SS1-8話:キャンプしてみた。
酒井 雄二視点のSSです。
時期は、ヨルド公国に行く前(SS1-4話以降)になります。
人は誰しも大自然に憧れ、畏敬の念を抱く。
それは人の中にある生物の本能がそうさせているのか。
あるいは、人が築き上げたストレスフルな文明から脱却するための逃避行動なのか。
いずれにしろ、人が野外でキャンプをする理由はシンプルだ。
そう―――
「そこにキャンプがあるからだ」
「……」
「話が全くわかりません。どうしたらいいでしょう」と困惑気味のグランディール王国王女セリスに、自室で俺がキャンプについてわかりやすく説明していた。
「―――えーっとですね、つまり、野外で寝泊まりするということには意味があるということですよね?」
「だから、そう言ってんだろうが。さっきから」
先ほどから、何度も俺がキャンプについて説明しているのだが、全くセリスが理解してくれない。
何故だ?
一人自然と会話し一つになるこの素晴らしさを異世界人は理解できないということなのだろうか。
これが俗にいうジェネレーションギャップというものだろうか。
突然、キャンプがしたくなった俺は準備をしていた。
すると、いつの間にか部屋に入っていた(どうやって入ったのはさっぱりわからんが)セリスが「何をしているのか」尋ねてきたので、俺は正直に答えてやった。
すると、このお姫様は生まれてこのかた一度もキャンプをしたことがないらしく、
「何故、わざわざ外で寝泊まりをするのですか?」
「緊急時の対応を想定してのことですか?」
「魔導具は使わないんですか?」
矢継ぎ早に色々質問してくるセリス。
キャンプを野外訓練と勘違いしているのか、キャンプという本質を全くといっていいほどわかっていなかったので、先ほどから何度も説明しているのだが、
「すみません。やはり、私にはやる意味がよく分かりません」
申し訳なさそうに謝られてしまった。
どうしようかと、俺が迷っていると、
「ですから、私もユウジ様のキャンプというのをやってみたいです」
セリスの一言で、急遽、お姫様のキャンプ参加が決定した。
明日いきなりというのは準備が難しいため、セリスの予定が空いている休日に日を改めることにした。
迎えたキャンプ当日。
「……お前もか……」
「何だ! その露骨に嫌そうな態度は! 泣くぞ!」
宿屋の自室でセリスを待っていたら、セリスと一緒にグランディール王国王子のクリスもやってきたので、思わず溜息をついてしまった。
別にクリスが嫌というわけではないのだが、単純にやかましい子犬が一匹から二匹に増えたのが面倒だと思ってしまったのだ。
「私に内緒でこんな面白そうなことを黙っているなんて、セリスもユウジもひどいぞ!」
「おい、セリス。お前、クリスには言ってなかったのか?」
「……おかしいですね。言ったような、言わなかったような……うん。大分前のことなので記憶にございません」
「お前は日本の政治家か」と思わず突っ込みそうになったが、どうにか堪えた。
そんなセリスは先ほどから少しがっかりしたような表情をしている。
「ハア~、せっかく、ユウジ様とのお泊りデートのチャンスだったのに……お兄様のバカ……」
小声で何やら不穏なことを言っているセリスを取りあえず無視することにした。
「爺さんも子守大変そうだな」
「いえいえ、久しぶりの野外訓練。しかも姫様達の護衛ともなれば気合いも入ります……それと子守というのは姫様達に失礼ですぞ。ユウジ様」
セリスの執事トーマスが嗜める。
爺さんの小言にうんざりしつつ、ふと気になることがあったので尋ねた。
「あれ? 爺さんもセリスもクリスも荷物はそれだけか?」
一日キャンプとはいえ、三人の手荷物は小さな革袋が三つあるだけで、それ以外の荷物は何もなかった(荷物は全てトーマスが持っている)。
「はい。セリス様、クリス様、そして私の分でございます」
「少なくねえか? それで一日過ごせるのか?」
「大丈夫でございます。それよりもユウジ様のほうが荷物、随分多いのではないですか?」
大きなリュックサックを背負い、両手には二つの革袋を持参している。
これでもかなり荷物を減らしたほうなのだが。
「これくらいいるだろう!? 寝袋、テント、クイやロープ、折りたたみチェアにテーブル……持って行きたい物は山程あるぜ」
「そうですか……」
今一つ納得していないトーマスは不思議そうに首を傾げる。
……クックック、キャンプを舐めているな、爺さん。後で道具が足りないと泣きついても俺は絶対に貨さないからな。
