第57.5話:悲しい嘘(ミーア&飛鳥視点)
わたしはミーア。
昨日はとても楽しかったです。
生まれてきた中で一番楽しい思い出になりました。
ママとアスカママとミユママとパパに、うるさいトッティと一緒に感謝祭を回ることができたからです。
あとは、カイお兄ちゃんやティナちゃん、メルディウスさん、ガイネルさんも一緒だったら最高だったけど、我儘いっちゃいけません。
こうして無事に、みんなと一緒にいることができるのも、志達のおかげなのだから。
ママがわたしのことを大事に思っていたことをカイお兄ちゃんやメルディウスさんの話、ママの手紙を読んで理解したつもりだったけど、いざママに会おうとすると、ママに言われたことを思い出して足を止めてばかりいました。
そんなわたしを救ってくれたのは、やっぱりアスカママでした。
アスカママは本当にわたしのヒーローだった。
アスカママより屈強な騎士達を前に一歩も怯まずわたしを救い出そうとしたり。
海竜の同調で、苦しんでいたわたしを身を挺して救い出したり。
ママに怯えるわたしの背中をそっと優しく押して、話せる機会を作ってくれた。
わたしもこんなふうに誰かを守れる強くて優しいアスカママのような人になりたいと、心からそう思った。
そんなふうに思っていたのに……
「―――だから、二度とママなんて呼ばないで」
「―――えっ!?」
目の前のアスカママが何を言っているのか、わたしには理解できなかった。
「……だから言ってんでしょう。アンタはもう私達の子供でも何でもないの……だから、二度とママなんて呼ばないで」
わたしの中でガラガラと何かが崩れ落ちる音がしました。
(なんで―――)
アスカママの言っていることが分からなかったので、わたしは周りに意見を求めます。
アスカママの隣にいる志とミユママは何も言わず、じっと目をつぶっています。
横の壁にいるガイネルさん、メルディウスさんは厳しい顔つきでわたし達を見ています。
いつもおちゃらけているトッティもこの場では何も言わずただ黙って見守っています。
……こんなときこそおちゃらけて欲しいのに。どうして!?
「ミ、ミーア……」
わたしの後ろには、ママがぎゅっと自分ドレスの裾を握りしめたまま、悲しそうな顔でわたし達を見つめていました。
「な、なんでそんなこと言う―――」
「そんなの決まってるんじゃない! アンタが……アンタのことが嫌いになったからに決まっているでしょう!」
「―――!!」
一番言ってほしくない人に、一番言われたくない言葉を言われました。
息が苦しい、何もわからない。頭の中が真っ白になる。
(ウソです! お願い。夢なら覚めて!!)
悪夢はさらにわたしを苦しめます。
「大体、私はまだ十七なのよ。子供を持つには若いってもんよ。アンタみたいな……アンタみたいなコブツキがいたら、私の魅力が下がるってもんなのよ!」
目の前にいる人は誰ですか? このアスカママに似ているこの人は誰なんですか?
「大体、アンタを子供にしたのだって、別にアンタを助けたかったわけじゃないわ。ただ、哀れな女の子を救うことで私の自尊心を満たすためだったの。志や美優には私が我儘言って、無理につきあわせたの」
「―――あ、飛鳥……」
「―――クッ、あす、飛鳥さん……」
アスカママの偽物の言葉に一瞬、志とミユママが何か言いかけようとしたけど、偽物に睨まれて何も言おうとしてくれません。
「そしたら、今回の騒動が起きたわけでしょう。本当最悪だったわ。私もさすがに反省した訳。だから……アンタは要らない! どこにでも行けばいいわ!」
本物のアスカママはどこにいるのだろう? 早くこの偽物をやっつけてほしい。
わたしの知ってるアスカママなら、絶対わたしにこんな言葉を言ったりなんかしない。
「今回の騒動で、私と志と美優の三人は表向き、死んだことになったの。だけど、アンタは一応私達の子供のままってことになってるから、処刑されることはないわ」
「―――話を……アスカ―――」
「いい!? アンタは……これから、帝国騎士団の監視下のもと、あそこにいる貴方の本当の母親と暮らすの! わかった!?」
わたしの言葉を遮り、偽物が話を続ける。
何故だろう、偽物なのに目元から零れているあの雫は何だろう。
わからない。わからないです。
「……それと、私達は明日この国を出立するわ。だから、当然アンタはここに残るのよ!」
「―――えっ……嘘でしょう。パパ! ミユママ!」
この偽物の人に何か言ってください!
お願い。わたしを置いて行かないで!
