第46話:メルディウス vs ヒチグ (3)
「―――そうでしたか……ルアーナ殿にそんな過去が」
「ああ、別に彼女がミーア姫に行った行為を許せと言うつもりはない。ただ、あの時のワシらはどうかしておったとしか説明ができんのじゃ」
全てを語り終えたヒチグ。
その表情からは後悔の念が見られた。
『スライム』化したことで、ヒチグは何かの呪縛から解き放たれた。
そして、正常な思考に戻って自分が行ってきた悪事を思い出し自分自身を許すことができないのだと、メルディウスは感じていた。
「思えば、王子……ヨルド王国国王も少しずつ様子がおかしくなっておった。幼き頃、自分が王になり、平民や冷遇されている亜人や獣人を守りたいと、そう希望を抱いていたお方じゃった」
「……人の精神を操作する魔法もしくは魔導具ッ!!」
「その可能性も考えられるのう。ただ、特におかしな点はなかったはずじゃが……ふむ、そういえば何故かどう考えても思い出せない人物がおる!」
「誰ですか、その人は!」
「……だめじゃ。まるで虫に食われたようにそいつの記憶だけが思い出せん!!」
ヒチグの話を聞いて、ますますメルディウスは目の前の騎士をそしてルアーナや国王のことを気の毒に思った。
もし、ヒチグの記憶を操作した人物が、人々の精神を自分の好きなように操作しているのだとしたら、決して許すことができない敵だとメルディウスは認識した。
「さて、ワシの愚痴はここまでにして―――戦いを再開しようかのう」
「ヒチグ殿―――その身体……」
ヒチグは再びメルディウスに向かって剣を構えた。
ヒチグの身体からはシュワシュワと煙が立ち上っており、いつ消滅してもおかしくない状態だった。
「もう間もなくワシは死ぬ。じゃから最後に、ワシはお前さんと戦いたい! こんなことを頼むのはおこがましいと思うが……剣士としての死に場所をワシにくれんか!!」
「……わかりました」
「感謝する妖精殿!」
ヒチグの覚悟を受け取ったメルディウスは腰元に剣を収め再び【真空居合切り】の構えを取る。
メルディウスの構えを見た途端、ヒチグは落胆した表情を浮かべた。
「妖精殿。ワシに同じ技は通用せんぞ」
「わかっています。ですから、貴方には今私が出せる最高の剣技を貴方にお見せします」
「そうか……そいつは楽しみじゃい!」
メルディウスに向けて、ヒチグが【風神乱舞】の構えを取る。
「……」
「……」
二人の間に緊迫した空気が流れる。
そして、二人の間にフワフワと木の葉が地面へ落下した瞬間。
「剣技―――【真空居合切り】」
「剣技―――【風神乱舞】」
二人の剣技が同時に放たれた。
先ほどの戦い同様、メルディウスの【真空居合切り】の威力はヒチグの【風神乱舞】に相殺された。
「この程度か! 妖精殿!」
先の戦いと同じ結末を辿ったことに苛立ったヒチグが、メルディウスに向かって叫んだ。
「いいえ。ここからが本番です! ……剣技―――【風神乱舞】!」
「な、なにぃいいいー!!」
ヒチグのオリジナル剣技【風神乱舞】がメルディウスによってそのままコピーされて放たれたのだ。
このとき、【真空居合切り】を相殺したことで、ヒチグは完全に動きを止めていた。
一方、メルディウスは剣技が衝突したと同時に、ヒチグのもとへ駆け出し、見様見真似でヒチグの剣技を発動させたのだ。
メルディウスの【風神乱舞】を受けたヒチグは上空へと飛ばされ、そのまま地面に落下した。
「お、お見事」
「……ありがとうございます」
剣を鞘に収めたメルディウスは、地面に横たわり今にも消えかけようとしているヒチグを見下ろす。
「そなたはやはり剣の天才じゃのう。まさかワシの剣技をそっくり真似するとは」
「……いいえ、完璧ではありません。貴方の流麗な剣に比べて荒い部分がいくつかありました」
「フハハ、そりゃそうじゃ! ワシが生涯をかけて編み出した剣技じゃからのう」
悔しそうに話すメルディウスを見て、ヒチグが笑い出す。
規格外の剣士だった。
通常、相手の剣技を見ただけで真似するなどあり得ない話なのだ。
本来、剣技というのは血を滲むような努力を何度も繰り返すことで、初めて技へと昇格するものだ。
それを、見ただけで剣技として発動させたメルディウスの剣の才能にヒチグは尊敬の念を抱いた。
「改めて感謝を。【疾風の妖精】殿。おかげで剣士としての最期を迎えられた」
「ヒチグ殿。貴方の剣技は私の中にあります。貴方が編み出した剣技は別の誰かに受け継がせることを約束します」
「! すまん……ありがとう、ありがとう!」
愚者の自分に、妖精が最後に自分が生きた証を残してくれた。
どうしようもない人生を歩む羽目になったが、妖精が最後にワシの生きた痕跡を拾ってくれた。
これほど嬉しいことはない。
ヒチグは、自分の最後を看取ってくれた最高の剣士に心からの感謝を送った。
段々と水蒸気のように消えていくヒチグの身体。
最期に、ヒチグは再び「ありがとう」と涙をこぼしてこの世を去った。
「……どうか安らかにお眠りください」
メルディウスは最後に誇りを取り戻した剣士に黙祷を捧げた。