第7話:異世界での新たな職業
僕達がトパズ村に到着してから一週間が過ぎた。
勇者として転移した飛鳥、美優、僕ら三人は、
「三番テーブル、麦酒二つ、本日のおすすめ二つ追加!」
『わかった。アスカちゃん、これお願い!』
「了解~」
「えーっと、お会計は240Rgになります……ありがとうございました~」
『おい、皿洗い! 食器溜まってるぞ。早くしろ!』
「了解っす!」
宿屋で〝ウェイトレス“と〝皿洗い” をしていた。
…………
……
…
「取りあえず、このままじゃまずいのよ!」
五日前、突然、飛鳥が僕達に切り出してきた。
「えーっと、どういうことですか?」
あまりに漠然としているので、美優は飛鳥に話を促す。
「この部屋で暮らして既に二日が過ぎたのよ。当然、お金が無くなってきているわ。このままじゃ、近いうちにこの部屋を追い出されるわ。それがまずいのよ」
「まあ、そうだよね……とは言っても、『ギルド』のような場所なんてないから、僕達の神具を使ってお金を稼ぐっていうのは難しいよ」
「せめてハローワークみたいな仕事を斡旋してくる場所があればよかったのですが……」
思わずため息をつく僕と美優に、
「ないものを考えても仕方ないわ。で、私考えたんだけど、取りあえず、宿屋のお手伝いしない?」
飛鳥はしばらくこの宿屋で働くことを提案した。
聞くところによると、宿屋は村の飲食店も兼務しており、現在、人手が足りていないそうだ。
そのことを女将さん(僕達は、宿屋の奥さんのことをそう呼ぶことにした)から聞いた飛鳥は、これ幸いと思い色々条件を聞いたそうだ。
「一応、私と美優は接客。志は厨房で手伝ってほしいって話なんだけど……美優は大丈夫?」
飛鳥は不安げに美優に尋ねる。
飛鳥が美優を心配する理由はわかる。
なぜなら、美優は極度の男性恐怖症なのだ。大人限定の。
高校に入学して三か月後、美優は、男性の担任教師から重度なセクハラ被害を受けていた。事件は勇也や飛鳥達のおかげで、無事解決したが、美優が受けた心の傷は大きかった。
二十~五十代の大人の男性に対して、肌が接触しそうになると、美優の身体は勝手に震え出すのだ。
「大丈夫です。以前に比べ、少しずつですが良くなっているので」
心配をかけまいと美優は朗に笑う。
そんな美優の覚悟を悟り、飛鳥もコクリと頷く。
「じゃあ、私と美優は接客、志は厨房で働くってことで、決定ね」
さらに飛鳥は話を続ける。
「まあ、昼食と夕食の忙しい時間帯だけ手伝えばいいみたいだから。そうすれば、賄いつきで、この部屋をしばらく使ってもいいって。売り上げが多かった日には、ボーナスでお給金も出るって」
「おおー、それは助かる!」
「流石です! 飛鳥さん」
何とか仕事を確保してくれた飛鳥のおかげで、住居と食事はどうにかなりそうだった。
「それじゃあ、決定ね。女将さんにも話してくるわ」
そう言って、機嫌よく飛鳥は部屋を出て行った。
…………
……
…
というわけで、現在、僕達は宿屋で懸命に働いているのだ。
アルバイト経験のない美優が少し心配だったが、接客経験のある飛鳥が上手くフォローしているようだ。ふと、飛鳥がアルバイトしていた映像が頭の中をよぎる。
……あれ? あの人、自分の欲しいフィギュアのために、掛け持ちでアルバイトしてたって、何で僕はそんなことを知ってるのだろう。飛鳥のウェイトレス姿を見たことがないのに。
不思議な感覚だった。
すると、
「おい! ココロ。手が止まってんぞ! キリキリ働け!」
「イエッサー!!」
大将(宿屋の主人)に言われ、止まっていた手を動かす。
「いいか! 料理人を目指すなら、まずは厨房の全体の流れを良く見極めることだ。食器が溜まっていないか、調理が遅れていないか、段取りを常に考えろ!」
「イエッサー!!」
……あれっ? 僕いつの間に料理人を目指すことになったんだっけ。
「あんな可愛い嬢ちゃん達を不幸にしやがったら、許さんからな!」
「えっ、あれっ? そういうこと!?」
「返事は!!」
「イ、イエッサー!!」
どうやら大将の頭の中では、甲斐性のない僕のせいで、気立ての良い恋人二人が苦労しているというふうに、とらえたみたいだ。
ちなみに、この国で複数の人と結婚することは珍しくない。お互い当事者達が話し合って納得しているのであれば問題ないとのことだ。
(とにかく、今は目の前のことに集中しなくちゃ!)