「……ごめん。ミーア」
「――グスッ、グスッ―――ごめんね。ごめんね。ミーアちゃん」
ああ、やっぱりこれは悪夢なんだ。
そうだ。目をつぶれば、またあの優しい日々に――――
「ミーア!」
薄れゆく意識の中、倒れそうになったわたしを偽物が必死な顔をして抱きしめていた。
その顔はとても悲しく痛々しく、まるで自分の心が刃でズタズタに引き裂かれているのを無理に堪えているそんな表情に見えました。
―――飛鳥SIDE―――
「ミーア!」
目の前で気を失いそのまま床へと崩れ落ちようとしたミーアを抱きしめた。
あんなに明るく笑うこの子の顔が、青白く涙でぐちゃぐちゃになっている。
これを私がやったのかと思うと、自分を思いっきり殴りたい。
……本当、最低な親だったな。私は。
「……なあ、飛鳥? これしかなかったのか!? こんな悲しい方法しかなかったのか!」
涙を浮かべながら、志が私に怒鳴りつける。
ミーアを除く、この場にいる人達には事前に話を伝えていた。
――ミーアをルアーナさんのもとへ返します。だから、何も言わず、その場にいてください――
昨夜の話し合いは大いにもめた。
特に、志と美優の怒りは相当なものだった。
『なに、ふざけたこと言ってんだ! ミーアは僕達の娘だろう!』
『そうですよ! それに、なんでミーアちゃんを突き放す役目が飛鳥さんなんですか! 私何度も言ってますよね。もっと自分を大切にしてって!』
二人の言葉が胸に響く。
ガイネルさんからも、
『嬢ちゃんは本当に変わらんのう……何でも器用にこなせるくせに……何故、人間関係、しかも大切な人達の前だとそう不器用になってしまうのじゃ』
悲しそうに、労わるように、言われてしまった。
トッティとメルディウスさんも考え直したほうがいいと何度も助言を受けた。
挙句の果てには、ルアーナさんからも怒られた。
『あの子はもう間違いなく貴方の娘なんです! わたしのことは気にしないでください。わたしはあの子が元気に幸せになってくれればいいだけなんです! それには貴方の存在が必要不可欠なのです! だから、お願いします。考え直してください!』
そんな人達を前に、私は以前、ヨルド公国の道中でガイネルさんに話した私の過去を語った。
さらに、ガイネルさんに話していなかった私の思い人との話も併せて伝えた。
それには理由があった。
氷の中にいたとき、私は当時のことを少し思い出したのだ。
…………
……
…
親の会社が突然倒産した後のこと。
両親が毎日のように誰かと電話越しで会話をしていたことを思い出した。
『ふざけるな! その話は断った―――なに、お前の言うことなんか誰が聞くもんか!』
あの話は、私の話だったのだ。
外国の有名な大富豪のお爺さんが私を嫁にしたいという話。
そのお爺さんは好色で有名で、他にも多くのお嫁さんを抱え込んでいた。
そのことを聞いていた両親は娘の幸せを第一に考え断ったのだ。
直後、富豪のお爺さんの手により私達の両親の会社は倒産させられたのだ。
借金苦になった私達に、お爺さんは私を妻として迎えれば、援助すると両親に言っていたのだ。
両親は私を守るため、その提案を断り必死に他の金策を探した。
しかし、結局見つからず、両親は私と一緒に無理心中を図ったのだった。
マンションから落ち、瀕死の私達に勇也さんが回復魔法をかけてくれた。
何故か、その時の彼の顔は不思議と志に似ていた気がする。
そのあたりの記憶はまだハッキリしていない。
だけど、
「……このまま死なせてください」
「駄目だ!」
「……このまま生きながらえても、飛鳥がまた奴に……」
「俺が何とかする!」
「……ほ、本当ですか……」
「ああ。約束する! だから死のうとするな! 生きようと願ってくれ! でないと、効果が効かないんだ!」
「……ああ、安心した……これで」
「……飛鳥ちゃん。ごめんね。こんなことでしか貴方を守れないバカな私達で……でも―――」
これが氷の中で思い出した記憶だった。
この記憶を思い出したとき、私は自分が都合の良いように世界を見ていたことに気づかされた。
両親の気持ちを知らず、ただ最低な親だと思っていた。
だけど、真実は違った。
私が真実を見ようとしなかったからだ。
今も向こうの世界の病院で眠っている両親に、ごめんなさいと心の底から謝罪したい気持ちで一杯だった。
今後、私、志、美優はこの先、危険な場所に行くことが多くなるだろう。
少なくともヨルド公国にずっといることは出来ない。
では、ミーアも一緒に魔物がいる危険な旅に連れて行くのか?
実の母親であるルアーナさんとミーアを切り離していいのか?
あんなにミーアのことを思い必死に行動していたルアーナさん。
その姿が遠い地にいる両親と重なった。
私はもう会うことが難しいけど、ミーアは今こうして会えるのだから。
悪質な精神操作によって生まれた二人の悲しい誤解も解消された。
私と違って、二人はまだ取返しがきくのだから。
私は悩みに悩んだ。
そして、感謝祭で二人の姿を見て私はようやく決心したのだ。
…………
……
…
「……ごめんね。こんなことでしか貴方を守れない、バカな母親の最後のワガママ。それでも―――」
ああ、今なら少しだけわかるよ。母さん。
あの時、マンションから落下した後、母さんが私に何を言おうとしていたのか。
ルアーナさんが、何故自らを犠牲にしてまで私を救いだそうとしたのかが。
全ては我が子の幸せを願う〝愛“があったからだ。
……やっぱり、本当のママは凄いや。新米の偽物のママじゃあ勝ち目無いわね。
「―――貴方には幸せになってほしいのよ」
とめどなく溢れる涙を堪えきれないまま、私はミーアの頭を優しくなでる。
慈しむように、壊れないように、愛おしく、大事に、大切に。




