SS1-14話:港町にて
数日が過ぎた。
今までは二日に一度は来ていたセリス達だったが、あの日以降姿を見せなくなった。
きっと、奴隷制度撤廃に向けて、城内で再び頑張っているのだろう。
俺はグランディール王国の海岸地帯の港町に足を運んでいた。
自分の目で見てみたくなったのだ。
クリスの言っていることが本当なのかどうかを。
港町に到着した俺は周囲を見渡す。
港には巨大な木造船がいくつも浮かんでおり、実に壮観な光景だった。
ベルセリウス帝国との貿易港である“ヨルド公国”から送られてきた荷物が船から降ろされている。
奴隷服のようなボロボロの服を着た人達がいるのかと思っていたが、そんな人達はどこにもいなかった。
人間達は皆、協力し合って重たい荷物を運んでいる。
ツボから出ているロープで、荷物を縛って人間達が軽々と運んでいく。
クリスの気のせいではないかと一瞬頭の中をよぎったが、倉庫の方から悲鳴のような声が微かに聞こえた。
慌てて、俺は声が聞こえた倉庫へと向かった。
そして、その光景を前にして愕然とした。
「……いつの時代の奴隷制度だよ」
上品な衣服を着た人間達に鞭を打たれながら、ボロボロの服を着た人間や亜人達が船の荷物を運んでいる姿があった。
『おい! さっさと、荷物を向こうに運ばないか!』
『す、すみません!』
精一杯荷物を抱えている犬族の亜人に、人間がバシッと鞭を与えた。
『おい! そこさぼってんじゃねえ! 働けぇえええ!』
『ま、待って、ください。少し、休ませて』
『喋る口があるなら手を動かせ!』
『ヒィイ――!』
疲れ果てて床に座り込む猫族の老人に、鞭を叩きつける人間の男性。
至る所で奴隷達は、馬車馬のようにこき使われていた。
外で見かけた荷物運びのような魔導具はなく、重たい荷物を人力で運んでいる。
老若男女問わず働かされていた。
中には、クリス達と同じくらいの年齢の子供までもだ。
休む暇さえ与えられることなく、ひたすら荷物を運ばされていた。
「……さて、現場は確認できたわけだし、じゃあ証拠写真といきますか」
俺は革袋からある魔導具を取り出した。
魔導具はカメラのような形をしており、見た目通り写真が撮れる魔導具だ。
先日、商売で稼いだお金を使って手に入れた代物だ。
クリス達の話を聞いてから、俺はカメラのような魔導具がないか探し回った。
豊富な人脈を持つギャロップに頼ったところ、マジックアカデミー即ち魔法大学に通う教授様を紹介してもらった。
魔導具研究の第一人者でもある彼に、俺はカメラ開発を依頼した。
教授はとても興味深く話を聞いてくれて、すぐさま開発に取り掛かってくれた。
こうしてできたのが、この試作機だった。
……何故かシャッター音がブフフと小さく笑うのと、試作機の名前(撮れーるくん1号)が納得いかなかったが。
俺は周囲に気づかれない様に、パシャパシャと写真を撮っていく。
俺がクリス達にできること。
それは奴隷の現状を国民達の目に知らせることだと考えた。
悲惨な現状を見せることで国民達の意識が変わるのではないか。
そして、その風がクリス達の奴隷制度廃止の後押しに繋がるのではないかと考えたからだ。
写真を撮り続けていると、奴隷達のあまりの理不尽な境遇を見て思わず飛び出しそうになった。
だが、ここで俺が見つかれば面倒なことになる。
だから、必死に堪えながら俺は写真を撮り続けた。
『パリ―ン』。
遠くで何かが割れる音が聞こえた。
そっとその場所へ近づいてみると、
「お前達! なに大事な荷物を落としてんだ!」
「ハア、ハア、ご、ごめん、なさい」
「ご、ごめんなさい」
転んで地面に蹲る猫の亜人の少女と少年がいた。
少女はセリスよりやや幼く七歳ぐらいに見える。少年のほうは五歳児ぐらいだ。
