第44話:メルディウス vs ヒチグ (2)
ヨルド公国の中央広場。
激しい爆発音と剣戟音が響きあう中。
二人の人物が互いに剣を構えて向かい合っている。
険しい瞳でメルディウスがヒチグを睨んでいた。
「さて、すまなかったな。妖精よ。見苦しいモノをお見せした」
「本当になんてモノを見せるんですか!」
筋骨隆々の老人の下半身をバッチリ目撃したメルディウスは戦闘中にも関わらず目の前に相手に着替える時間を与えた。
そうしなければ、初心な彼女はあの光景に耐えることができなかったのだ。
(うわぁあ、見たよ。見ちゃったよ! 殿方のって皆ああなの!? 父上のよりも大きかった気がしたけど……今度父上に聞いてみようかしら)
こんなセリフを娘に言われたら、さすがの剣聖も落ち込むことだろう。
自分の心の内で処理してほしい案件だった。
「……それにしても貴方随分と雰囲気が変わりましたね?」
「そうか? 確かに周りの死んでいる騎士達から魔力や知識などを回収したからな。互いの意識が混ざり合い、中々に人格が安定しないようだな」
客観的に自分の体を分析するヒチグに、メルディウスが警戒の色を深めた。
今のヒチグは強者のような余裕が感じられた。
それまでのヒチグは狂人と言わんばかりに、自己の保身とエゴを優先する自己中心的な男だった。そんな彼が、メルディウスの要請に素直に応じ、また無礼を詫びるという行動をとったのだ。
メルディウスが戸惑うのも当然だった。
「まあそんなことはどうでもいい。それより準備は良いか?」
「ええ、しかし意外ですね。まさか貴方が私との一騎打ちを要求するなど」
「ふむ。少し昔を思い出してな。今はお主と死力の限りを尽くしたい!」
「良いでしょう。その望み叶えましょう!」
互いに剣を構えるヒチグとメルディウス。
二人から発せられる緊迫した空気により、周囲が一瞬静寂に包まれた。
「元ヨルド王国親衛隊隊長ヒチグ。剣の天才と名高い【疾風の妖精】殿。押して参る!」
「帝国騎士団副団長補佐メルディウス・シュバルツ。その挑戦受けて立つ!」
二人の剣が中央で激しくぶつかった。
…………
……
…
「ぬぉおおおお!」
「クッ!」
大きな声を上げ力強く打ち込んでくるヒチグの剣を前に防戦一方のメルディウス。
ヒチグは脅威度Aランクの『スライム』となり、死んだ騎士達の力を吸収したことで身体能力が大きく跳ね上がっていた。
動きの速さで言うなら、獣化なしの狼亜人ティナと同程度の速度だった。
重く、高速で振り下ろされる連撃にメルディウスはほぼ直感で対応していた。
(速い! それになんと洗練された剣術だ!)
余りに強くなった身体能力もそうだが、メルディウスが一番驚いたのはヒチグの剣術だった。
とても綺麗で洗練された型をしていたのだ。
以前海竜の塔でヒチグと戦った時は、ヒチグの剣には型などない力だけを振り下ろす酷く雑な剣術だった。その際、メルディウスは剣を打ち合ってヒチグの心の内を見抜いていた。
とても傲慢な人が放つ剣戟だった。
しかし、今のヒチグの剣術は明らかに性質が変化していた。
力強く真っすぐに打ち込む剣戟の鋭さは並みの剣士の腕では不可能だった。
間違いなくヒチグは一流の剣士だということを、メルディウスは剣を打ち合わせながら悟った。
同時に、
(面白い! もっと戦ってみたい!)
メルディウスの心に火が付いた。
元々、剣のことしか考えていないメルディウスにとって、同じレベルで打ち合える人物はいなかった。
団長のユリウスはずば抜けて高すぎるため、相手をすることは不可能だった。
周りの一般の騎士達では剣術の腕がとても低すぎて、相手にならなかった。
唯一、一緒に剣の修練を積んだ兄のコーネリアスなら剣のライバルとなりえたが、コーネリアスが剣の道を捨て魔導具開発へと進んでからはライバルとなる人は誰もいなかった。
以降、メルディウスは一人で剣を磨いてきたのだ。
「どうした? 妖精殿の力はその程度か!?」
喜々とした表情でメルディウスに剣を打ち込むヒチグ。
その表情からは、純粋に戦いを楽しむ剣士の顔をしていた。
「そんなわけないでしょう!」
「ぬぐ!」
メルディウスの鋭い切り返しに身体がふらつくヒチグ。
その隙を逃さずメルディウスの剣がヒチグの腕を捉えた。
しかし、
「なっ!」
ヌルっとした奇妙な手ごたえを残してヒチグの腕は切断された。
右腕を斬られたヒチグは一端メルディウスと距離をとる。
「さすが妖精殿。見事な剣捌きだ。実に楽しい」
斬られた箇所から再び腕が生えた。
再生された腕がきちんと動くか確認するようにヒチグが腕をパキパキと動かす。
「……中々に変わった姿ですね。これは厄介だ」
「まあ、ハンデというモノだな。年寄にはこれくらいのハンデが必要だからのう」
「何を―――ぬかせ!」
今度はメルディウスからヒチグに攻撃を仕掛ける。
(単発の攻撃ではすぐに再生される―――ならば再生される前に仕留める!)
メルディウスは構えていた剣を腰元の鞘に納めた。
「剣技……【真空居合切り】」
居合切りの要領でヒチグに向かって剣を解き放った。
見えない真空の刃がヒチグを襲う。
「剣技―――【風神乱舞】」
メルディウスの剣技に対して、ヒチグも剣技で応えた。
真空の刃はヒチグの剣の間合いに入った瞬間、無数の風の剣戟によって相殺された。
お互いの剣が直接接触していないにも拘らず、空気が切り裂いたような音が響く。
「見事です。まさかこの技を剣で止められるなんて」
「……素晴らしい剣技だった。十の刃を同時に与えなければ相殺することはできなかったよ」
メルディウスは素直にヒチグの剣技を称賛する。
メルディウスの強烈な真空波に対し、ヒチグは複数の鎌鼬で向かい討ったのだ。
「……ヒチグ殿。どうか投降してくださらんか。貴方の腕をここで失くすのは惜しい」
「妖精殿……心遣い誠に感謝する。だが、もうこの身体はそんなに長くはもたん」
「―――なっ!!」
余命幾ばくもないことがヒチグから告げられ、メルディウスが動揺する。
「ワシは何を見てったのだろうな。何故、あんな馬鹿なことをしておったのか、正直分からん。何故、あそこまであの王に固執しておったのか。何故、亜人や獣人達をあそこまで毛嫌いしていたのか、全く分からんのだよ」
「……ヒチグ殿」
目の前にいる老人が心の底から自分のやったことを後悔しているようにメルディウスは感じた。
「何故、あんなに可愛がっていたミーア姫にあんなひどいことをしたのだろうか。泣きながら自分の娘を必死に庇っていたルアーナこそが正しかったのだろうな」
「―――えっ!」
ヒチグの話を聞き、メルディウスの動きが完全に止まる。
「もし許されるなら、あのルアーナという女を許してはいただけんか? とても不憫な女なのじゃ。ワシのことはもういい。頼む」
「……訳を聞かせてください」
どうして彼女をそんなに守ろうとするのかメルディウスは気になり、ヒチグに尋ねた。
ヒチグから語られた内容は、ルアーナの壮絶な過去の話だった。




