリスは、テラスの方へと移動した。
すると、
「――何をしているんですか、ユウジ様! それに、サリナお姉さまも一緒に!」
窓の外でノックしている雄二と呆然とした様子で立ち尽くしているグランディール王国第一王女サリナの姿があった。
「いや、色々あってな。取りあえず、中入れてくれ」
「は、はい」
すぐさま雄二達を部屋の中へと招き入れるセリス。
サリナの深刻そうな様子が気になったが、セリスは何も言わず、すぐさまお茶の準備を始める。
その間、執事のトーマスを部屋に呼び出した。
トーマスは直ぐに部屋へとやって来た。
お茶を煮詰めている間に心を落ち着かせたセリスは、雄二達にお茶を出すと同時に話を切り出した。
「それで、一体なにがあったのですか?」
優しく語り掛けるその口調は十歳の子供とは思えない、正に王女としての姿があった。
凛とした王女モードのセリスの姿に戸惑いながら、雄二は今までの経緯を話した。
…………
……
…
「お父様の暗殺計画に、さらにはお姉さまがまさかアルバード伯爵の娘なんて……」
あまりの衝撃的な内容にセリスがショックを受けていた。
「一応、イザベラとアルバード伯爵の不倫関係の証拠写真もあるんだが……」
「? どうしたのですか?」
俺は迷った。
まだ十歳のセリスにこの写真を見せるのは早いのではなかろうか。
いくら王女とはいえ、やはりいけないと思う。
「これはトーマスに渡しておくことにする」
「―――!! なるほど。わかりました。確かにお預かりしました」
「? ? ?」
写真を見てトーマスはすぐさま俺の意図を察知し、すぐに懐へと隠した。
セリスも取りあえずは納得してくれた。
国の一大事ということもあり、セリスがごねる可能性もあったが、特に問題はなかったようだ。
ホッとしたのもつかの間。
「……出鱈目ですわ……お母様がお父様の暗殺なんてするはずがないですわ! それに、私がお父様の娘じゃないなんて、絶対に信じませんわ!」
サリナがバンとテーブルを叩き、俺とセリスを睨みつけた。
「だが、お前も聞いただろう。実際、その現場にいたわけだし―――」
「お、お母様には何か事情があるのですわ! きっとそうに違いありません!」
頑なに自分が見た現実を否定するサリナ。
そうしなければ、今までの自分の世界が粉々に壊れてしまうことを理解しているのだろう。
雄二とセリスは思わずサリナの今の状況に同情してしまう。
そんなサリナの様子を見つつ、セリスは冷静に話を続ける。
「―――実を言うとですね、アルバード伯爵が国王暗殺のクーデータを企んでいるという情報は、こちらで極秘裏に入手していました」
「―――! えっ、ウソよ!」
「いえ、このところアルバード伯爵の船の出入りが多くなっていることに気が付き、極秘裏に調査を進めていました。すると、伯爵の領地から多くの武器や戦闘に使用する『魔導兵器―――ゴーレム』が輸入されていました」
『魔導兵器』―――
殺傷を目的とした魔法兵器のことだ。
そして、ゴーレムとは術者の魔力によって動く自動人形のことだ。
複雑な命令はできないが、単純な命令―――例えば、あの物を壊せと命令すれば、素直に言うことを聞く。
「先日、アルバード伯爵の港倉庫を抜き打ち検査した結果、ゴーレムは発見できませんでしたが、ゴーレムを動かすための動力の魔石が大量に見つかりました。アルバード伯爵が国王暗殺を企んでいるのは間違いないと思われます」
きっぱりとした表情でセリスが話す。
というか、アルバード伯爵の企みを事前に察知しているセリスが凄すぎるんだが。
本当に俺といつも一緒にいるあのアホなセリスとは正直思えない。
「……でもお母様は―――」
何とか自分の母親の関与だけでも否定しようとするサリナだったが、
「……イザベラ様には明確な証拠はありません。しかし、私が過去見た心眼で確認した限り、あの方ならクーデータを企んでもおかしくはありません」
そうサリナに話すセリスであったが、セリスは心眼の能力を失っているわけではない。
都度、心眼を使ってイザベラがこの件に関与していることは既に確認済みだった。
だから、セリスははっきりとサリナの母親が暗殺計画に関与していると断定した。
そんなセリスを見て、サリナが怒りの声を上げた。
「なによ! 平民の癖に! お母様を侮辱するつもり!」
「お姉さま、私はただ事実を申し上げただけです。それに身分のことは、この話には全く関係ありません」
「―――キィイイ!!」
淡々と事実を話すセリスを見て、怒りのボルテージが収まらないサリナ。
そしてサリナは言ってはいけないことをセリスへ言った。
「なによ! この化物が! アンタみたいな化物がいたから、アリス様は死んだんだって! 当然よ。アンタみたいな化物なんて、この世から生まれてこなければ、アリス様も長生きできたでしょうにね」
「―――!!」
今まで顔色一つ変えなかったセリスの表情が苦痛に歪む。
徐々にだが目元に涙が溜まりつつあった。
「ば、化物のくせに、涙は流せる―――ハブッ!」
喚き散らしていたサリナが突如、壁際まで吹き飛んだ。
やったのは俺だ。
「黙れ! それ以上、セリスを罵るというのなら俺がお前を許さない」
「―――ユ、ユウジ様!」
俺は罵詈雑言を放つサリナの顔面に思いっきりビンタをかました。
これ以上は聞いてられなかった。
コイツがサリナに何をした!?
