第49話:vs ミーア
「【爆弾草―セット】―――ヤッ!」
「【紅蓮一閃】!」
襲い掛かる魔物の群れを蹴散らしながら、海竜の背中を駆けあがる美優と志。
一般団員の帝国騎士団騎士が五人がかりで仕留める『アイアンタートル』(脅威度Dランク)も二人にかかれば一瞬で蹴散らされた。
順調に魔物を撃退しつつ先へと進む二人だったが、ふと足場が大きく揺れ始めた。
「な、なに!?」
「もしかして、海竜が動いているのか!」
立っていることもできず、二人はその場に蹲る。
美優は慌てて周囲に掴めるものが無いか探してみるが何も見つからない。
「―――そうだ! 美優、僕に捕まって」
「はい!」
志は神具―――大剣を海竜の背中に差し込み、その柄をしっかりと握り身体を固定した。美優はすぐさま志の腕にしがみ付き掴く。
その状態で揺れが収まるのを待つ二人だったが、
『ウォオオオオーー!!』
突如、海竜のけたたましい咆哮が周囲に響き渡った。
その衝撃波により差し込んでいた大剣が抜け落ち、志と美優は空へと放り出された。
「うわぁあああ!」
「きゃぁあああ!」
絶叫空しくそのまま海へと落下する二人だったが、二人の視界に突如地面が横から現れた。
そのまま、二人はその地面に着地した。
そこは、海竜のヒレの部分だった。
背中に比べて空間が広く、まるで綺麗なサンゴ礁の海にダイブしたような景色が広がっていた。
そして、ヒレの中心に、水色の長髪の女人が立っていた。
「あなたは……」
「あれ? どこかで……」
志と美優がその女性の顔に既視感を抱く。
こんな場所にいるのだから、黒仮面の味方―――つまり、敵の勢力だと二人は警戒していた。
しかし、女性の顔を見ると何故か二人の警戒心が薄れていく。
「やあ、異世界の勇者達よ。昨日ぶりだね」
女性の後ろにある高台に、黒仮面―――カプリコーンの姿があった。
その隣には白仮面―――光の勇者と呼ばれていた人物の姿もある。
「飛鳥とミーアはどこだ!?」
黒仮面を睨みつけながら志が尋ねた。
「アスカ殿なら無事だよ。上でルアーナ殿と一緒に大人しくしてもらっているよ。そして、ミーアなら、ほら、そこにいるではないか」
「えっ!?」
黒仮面が顎で示した先―――水色の長髪の女人を指していた。
「お、おい、何を言っているんだ!」
「……もしかして……ミーアちゃん!?」
黒仮面の話はあまりにも耳を疑う話に聞こえるが、女性の顔はミーアととても顔立ちが似ている。まるで、ミーアがそのまま大人へと成長を遂げたらこんな感じになるのかと思えるほどに。
「嘘ではない。今、ミーアの身体には海竜の意識が同調している。つまり、伝説の竜の力をその身に宿しているということだ。その意味がわかるか?」
「だから、何を言って―――」
「やれ、海竜」
「……了解」
今まで無言だった女性―――ミーアが水の薙刀を空間から取り出した。
そして、志達のもとへ疾走する。
「――なっ!!」
「速いです!」
志と美優もすぐさま自分の神具を手元に取り出す。
志が一歩前へと出て、美優はそのまま後ろに下がり、弓矢を構える。
いつもの二人の戦闘位置を取った。
シュッと風切り音が鳴ったミーアの薙刀が志の頭上に振り下ろされる。
その刃に合わせて、志も大剣をぶつける。
カーンと音が響き、ミーアと志が刃を合わせたまま硬直状態が続く。
「……」
「――ックッ!?」
常人よりも強い力を持つ志が全力で押し返しているのに、ミーアの顔は素知らぬ顔をしたままグングンと力が込められていく。
(なんて力だ! それに、この顔……やっぱり本当なのか!?)
女性の顔を間近で確認した志は、目の前の女性がミーアであることを感じ取った。
「志くん!」
志を助けるためにミーアに向けて美優が複数の弓矢を放った。
神具の能力を使って、ゴム弾のような綿を矢の先端に取り付けてミーアの腕を狙う。
(ごめん。ミーアちゃん!)
複数の矢が薙刀を持つミーアの腕へ飛んでいく。
その矢を見たミーアは、息を吸い込むと―――口から渦巻く水流を噴射し、矢を防いだ。
「う、嘘!」
矢を蹴散らして、向かって来る水流を美優が何とか躱す。
(―――今だ!)
