SS1-13話:プロローグ
『
やっほー! みんな、元気にしてる?
私が死んで、今も落ち込んでいませんか?
もし、そうなら……
しっかりしなさい!
私は、あなた達をそんなふうに育てた覚えがありませんよ!
ちょっと、貴方もしっかりしてくださいよ! 本当に。
……。
……。
なーんてね。
みんなにそんなことを言う資格、私にはないのにね。
ごめんなさい。
幼いあなた達を残して死んでしまって。
ごめんなさい。
あの子の暴走をきちんと止めることができなくて。
このメッセージを聞いているということは、
きっとそういうことになったのでしょう?
本当にごめんなさい。
……。
……。
みんなに伝えたい言葉は沢山あるんだけど、この魔法はまだ未完成だから、記録時間が短いの。
だから、手短になるけどちゃんと聞いてください。
まず幼いあなた達へ。
思いやりをもって相手に接してください。
これは簡単そうに聞こえますが、とても難しいことです。
誰だって、人には好みがあり得手不得手な人物はいます。
ときには、存外に扱われることもあるでしょう。
また、その思いやりが当たり前と思われて、見下されてしまうこともあるでしょう。
そんな身勝手な人達に、相手を思いやる気持ちを奪われていき、やがて人を思いやることがバカバカしいと思うこともあるでしょう。
だけど、それでも人を思いやる気持ちを忘れないでください。
なぜなら、人を思いやる気持ちを忘れたそのとき、人は自分の内側に閉じこもり、周りもそして自分すら見ようとできなくなるからです。
それはとても可哀想なことだと私は思います。
だから、思いやりを持って接するための秘策を一つ授けましょう。
ずばり、笑顔でいましょう!
……。
……。
あれ? あまりピンときていないかな。
でも、これが一番重要なことだと思います。
嫌なとき、苦しいとき。
無理やりにでも笑顔を浮かべると、嫌な気持ちが薄れていきます。
アハハ、しゃーねえなっ! このやろうぉお! って感じで!
だから、今泣いているあなた達も、笑顔でこの話を聞いてくれると嬉しいです。
次に、愛する私の旦那様へ。
これは言伝というよりお願いです。
どうかあの子を許してあげてくれませんか。
あの子は自分を見失ってしまった可哀想な子供なのです。
できうる限りの温情をどうかお願いします。
それと、ごめんなさい。
寂しがりな貴方を置いていってしまって。
一生、貴方の傍にいるって約束したのに。
約束を破って本当にごめんなさい。
最後に。
私からみんなに言いたいことは一つだけ。
「私の分まで、どうか幸せになってください!」
それだけが母として、そして妻としてあなた達に送る最後の言葉です。
アリス・グランディール
』
………
……
…
『ガッシャーン』
床に叩きつけられたグラスが大きな音を響かせたとともに粉々に砕け散った。
「忌々しい! 実に忌々しいわ。あの平民の娘が!」
「……サリナ。いつも言っているでしょう。貴方はもう少し落ち着きなさいと」
サリナと呼ばれた少女。
ロール状に巻いた金色の髪。豪華なドレスを着た少し大人びた少女はグランディール王国第一王女のサリナ・グランディール。
サリナを宥めているのは彼女の母親にして、グランディール王国国王の正妻でもある―――イザベラ・グランディール。
娘と同じロール状に巻いた金色の髪と瓜二つの顔は、まさに彼女からの遺伝ということは誰もが見てわかる。
サリナは先ほど行われた王族会議で、とある少女が発言した内容に不満を覚えていた。
「でも、お母さま! “奴隷制度の廃止”なんて我が国が始まって以来初めてのことですのよ! 一体、あの娘は何を考えているんだか!」
「そうね、大方この一手を切り口に、身分制度自体を変えようという意図があるかもしれないわね」
「そんな! そうなれば高貴な血筋を伝えてきたグランディール王国王族の一大事じゃありませんか!」
「……可能性よ。ただ、セリスは幼い癖に母親と同じで頭の回転がとても速いところがあるから、油断は禁物よ」
激昂するサリナの頭を撫でながら、イザベラが優しく諭す。
イザベラにとって、セリスは畏怖すべき存在だった。
生まれてすぐに、グランディール王国王族にとって、最も重要視されている“心眼”の能力を開花させた少女。今は能力を失ったと聞いているが、イザベラはセリスのことをとても警戒していた。