そんな幼い二人に向かって、
「おい! 中の壺が割れてるじゃないか! どうしてくれるんだ! お前達よりよっぽど価値がある高価なモノなんだぞ!」
豪華な服装に身を包んだ着男性が声を荒げていた。
男性は四十ぐらいだろうか、デブ気味で、口元にビヨーンと横に広がる髭が印象的である。
この男性は先ほどから奴隷達を監視する人間達にも偉そうに指示をしていた。
言動と身なりから察するに、グランディール王国の貴族だと俺は推測した。
激昂し地面に蹲る二人を激しく罵倒する貴族の男性。
子供達は掠れた声で貴族の男性に必死に謝り続けている。
だが、二人の懇願は彼には届かない。
「始末しろ」
「「―――ッ!」」
貴族の男性は監視する人達に向かって無慈悲な命令を下した。
子供達は青ざめた表情を浮かべ必死に謝り続けるが、貴族の男性は全く相手にしていない。
それどころか、
「えーい、鬱陶しい! ならばこの場で処刑してやるわ! 【炎の神獣よ。燃え盛る火のマナをここに収束させよ―――火玉】!」
巨大な火玉を二人に向かって放った。
―――もう我慢できなかった!
「やめろやぁああ! オッサン!」
「―――なっ!」
子供達の前に飛び出した俺は、向かって来る巨大な火玉をぶん殴った。
火玉は爆発音とともに小さく砕かれ消滅した。
突然、出現した俺の存在と、火魔法をぶん殴って消滅させるという荒業に、場内がざわつき始めた。
「お、お前は、誰だ!?」
「うるせぇえ! もう、無理! つうか何で俺がこんな我慢しなくちゃならねえ。やってられるか!」
貴族の男が俺に何か話しかけているみたいだが、そんな小者今はどうでもいい。
俺は貴族の男を無視して、床でポカンと見上げる亜人の子供達のもとへ向かう。
「おい。大丈夫か?」
「えっ、あっ、は、はい」
「ああ、ありがとう」
話しかけると、二人は戸惑った様子で俺に礼を言う。
俺は二人にここから離れるよう伝えると、奴隷の男性がこちらに駆けつけ、すぐさま二人を抱えて、その場を離れていった。
「貴様! 一体なんだ、お前は! 者共出合え! 出合え!」
貴族の男性が武装した監視者をこの場へと集めた。
数は二十人ぐらいか。
……ちょうどいい。手間が省ける。というかその口調は完全に悪者のセリフだろう。
「かかってこいやぁああああ!」
今まで溜まっていたストレスを発散させるかのように、俺は集まってきた武装集団と貴族の男に戦いを挑んだ。
……………
……
…
結果。
『『『あ、あ、もう、や、止めて』』』
「あぁあん!? てめえらがコイツらにやらせてきたことだろうが! なら、お前らもその苦労を味わえや!」
『『『ヒィイイー!!』』』
奴隷に鞭を与え威圧していた監視者達は、奴隷達に代わって船の荷物を運んでいた。
その中には、貴族の男の姿もあった。
全員、俺がボコボコに殴りつけてやったため、顔が赤くパンパンに腫れている。
反対に、奴隷達はその光景をポカンと眺めていた。
一体何が起きたんだと、突然の状況についていけないようだ。
「これでちったあ、こいつらの苦労がわかったか!」
高台に登り、俺は監視者の人達に向かって檄を飛ばしていた。
ここからなら、倉庫全体が良く見えるため、倉庫内の人間を誰一人外へ逃がさずにすむからだ。
だが同時に今の状況をマズイと思っている。
(やっべえ! この後どうしよう!?)
やったことには、これっぽっちも後悔していない。
だが、その後のことを全く考えていなかった。
そんなことを考えていたら、
『グランディール王国軍だ! 今すぐこの扉を開けなさい!』
外からドンドンと扉を叩く音が聞こえてきた。
(……さらにメンドクサイことが……はあー)
俺は思わず空のない天井を見上げてしまった。