その隙をついて、志は大剣を引いてミーアの態勢を崩し、一度美優の近くまで退避する。
「美優、やっぱりあの女性は、その……ミーアだと思う」
「……そうですか。でも、そうなると私達はどうすれば……」
浮かない表情で美優が志に尋ねる。
娘を助けに来たのに、どうしてその娘と戦わなければならないのか、美優にはわからなかった。というより理解したくなかった。
「落ち着いて、美優。どうせ、あの黒仮面が魔法か魔導具を使ってミーアを操っているんだと思う。なら―――」
「あっ! わかりました。ミーアちゃんを無視して、後ろにいる黒仮面の人を倒せばいいんですね!?」
「そういうこと」
方針が決まった二人は、ミーアの後ろにいる黒仮面と白仮面の二人に視線を向ける。
「おや、どうしたのかね二人とも。これでは、テストにもならないよ。もっと本気を出してくれないと」
「黙れ! ミーアにおかしなことをしてタダで済むと思うなよ!」
志がミーアを無視して、黒仮面のもとへと一気に詰め寄ろうとする。
しかし、
「……させない」
「クッ!」
ミーアが志の行先を先回りしたため、志の足が止まる。
「ミーア、邪魔しないでくれ」
「……」
志の言葉に耳を貸さず、無言のままミーアは薙刀を振りかざす。
(やっぱり、何も聞こえていないのか!)
ミーアには目の前の人物が志であることも分かっていないのだと、志はミーアの冷たい瞳を見て感じ取った。
「【増殖夏蔦―――セット】―――発射!」
美優が放った矢がミーアの腕へと当たる。
途端、当たった箇所から蔦がみるみる増殖し、ミーアの腕と足を地面へと縛り付けた。
蔦を強引に引きちぎっても、すぐまた蔦がミーアの腕を絡みつけるため、ミーアはその場から動くことができなくなった。
「成功です! 志くん。今の隙に」
「ありがとう、美優!」
ミーアを美優に任せて、志は黒仮面のもとへと向かう。
「ふん、しつこい方ですね。これでは実験にならないではないですか。仕方ない……行きなさい」
「……了解しました」
命令を受け白仮面が志の前に立ちはだかる。
鞘から刀を抜き、向かって来る志の首筋に向けて振りかざす。
志の首筋が刀の刃に振れるギリギリの瞬間。
「邪魔だ!」
志は大剣で刀を振り払い、そのまま白仮面の身体に回し蹴りを放つ。
「―――!!」
振り回した蹴りは白仮面の身体の側面へと当たり、白仮面は真横の壁へと吹き飛ばされた。
その様子を見送った志は、そのまま黒仮面のもとへと向かおうとするが、
「志くん! 右に避けて!」
「―――! うわっ!」
咄嗟に聞こえた美優の指示通りに右へと転ぶ。
その瞬間、さっきまでいた場所が水球にぶつかり吹き飛んだ。
水球が飛んできた方向を見ると、美優の蔦の矢から開放されたミーアがこちらを向いていた。
ミーアの周りには無数の水球がフヨフヨと浮かんでいる。
志と美優はその光景に見覚えがあった。
「あれは、飛鳥の【水弾】!」
「……発射」
無数の水弾が、志と美優に襲い掛かる。
「くっ、速い!」
「―――セイッ!」
全方位から飛びかかる水弾はまるで散弾銃のように志と美優を襲う。
「―――ハッ!」
「また、アンタか! 白仮面!」
さらに、白仮面が志に斬りかかってくる。
志は白仮面の攻撃を受け流しながら、ミーアの水弾を躱していく。
美優は、ミーアの動きを止めようと【増殖夏蔦】の矢を放つが、水弾によって防がられる。
ミーアと白仮面が完全に戦況を優位に進めていた。
志と美優は黒仮面に近づくことができず防戦一方だった。
「いいですね~実に良いデータが取れています。しかし、一方的な攻撃だけではつまらないです。お二人共、もっと攻めていただけないですか? 『竜の巫女』の耐久性も評価したいところなのですが……」
「ふざけるな! そんなことできるか!」
「しかし、このままでは、片方のデータしか取れないんですよ。早くお願いしますよ」
黒仮面の頭の中には、ミーアの竜の力を評価することしか頭にないことが志には良く伝わった。正にマッドサイエンティストとはコイツの事だと、志は思った。
そのことに腹を立てつつも、ミーアと白仮面の猛攻が次から次へと襲いかかる。
やがて、
「―――! しまっ――」
今まで水弾のみ発射していたミーアが突如、水の薙刀と共に美優へと攻め入ったのだ。水弾を交わした直後の美優は、動きが硬直してなす術もなかった。
「美優!!」
志が助けに行こうとするが、白仮面がその間に入り邪魔される。
ミーアの薙刀が美優の頭上を捉えた。
美優は何もできないまま、ぎゅっと目をつぶり刀が来るのを受け入れる。
その瞬間、
「【水弾―――発射】」
「―――!」
別の場所から飛んできた水弾により、ミーアの薙刀が弾かれた。
突然の攻撃にミーアが一端、美優から距離を取る。
水弾が飛んできた方向、そこには
「あっ、あ、あ、飛鳥さん!」
「飛鳥! 無事なのか!?」
ルアーナを背中におぶり、杖を構える飛鳥がいた。
「当然でしょう! 何当たり前のこと言ってんのよ」
不敵な笑みで笑う少女はいつもの明るい飛鳥だった。
そして、離れた場所で乱入者を見つめるミーアに視線を向ける。
「……ミーア。アンタに戦いなんて似合わないわよ。だから、私が必ず止めてあげるから」
「……」
ミーアは飛鳥のことを敵だと思い戦闘態勢をとる。
悲しい母と娘の戦いの鐘が鳴った。