幸いなことに、セリスの母親はイザベラの元メイドであり平民の身分だったため、心眼を失ったセリスは王位継承権で見ると、貴族の身分である義姉のサリナが上になる。
イザベラはそのことに内心安堵していた。
「とにかく、セリスの提案は却下されたのだから、今のところは問題ないでしょう」
「そうですけど……お父様もお父様よ! セリスの企みに気づかず、一度検討しようなんて言っちゃってさ」
「仕方ないわ。あの子達―――セリスとクリスには国王様も甘くするしかないのよ。母親がいないのだからね」
「本当、お母さまが反対してなかったらどうなっていたのかしら!」
イザベラの胸の中でサリナが憤りの声を上げる。
サリナは知らなかった。イザベラの手によって、セリスの母親が事故と見せかけて殺されていたことを。そんなことも知らず、自分の言うことを素直に聞く我が子をイザベラはとても愛おしく思った。
(ああ、本当にバカな子。でも……だからこそとても可愛い私のお人形)
馬鹿な子ほど可愛い子はいない。
そういう意味では、イザベラにとってサリナはとても可愛らしい存在だった。
…………
……
…
「はあ~、駄目でした」
「おい」
俺の部屋のベッドでだらしない格好で横になるセリスに呼びかけた。
「やっぱり、イザベラ様―――貴族派の影響力が大きすぎるのは厄介です」
「おい」
ベッドで顔を隠しながらブツクサと小言を言っているセリスの頭を叩く。
「痛いです」と、返事は帰ってきたものの、顔を上げようとしない。
「こんなとき、落ち込んでいる私を励ましてくれる優しい殿方はいないのでしょうか」
「……」
チラチラと目線をこちらに向けてくるセリス。
……はっきり言ってうぜえ。
なので、
「おい。この騒がしい妹を早く連れて帰れ」
草臥れたまま椅子に座ってお茶を飲んでいる双子の兄貴に向けて話す。
今日のクリスはやけに静かだった。
「セリスも疲れているのだろう。お願いだからしばらく休ませてやってくれ」
真摯な顔で話をするクリスの態度に、「仕方ねえな」と答えた俺は風邪をひかないようセリスの上に布団を被せる。
「ありがとうございます。ユウジ様」
セリスはお礼を言った後、そのままスヤスヤと眠りについた。
……すげえ。開始一秒で眠ったぞ。どんな、の〇太君だ。コノヤロー。
「……セリスも私も頑張ったんだが、駄目だったんだ。“奴隷制度の廃止”」
「“奴隷制度”? そんなもんがこの国にはあるのか?」
二ヶ月以上、この国で過ごしてきたが、そんな制度があることを俺は初めて知った。
今まで出会った住人は人種関係なく仲良くやっているように見えたが。
「ああ。ユウジの見えないところでも奴隷制度によって苦しめられている人達は多い。例えば、港町のほうでは、今も強制労働で亜人達を馬車馬のように働かせているのが現状だ」
「……そうなのか」
平和そうに見えたグランディール王国の意外な一面を知り、俺は驚いた。
「正直な話、我が国には奴隷制度というのは必要ないのだ。元々奴隷の人数も少ないし、ある程度の労働は我が国の魔法や魔道具を使って解決できるからな。だが、他の国はそういうわけにはいかない。今も大量の奴隷の労働力を頼りに国力を維持しているところもあるのだ、農業大国アグリ王国がそうであるように」
「? 他国の状況とグランディール王国は関係ないだろう。なんで奴隷制度の有無を他国と合わせる必要があるんだ?」
「……王国連合代表国であるオーラル王国のせいだ。我々はあの国には決して逆らうことができないのだ」
苦々しい様子でクリスがオーラル王国とグランディール王国の関係について説明する。
「第一に、かの国は“魔大陸”を封印する役目を行っている。下手に機嫌を損なえば、かの国は結界を解除して魔物を我が国に呼び込むだろう」
「……そんなに、メンドクサイ国なのか?」
機嫌を損なったら世界を守護するのを止めるってどんだけ気分屋なんだよ。
だが、沈痛そうな面持ちで話すクリスの様子からしてそうなのだろう。
「ああ。奴らは自分達が世界を守護しているのだという自負があり、奴らから見れば我々は庇護してやっている対象でしかないのだ」
さらにクリスが話を続けた。