「まあ、準備ができたんなら行くぞ!」
「「はーい」」
「かしこまりました」
俺達は今日泊まるキャンプ場へと向かった。
…………
……
…
「さて、ここなんだが―――どうだ?」
「「うわぁああー」」
「ほう。かなりの絶景ですな」
向かった先はグランディール王国の南西部にある小高い丘の上だ。
丘の先にはどこまでも青く澄み渡る青空が広がっていて、気持ちよさそうに鳥達が飛んでいる姿が見える。
下を見ると切り立った崖が横に広がっており、まるでグランドキャニオンを思わせるような景色が広がっている。
「良い場所だろう。魔物を探してあちこち歩いていたら、この場所を見つけたんだ」
絶景を前に興奮しているセリス達に、俺がややドヤ顔してこの場所の素晴らしさを説明する。
「特に、この周りの無骨な峡谷が、こう大自然って感じだよな。人間の手が加わってない本物の自然って感じがしてよ。本当はこの下にも降りてみたかったんだが、なんか変な壁に邪魔されて先に行けねえんだよな」
「それは危険です!」
突如、セリスが待ったをかける。
何故止められたのか分からない俺にクリスが説明する。
「ユウジは知らんのか。この下にあるのは〝魔大陸“と呼ばれる魔物達の巣窟だぞ」
「……ゲームとかで出てきそうな単語だな。如何にも危険そうな場所みたいだな」
「ゲームというのは分からんが、まあ危険ではあるな。間違いなく」
「我々が暮らす上層の大陸がザナレア大陸、その下層にある大陸を〝魔大陸”と我々は呼んでいます」
クリスの後に続き、トーマスが〝魔大陸“について説明してくれた。
「“魔大陸”はザナレア大陸南部の真下に広がっており、その中には無数の危険な魔物が生息しています。通常、〝ザナレア大陸“で見られる最も高い脅威度を持つ魔物はCランク相当ですが、〝魔大陸”は教会でも判定できないほどのSランクの魔物も多く存在していると聞いております」
「嘘だろう! そんな危険な場所が俺達の真下にあんのかよ!」
「嘘ではございません。そして、そんな危険な魔大陸を封印しているのが〝オーラル王国“なのです」
「オーラル王国が齎す結界によって、〝魔大陸“と〝ザナレア大陸”で行き来が遮断されています。そのおかげで、私達はこうして平和に生活することができるのです」
「……すげえんだな、オーラル王国ってのは」
セリス達の説明を受けて、改めてここは異世界なんだと実感した。
結界で封じるなんて発想、ファンタジー以外の何物でもない気がする。
「あれ? オーラル王国ってのが結界張って制限しているのなら、なんでザナレア大陸に魔物が現れるんだ? 遮断されているんだろ?」
「……魔物の生態については完全に解明されていないのですが……」
俺の疑問にセリスが答える。
どうやら、人間界にいる魔物は二種類の起源があるらしい。
一つ目は、魔大陸で生まれた魔物がザナレア大陸へと侵入した場合。
オーラル王国の結界も完璧ではなく、Cランク相当以下の魔物の侵入を防ぐことはできないそうだ。
二つ目は、ザナレア大陸で魔物が生まれた場合だ。魔大陸で生まれた魔物と比べると力は弱いが、極稀に強力な魔物が生まれることがあるという。その場合が、
「―――人間同士の戦争中、あるいは終わった後です。まるで、戦争で亡くなった人達の悲しみや憎しみを食らって生まれて来たのではないかと思うほど、凶暴で凶悪な魔物が出現すると聞いています」
痛々しそうな表情を浮かべセリスが話す。
どうやら十年前に起きた〝南北戦争“のさい、グランディール王国も凶悪な魔物によって多くの民が亡くなったことがあったらしい。そのことにセリスは心を痛めているのだ。
「なるほどな。とりあえず、魔大陸のことについてはわかった。ようはあの向こうに行かなきゃいいだけだろう」
沈んだ空気を払うように、みんなに呼びかける。
「その通りだ、ユウジ。くれぐれも、あの丘をの下を下りてはいかんぞ!」
「……なんだ、クリス。それはフリなのか。行けというフリなのか」
「そんなことは一言も言っておらんだろうが!」
クリスのツッコミが周りに響き、セリスやトーマスも笑い出す。
「よし! それじゃあ、ここでキャンプをするぞ!」
「「おおー!」」
「かしこまりました」
俺達のキャンプが始まった。
…………
……
…
キャンプで必要なのは、安全で快適に生活することができる住居を確保することだ。
そのために用意したのが、水豚の革でできた大きめのシートだ。
食用としても重宝されている水豚だが、その革は防水性に優れていることでも有名だ。
