SS4-2話:秘められた思い(第32話:ルアーナ来訪)
ルアーナ視点のSSになります。
最悪な日々が四日過ぎました。
今日もわたしはミーアのいる屋敷に向かって、思ってもいないアスカさん達やミーアの悪口を叫びます。
自分で決めたこととはいえ、早く死んでしまいたい。
しかし、カイの身体が完治するまでは、まだ死ぬことはできません。
アスカさん達とお会いした日。
アジトへと帰ると、黒仮面様が来ていました。
ミーアの奪還が失敗したことを報告すると、
「何としてもあの者達から、ミーアを切り離せ!」
やはり、ミーアを連れ戻す意志は変わらないようでした。
親衛隊達が屋敷を強襲するという話もありましたが、自分に任せるよう話し合い何とか防ぐことができました。
昨夜のカイの状態を見たところ、身体が動けるようになるまで、まだまだ時間がかかりそうでした。
何とか時間を稼がなければ、そう頭の中に考えを巡らせていたところ。
「君かい? ミーア君の母親というのは」
白衣を着た銀髪の男が、わたしに喋りかけてきました。
「私の名前はコーネリアス・シュバルツ。この屋敷の主だ。突然で申し訳ないのだが……君はバカなのかい? 取り戻そうとする実の娘を悪く言い、そんなヒステリックな姿を見せられて、ミーア君が本当に戻りたいと思うのかね?」
「―――ッ!」
そんなことは百も承知です。
周囲にそう思わせるよう演技しているのですから。
そんな自分の考えを悟られないように、コーネリアス様に向かってわたしは演技をします。
「いいんです! あの子はわたしの子供なんだから何を言ったっていいんです。それにあの子は亜人です。問題ありません」
「……はあ~、やはりそうか。全く持って理解に苦しむな。これだから自分の感情を最優先として動く女は苦手なんだ」
コーネリアス様が溜息をつきました。
「……仕方がない。あまり身分を振りかざすのは好きではないのだが」
「?」
小声で何やらブツブツと独り言を呟くコーネリアス様は、わたしに何も言わずこの場を後にしました。何をしに来たのかよくわからなかったけど、どうにかやり過ごすことができてホッとしました。
夕方頃。
「おい! 貴殿がルアーナ殿か!」
「えっ! はい。なんでしょうか!?」
カイの治療のためアジトに戻ろうとしていたとき、後ろから突然声をかけられました。
声をかけてきた相手は、帝国騎士団の方々だった。
「貴殿に逮捕状が出ています―――罪状は誘拐未遂」
「ちょっ、ちょっと待ってください! わたしはなにも―――」
「連れて行け!」
騎士達に掴まれたわたしは留置所まで連れて行かれました。
…………
……
…
「しばらく、その中に入っておれ」
「キャッ!」
力づくで連れてこられたわたしは、騎士達に強引に牢屋の中に放り込まれました。
石畳でできた牢の中はとても冷たく、うっすらとした暗さが不安な心を掻き立ててきます。
(こんなことしている場合じゃないのに! 早くカイの治療に戻らないと)
ガンガンと牢を叩き、守衛に呼びかけるが、誰も来てくれません。
それでも必死に叩き続けていると。
「すまない。ルアーナ殿、この方法しか貴方を止める手段が無かったのだよ」
牢の前に、コーネリアス様が現れました。
「どういうことですか」と、尋ねたところコーネリアス様が説明してくれました。
「君の行動が、帝国の重要人物にとって不利益を被ると判断した。そこで、私の権限で君をしばらく、ここに留めることにした」
「そ、そんな!」
(マズイ! あの人達は裏切者のカイの治療なんてするわけがない。帰らないとカイが!!)
カイには今すぐにも本日の治療が必要なのです。
こんなところで拘束されたままではいられません。
「だが私も鬼ではない。そこでだ。この提案を呑んでくれれば、今すぐここから開放することを約束しよう」
「本当ですか!?」
コーネリアス様の提案に、ワラをも縋る思いで話を聞く。
「ああ。明日から屋敷に来るのを止めること。それが条件だ」
「―――!!」
確かに、屋敷の主として、そう言うのは当然だと思う。
だが、黒仮面様にミーアを連れて帰るどころか、屋敷に近づくこともできなくなったとと知られたら、あの男がどんな強硬な手段を使って、ミーアを連れ出そうとするか予測できなかった。
どうすればいい!?
そう迷っていたとき、
「だが、君が実の娘に会いたいという気持ちを蔑ろにするのもどうかと私は思う。そこでだ。一度だけミーア君と二人っきりにして、少しだけ話をする機会を与えよう。それがこちらが譲歩する条件だ。この条件を呑めば今すぐ君を開放しよう」
「そ、それは!!」
ミーアと少しだけでも話す機会が与えられる。
それは、願ってもないことだった。
ミーアが親衛隊達に狙われていることやカイが無事であることをどうしても伝えたかった。
同時にあの子の前に出て豹変してしまう自分がとても怖かった。
だが、アスカさんとミーアが抱き合っていた場面を思い出した途端。
(負けたくない!)