「第二に、これは我が国の魔法大国としての立場に大きく関係がある。ユウジはおかしいとは思わなかったか? 我が国の高度な魔法レベルについて」
「いや、俺が知っている国はこの国しか知らなかったからな。レベルと言われてもよくわからねえ」
「そうか。簡単に言うとだな、我が国が魔法大国でいられるのはオーラル王国のおかげなんだ」
「……どういうことだ?」
全く話についていけない俺は、クリスに素直に尋ねた。
「我が国は、天空に聳えるオーラル王国の巨大葉の上にあるのだ。他の王国も同じだ。そして、オーラル王国は自分達の好きなように各国の自然環境を操作できるのだ」
「――――まじか!」
正に神のごとき所業ではないか。
そんな力を持つ国に住んでいるのなら、増長する人がでてもおかしくないと思った。
「我が国は、魔法研究を第一に行うために、特別に大量のマナが供給されている。そのため、魔法特性の高い人間が生まれやすくなっているのだ。さらに、豊富なマナのおかげで未完成な魔法や魔導具も、国内であれば扱うことができるのだ」
何でも収納できる“アイテムボックス”や飛行魔導具の箒が、グランディール王国内でしか使われないわけもそのためだった。
「なんだよ。でも、それじゃあ―――」
「そうだ。我が国、そして他の国々にしてもそうだ。我々はオーラル王国にとって実験場というような立場なのだ」
クリスの説明を聞いて思わず出てきた、言いにくい単語をクリスが自虐的に笑いながら話した。
「このことは、王族以外には誰も知られてはおらん。だから、ユウジも決して他の人にしゃべってはいかんぞ」
「……わかった」
こんな話とてもじゃないが他の人に話したところで信じてもらえるとは思えない。
真剣な顔つきのクリスの目を見て、コクリと頷く。
「まあそんなわけでオーラル王国が強大な国というのは分かったと思うが、その国がだな、身分制度を作るよう四つの国に促したのだ。こうしてできたのが、王族、貴族、平民、そして奴隷なのだ」
「―――なるほどな。つまり、オーラル王国が作った身分制度だから、それを変えるってことはオーラル王国の機嫌を損なうかもしれないって考えているわけだな」
「その通りだ。もし我が国が奴隷制度を廃止したと言った場合に、オーラル王国を怒らせたときのリスクが恐ろしいのだ。だがな、オーラル王国と言ってもそこまで干渉はしないのだ。四国でまとまった意見なら、素直にその意見に応じることもあるのだ」
「だけど、今回の奴隷制度の場合はそうもいかないと?」
「そうだ。だからこそ、この件に関しては我々は慎重に行動をしていたのだ」
ある程度の話が分かって俺はふと気になったことをクリスに尋ねる。
「じゃあ、なんでセリスやお前がこの奴隷制度の廃止を提案したんだ?」
俺が訪ねた瞬間、クリスが怒りの声を上げる。
「私達を見縊るなよ、ユウジ! 奴隷という生まれた時から勝手に決められ蔑まされるような身分を私達が良しと思うわけがなかろう! 私達はこの国の国民皆を守る王族だぞ」
「……すまなかった」
誰よりも国をいや国民を大事に想うこのクリスの姿は、いつものように生意気で、おっちょこちょいな少年とは全く違う、王族の顔をしていた。
俺は内心クリス達を見縊っていたことを反省し、素直に謝った。
「いや、こちらこそすまなかった。突然声を荒げて」
クリスも素直に謝り、遠くのベッドで眠っているセリスへと視線を向けた。
「セリスは奴隷制度撤廃の矢面に出て、貴族派つまり反対派と議論したのだが、あと一歩のところで、イザベラによって全ては台無しになったのだ」
「……それで、あいつはあんなに落ち込んでいたのか」
セリスとクリスがこの部屋に来た時から、セリスの様子はおかしかった。
いつも以上に俺に甘えたような態度を取っていたのもそんな理由なのかと思った。
「このところあまり眠っていなかったんだ。だからここで暫く休ませてやってくれ」
「……わかった―――あと」
「って、おいっ!」
クリスを抱きかかえてセリスが眠っているベッドへと向かう。
「お前も眠っていけ。眠ってないんだろう、目の下黒いぞ」
「ウッ! その……ありがとう」
クリスをセリスの隣におろし布団をかけると、クリスもすぐさま眠りについた。
二人の寝息を聞きながら、この二人に俺は何をしてやれるのだろうと、ずっと一人で考えていた。