見た目も美しくい水豚の革は高級品としても知られている。
俺はそんな革を今日のキャンプのために大枚叩いて用意したのだ。
……その代わり、しばらくの外食を控えて自炊しなければならない。金がねええ。
そんな高級シートを地面に敷き、飛ばされないよう四隅を杭で固定した。
その上に、別のシートを重ねて屋根代わりにする。
後は横を安い布で覆えばテントの完成だ。
「よし、できた」
完成したテントの出来栄えに満足する。
テントの周りには、持ってきた小さなテーブルにチェア。
さらに、焚火ができるよう火元を用意した。
この上で焼く取れたてのお肉は上手いに違いない。
そう思うとテンションが上がって仕方ない。
「さて、あいつらの様子はどうかな」
革袋三つという少ない荷物で来たアイツらには申し訳ないが、キャンプの洗礼というものを味わってもらおう。
……さっきから後ろの方で何しているのかは知らんが、そろそろ泣きついてくるはずだ。
そう思い後ろを振り返ると
「はぁあああ!?」
立派な家が建っていた。
突然の事態に思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
そりゃそうだ。
何もなかった場所にいきなり二階建てのログハウスのような建造物が出現したら誰もが驚くわ。
どういうことだと考えていたら、家の中から普通にセリスが出て来た。
「あっ、ユウジ様も準備が……どうしたのですか、ユウジ様?」
「……おい。この家はどうした?」
「??? どうしたと言われても、トーマスに持ってくるようお願いして、取り出したものですが……」
そう言ってセリスは革袋から、綺麗な椅子を取り出し、家のテラスへと置いた。
俺はただその光景を唖然とした様子で見ているだけだった。
「もしかして、ユウジ様は〝アイテムボックス“をご存知ないのですか?」
「……なんだ、そのゲームとかであるような何でも収納できそうな便利グッズのネーミングは……」
「? ゲームというのはよくわかりませんが、グランディール王国では国民一人一人にこの魔導具が与えられています。とても便利なんですよ。グランディール王国内限定ですが、この革袋に物を入れることで異空間へ物を収納できるんです」
「……はよ言え」
重たい物を背負ってキャンプ場まで歩いた俺の苦労は何だったんだのか、と思い溜息をつく。
「すみません! てっきり知っているものだと……それに、そういう苦労を行うのもユウジ様のおっしゃるキャンプの醍醐味なのかと思い黙っていました」
「―――! ま、まあな。その通りだ。いいか、〝アイテムボックス“なんて、何とも羨ま―――違う、邪道に頼るなんて真のキャンパーはしないのだ」
「さすが、ユウジ様です! キャンパーというのはよくわかりませんが、カッコいいです!」
セリスが俺を尊敬するような眼差しで見てくるので、俺も思わず調子に乗ってしまった。
……真のキャンパーってなんだよ。俺が知りてえよ。
ちなみに、家は革袋に入るくらいに魔法で小さくしてから入れたそうだ。
つくづく俺の常識が破壊されていく気がする。
その後も、俺が持っていたキャンプの常識は悉く破壊されていった。
「いいか、焚火ってのはこう石をぶつけてだな―――」
「【炎の神獣よ。燃え盛る火のマナをここに収束させよ―――火玉】!」
「クリスお兄様、ありがとうございます」
「セリス様、クリス様。冷えたお飲み物は如何ですか?」
「ありがとうございます」
「うむ、ご苦労だ」
「……(火がついていない焚火の前で、水筒に入ったぬるい水を片手に持つ俺)」
他にも―――
「しまった! コショウ持ってくるのを忘れ―――」
「どうぞ。ユウジ様。コショウです」
「……あ、ありがとう、爺さん」
「いいえ。どういたしまして。それより、お肉ばかりで野菜があまりないご様子。お野菜もいくつかお渡ししますね」
そう言って、俺が焼いている網の上に野菜を置く爺さん。
「……ありがとうございます」
さらに―――
『『ウォオオーン』』
「なんだ! 魔物の襲撃か(シートにくるまれたテントで戦闘準備に備える俺)」
一方、
「……(セリス達が宿泊している家は外の魔物など全く気にした様子が無い)」
後で聞いたところ、セリス達が宿泊していた家は魔物避けの貴重な魔法がかけられていて、雑魚の魔物は寄ってこないそうだ。
以上のことから。
結論。
(ふっざけんな! なんだよ、その魔法っていう便利な能力。俺にも教えろぉおおお)
この世界で、真のキャンパーの道を俺は諦めることにした。