自分の事を醜いと思いました。
アスカさんのことを信頼し託したはずなのに、それでもあの子の傍にいることに嫉妬している自分が嫌になって仕方がありません。
それでも母親としての最後の矜持をかけて、あの子にしてあげる精一杯のことを!
「……お願いがあります。手紙をミーアに渡すだけでいいです。その代わり、誰もその手紙を読まない。その条件を呑んでくれれば、そちらの要望通りにいたします」
「ふむ」
手紙であれば、自分がおかしくなることはない、そう考えました。
しばらく、コーネリアス様が何か考え事をしたあと。
「わかりました。その条件を呑みましょう」
コーネリアス様がわたしの条件を呑んでくれました。
その後、コーネリアス様と詳細を詰めたのち、アジトへ戻ることができました。
…………
……
…
当日。
ミーアに手紙を渡すため屋敷へと赴きました。
幸運なことに、昨夜治療を行った際、カイの状態はかなり良くなりました。
意識を取り戻し、少しだけ話をすることができました。
この調子なら、カイをアジトから連れ出すことができると、希望に胸を膨らませました。
屋敷へと入り庭へと通されたわたしは、そのままミーアが来るのを待ちます。
あの子に会えると思うだけで、胸がドキドキして緊張してしまいます。
伝えたい内容は全てこの手紙に認めてあります。
『ミーアへ
こんなお手紙でごめんなさい。
貴方を前にすると、ママおかしくなってしまうから。
だから、手紙に嘘偽りのない貴方への思いを伝えます。
どうか幸せになってください。
それだけが、ママが本当に心から思っていることなのです。
嘘だと思うかもしれませんが。
貴方を傷つけてばかりでごめんね。本当にごめんね。
アスカさん、ミユさん、それにココロさん。
とても良い人達です。あの方達なら貴方を大事にしてくれます。
我儘をいって迷惑をかけてはいけませんよ。
そして、あの人達と一緒に幸せになってください。
ただ、これだけは注意して。
親衛隊達が貴方を狙っています。
でも大丈夫です。ここにいれば安全だから。
わたしが命をかけて貴方を守ってみせるから。
それと、カイも無事ですよ。
安心してください。
もうすぐしたら、必ずわたしが会わせてあげるから。
ごめんね。
貴方を傷つけることしかできない情けないママで。
ごめんなさい。
本当にごめんなさい。
だけど、信じてもらえないかもしれませんが、それでもママは貴方のことを愛しています。
体に気を付けて。
アスカさん達に迷惑をかけちゃ駄目ですよ。
ミーアの幸せを遠くから願っています。
ルアーナ
注意:この手紙を読んだ後、必ず燃やしてください。そして手紙の内容を誰にも話してはいけません。親衛隊達に見つかれば、面倒なことになります。貴方を愛する人達にも迷惑がかかります。
わかりましたね。
』
ミーアに会える待ち遠しい気持ちを抑つつ、何事もないように振る舞っていたら、コーネリアス様と一緒にミーアがやってきました。
その姿を見た瞬間、『ドクン』と心臓が唸った。
(くるな! やめて! そうじゃない! わたしはミーアを―――!)
押し寄せてくる憎しみを必死に抑えながら、ミーアと何とか手紙のやり取りを交わします。
コーネリアス様に手紙を渡し、魔導具で手紙をチェックしている間に娘の姿を目に焼き付けます。
……怯えさせて申し訳ないけど、それでもこれが最後だから、ごめんね、ミーア。
手紙のチェックを終えたコーネリアス様がミーアに手紙を渡しました。
ミーアが手紙を読み終わり、驚いた様子でわたしを見ました。
手紙の内容を理解したのだと思い、わたしはコクリと頷きました。
(―――愛しているわ。どうか幸せになってね)
おかしな憎しみを超えて、ミーアを想う気持ちが勝ったわたしは、もう会えなくなる我が子に手紙だけでなく、直接言葉として伝えたいと思いました。
「もう会うこともないですから、最後に一言だけ―――あの人達と一緒にッ……いえ、何でもありません」
でも、できません。
少しでもミーアを愛おしい気持ちを口に出そうとすると、身体が強制的に私を止めようとするのです。
(何故! どうして! わたしを邪魔するの!)
ミーアを慈しむ気持ちと比例するかのように憎しみの感情が湧いてきます。
このままでは、またミーアを傷つける、そう思ったわたしは
「さようなら」
と、言って急いでその場を後にしました。
言葉で伝えられなかったことは心残りでしたが、あの子が傷つくより全然マシだと思い堪えます。
それでも、わたしはあの子への思いを言葉にしたかった。
ふと、庭から出ていく途中、妙な石像を見ました。
外観は大きめな猫の石像なのだが、先ほどから微かに動いているのが気になりました。
(もしかして―――アスカさん達?)
あの優しい人達なら、きっとミーアを心配して近くで待機していたに違いありません。
娘との最後の邂逅の機会を与えてくれた彼らに感謝を込めて、わたしはお辞儀して屋敷を後にしました。