というか、化物ってなんだよ!
俺は床に蹲るサリナを睨みつけた。
サリナは金縛りにあったかのように突如、苦しみ始めた。
『威圧』―――
睨んだ相手の身体を麻痺させる俺の能力。
どうも俺の怒りの感情に比例して、その力は強くなるらしい。
今の俺は、サリナの呼吸を強制的に停止させるほど、怒りに満ちあふれていた。
「―――い、いけません! ユウジ様。どうか落ち着いてください」
セリスは慌てて俺に縋りつき、俺の『威圧』を抑えようとした。
「だが、アイツはお前を!」
「私は大丈夫ですから……ユウジ様が私のために怒って頂いた。それだけで十分でございます。ですので、どうかお怒りをお鎮目ください」
「―――クッ!」
何とかサリナを俺の視線に入れない様に明後日の方向へ視線を逸らす。
俺のこの『威圧』の能力―――実を言うと、コントロールができないのだ。
相手に敵意を向けた瞬間、発動してしまう何とも厄介な能力なのである。
視線を外したのが功を奏したのか、苦しんでいたサリナが落ち着きを取り戻した。
俺はサリナを視界に入れないようして話をする。
「なあ、セリス達がお前に何をやったんだよ……お前ら家族だろ! こんなの悲しすぎるだろ!」
「……ぜえ、ぜえ、よくも―――私をこんな目に! お母様に言いつけますからね!」
息絶え絶えのサリナが忌々し気に俺を睨み、部屋から出て行った。
取り残された俺、セリス、トーマス。
セリスとトーマスは俺になんと声をかけていいか分からないまま立ち尽くしていた。
「……わりい。またやっちまった」
「ユウジ様が謝る必要なんてありません」
「そうですな。反対に、さすが姫様を守る護衛騎士です」
セリスとトーマスが先ほど俺がやった軽率な行動について何も言及しない。
俺はどうしようもできなかった。
セリスを化物呼ばわりしたサリナを許すことはできない。
サリナの気持ちも、そしてセリス達のことを考えると、どうしても動くことができなかった。
自分の中途半端さが情けないと思った。
(俺はどっちの味方なんだよ!)
本来ならサリナを追いかけ捕まえるべきだった。
なのに、俺はサリナの気持ちを思うばかりに、彼女がこの場を立ち去ることをただ見つめていた。
どうしても、サリナの気持ちが分かってしまうから。
でも、だからと言ってセリス達を傷つけることは絶対許せない。
「……サリナがイザベラのもとへ行くってことは……セリス達が極秘裏に進めていた話も向こうに伝わったってことだろ?」
「そうですね……ですが、問題ありません。ねえ、トーマス?」
「兵の準備はあともう少し時間がかかりそうです。国王を含めた関係者の方々に、きちんと話を通すとなると―――出兵は四日後といったところでしょうか」
「少し遅いですが、仕方ありませんね。アルバード伯爵、イザベラ様、お姉さまの周辺には大至急監視人を増やし、常に動向を見張るように」
「はっ!」
テキパキとトーマスに指示をするセリス。
指示を受けたトーマスは急いで部屋を後にした。
そんな二人のやり取りを、俺は黙ったまま見つめていた。
(本当にすごい奴らだ……なのに、それに比べて俺は―――)
また、感情に振り回されてセリス達の行動を邪魔してしまった。
そんな自分が情けなくて、悔しくて仕方なかった。
「……ワリイ。やっぱり俺はお前らの傍にいるのに相応しくねえわ」
「えっ! ま、待ってください!」
前々からずっと思っていた。
誰よりも国民に愛されるクリスとセリス。
そんな二人に対して俺は何ができる。
―――何もできていないじゃないか!
挙句の果てには、二人の期待を裏切っている。
こんな自分がとても嫌だった。
「……じゃあな」
「―――ッ! ま、待ってください! ゆ、ユウジ様ぁアアア!」
セリスの制止を振り払い、俺はその場から逃げ去った。