無駄なことを考えるのは止め、僕は目の前のことに集中した。
………
……
…
そんな店で働く志達の姿を、食事をとりながら観察している老人と女性がいた。
白髪の老人は青色の綿シャツに白色の長ズボンを着ており、腰元に剣を携帯している。年齢は五十代ぐらいだろうか、パンパンになったシャツから筋骨隆々の肉体が見える。
老人の隣にいる長身細身の端麗な女性も腰元に剣を携帯しており、周りの村人が着用している赤のシャツと白のズボンを着ている。年齢は二十代ぐらいだろうか、一本、三つ編みみたいに束ねた金髪と透き通る青色の瞳が印象的である。
「なあ、メルよ。ワシらどうする?」
「どうと言われても、何とも……ガイネル様。皇帝陛下から何か指示はありましたか?」
「いや、特にないが……『あの勇者ども! 何をやっておるのだ。ここ十日間何もマナが供給されておらんのだが!!』と、とても憤慨してはおったが」
「それはマズイですよ! 早く何とかしなければ」
気楽そうに話す老人―ガイネルに、慌てる女性―メルディウス。
実を言うと、彼らはこの十日間、志達の行動を遠くから監視していたのだ。
皇帝陛下からの勅命を受けて、帝国騎士団であるガイネル、メルディウスはすぐさま森の中にいる勇者達を発見した。
勅命では、遠くから監視するだけで積極的な介入をしてはならぬとの指示があり、気づかれないよう尾行していた。だが、あまりにもお粗末な彼らの行動を見て、時折、道を誘導し手助けをしていた。
森の中では不思議なことに、勇者達の周りには〝魔物“が集まってこなかった。その理由を男の子が持つ神具―大剣の炎によるものだとガイネルは推測していた。あの大剣がなければ、勇者達は無事、あの『魔の森』を脱出することはできなかった、メルディウスはそう思っていた。
『魔の森』
ベルセリウス帝国首都の周りをグルッと囲むこの森には、凶暴な魔物が多数生息している。
一応、街道には魔物避けの〝魔導具“が施されているため、街道は安全だが、一歩街道を外れると、たちまち凶悪な魔物に襲われる、そんな危険な森である。
帝国騎士団でも徒党を組んで森の中に入らないと、全滅する可能性がある。
そんな危険な『魔の森』をあんな拙いサバイバル技術で森を抜け出したことに、メルディウスは、
(さすがは、異世界から来た勇者様達だ)
感動していた。
幼いころから『光の勇者物語』を読んで育ったメルディウスにとって、勇者はあこがれの存在だった。そのため、今回の任務を命じられた時、勇者である志達を影ながらお守りするという任務は光栄なことだった。
しかし、メルディウスのそんな思いは、今現在、少しずつ薄れてきている。
当然と言えば、当然であった
憧れの勇者が、村の中央で農民達に物乞いをしたり、食事床で接客や厨房のお手伝いをして働くなど、まったく勇者らしくない行動ばかりしているからだ。
今も、厨房にいる男の子が「大将、僕、火を支配するッス!」などと寝ぼけたことを言っている。
「いっそ陛下には、勇者達は料理屋に転職したと報告するか!?」
「なにバカなことを言ってるんですか、ガイネル様!」
今回の任務にあまりやる気がないガイネルの言葉に、過剰に反応してしまうメルディウス。
「ガハハ、そう熱くなりなさんな、メルよ。少しは力を抜け」
「ガイネル様が適当過ぎるんですよ!」
「まあ、ワシも少しおちょくりすぎ――メルよ。少し面白くなりそうだ」
「……えっ?」
ガイネルがメルディウスの後方を見ながら、ニヤリと笑った。その笑顔が気になり、メルディウスは後ろを振り向く。
すると、人相の悪い男達が受付にいる美優に話しかけていた。男達は美優に対して高圧的な態度をとっていて、美優が泣きそうになっている。
「助けにいかなければ!」
危険を感じたメルディウスは美優を助けようと席を立とうとするが、
「まあ、しばらく待て。今は様子を見よう」
「しかし!」
「まあ、本当に危なくなったら助けに入ればよかろう……それより、この状況を勇者とやらがどうするかのほうが気になるわい」
そう言って、ガイネルは頼んでいた麦酒をゴクゴクと美味しそうに飲む。
そんなガイネルを見たメルディウスの心の内は不安しかなかった。