第40話:天竜
「竜が―――竜がもう一匹、空から現れました!!」
騎士から報告を受けたアナベルと志はすぐさま宮殿の外へ出た。
外に出ると大勢の騎士達が集結し、一同皆驚愕した表情で空を見上げていた。
空には、海竜と同格の存在と思しき美しい竜が浮かんでいた。
空に浮かぶ黄金色の竜は、志達の世界で例えるなら東洋の龍に姿形が似ていた。
口元には長い髭が二本蓄えており、頭には鋭い角が生えている。
蛇のように長い胴体に対し、短く見える四本の手足がついている。
各手足の近くには、大きな珠がフヨフヨと浮かんでいる。
そして、竜の頭上には志が見たことのある人物の姿があった。
(塔で見た白仮面! なんでこんなところに!)
海竜の塔で戦った白仮面―――オーラル王国の騎士達に〝光の勇者様“と呼ばれていた人物だった。白仮面は竜の頭上に浮かぶ魔法陣の上に立って、何事もないよう静観していた。
「―――何をしている! すぐに、迎撃の準備を行え!」
アナベルの号令を受け、呆然と空を見上げていた騎士達が慌てて迎撃の準備を行う。
魔導レーザーを放つ大砲に巨大矢を射出するバリスタを、空に浮かぶ竜へと向け、次々に撃ち出す。
幾重に放たれたレーザーと巨大矢が竜の巨躯に襲い掛かる。
直撃する、誰もがそう思った。
次の瞬間―――暴風が突如吹き荒れた。
魔導レーザーは軌道を変え、明後日の方向に飛んで行く。
巨大矢は向きを反対方向に変え、下にいる騎士達やバリスタなどの装置に襲いかかる。
「―――全員退避!!」
雨のように降り注ぐ巨大矢を前に、アナベルが急ぎ撤退の指示を与える。
降り注ぐバリスタや暴風の影響を受けて、ボロボロの体で必死に逃げ惑う騎士達。
ふと、撤退する騎士の一人が気づいた。
「おい、なんだアレ?」
「竜の持つ珠の色が変わった?」
先ほどまで竜が持つ珠は全て青色に輝いていた。
だが、気づいた騎士の言う通り、珠の色が変化していく。
一つは水色、別の一つは黄色へと。残りは青色のままだ。
そして、
『なんだ! 凄い風と雨が―――!』
『かみな―――ぎぁあああ!』
突如、宮殿一帯に暗雲が垂れ込み、凄まじい暴風雨と雷が騎士達を襲い始めた。
激しい暴風雨で屈強な騎士達が軽々と吹き飛ばされていく。
思うように動けない騎士達の頭上を、狙ったかのように落雷が降り注いでいく。
逃げる暇さえなく、その場に次々と倒れていく帝国騎士団。
このままでは、帝国騎士団が全滅する。
そう思った志は慌てて騎士達のもとへ駆け寄ろうとする。
そのときだった。
「こんのトカゲがぁあああ―――!!」
空飛ぶ竜に向かって、弾丸のような速さで飛びかかっていく人物がいた。
「師匠!」
帝国騎士団副団長のガイネルだった。
ガイネルは竜の鼻っ面に拳を振るう。
東京タワーの如く巨大な竜からすれば、豆粒ともとれるガイネルの拳は、
「ギャォオオオオー!」
巨大な竜を怯ませるほどの破壊力を秘めていた。
竜が怯んだことで、垂れ込んでいた暗雲が徐々に消えていく。
「これ以上はお前の好きにはさせんぞ!」
20mほどの高さから落下したにも拘らず、何事もないようにスタッと着地したガイネルは上空に浮かぶ竜を睨みつける。
「皆の者! こやつの攻撃はワシが防ぐ。お前達は離れた場所から攻撃しろ!」
ガイネルの激により、壊滅寸前だった騎士達の士気が回復していく。
ガイネル様がいれば―――
あの【鬼神】が俺達にはついているんだ―――
勝てるぞ―――
自らを奮い立たせ立ち上がろうとする騎士達の姿を見て満足そうに頷くガイネル。
「そうじゃ! その意気じゃ! それに……ワシだけじゃないぞ」
ガイネルはニヤリと笑いながら宮殿の方を見た。
宮殿の入口から二人の男性が歩いてくる。
「何を倒れているお前達! 我らが倒れれば誰が帝国国民を守るというのか! 立ち上がれ!」
帝国騎士団団長にして、帝国最強の騎士として名高い【剣聖】の姿があった。
ユリウスを見た途端、騎士達の士気は最高潮に高まった。
『そうだ! 俺達にはユリウス様とガイネル様がいるんだ!』
『ユリウス様の言う通りだ! ここで我ら倒れれば誰が民を守るというのだ!』
ボロボロの身体を振るい起こした彼らは直ちにガイネルの言う通りに行動を始めた。
「……コーネリアス。あれをどう見る?」
「黄金色に輝く外観と、天候を操る能力から察するに、文献で見た天竜で間違いないはずだ」
「何故、天竜が我々を襲う? 幻獣しかも竜という種は我々人間に対して不干渉の存在ではないのか?」
「そればかりは私にもわからないよ。ただ……上にいる彼は何か知っているかもしれないね」
コーネリアスが見上げた先には、天竜の頭上にいる白仮面の人物の姿があった。
「彼の右手に浮いている珠。あれが、もしかしたら天竜を操作する魔導具なのかもしれない」
「……そうか。わかった」
コーネリアスとの話を終えたユリウスは、そのままガイネルがいる前線へと足を運ぶ。
「遅いぞ! ユリウス」
「すまない。海竜の件もあり、そちらのほうにも指示を伝えていた」
天竜が放つ雷撃を躱しながらガイネルがユリウスに話しかける。
ガイネルは跳躍して天竜に直接攻撃を仕掛けたり、拳圧から発する衝撃波を用いて騎士達を狙う雷撃を次々と打ち落としていく。
ガイネルの戦闘能力は他の騎士達より明らかに規格外の強さだった。
「ムッ! いかん! あのトカゲ、何やら途轍もない力を溜めておる」
「師匠! 竜の【大魔息】が来ます!」
天竜の口元に巨大な魔法陣が現れ、その箇所に強大な魔力が集束されていく。
その様子を見た志は慌ててガイネルへ叫ぶ。
「小僧! 何をしとる! こんなところで!」
志の姿を目にした途端、ガイネルは志を叱りつけた。
「えっ! こんなところでって、師匠達を助けようと―――」
「バカもんがぁあああ!!」
予想外のガイネルの一喝に志が驚く。
「小僧! お前は決めたのではないのか!? ミー坊を、嬢ちゃんを守ると。ならさっさと嬢ちゃん達のもとへ行かんかい!」
「―――!!」
ガイネルに言われ、志はあの夜、決断したことを思い出した。
同時に。
「師匠、どうして?」
軽蔑されているのでは、と志は思っていた。
志達はミーアと飛鳥を救うため、ガイネル達に黙って海竜の塔へと向かった。
当然、ガイネル達―――帝国からすれば志達の行動は許されるものではない。
志達の行動は国家間の戦争へ発展すると警告されていたのだから。
多くの人々の命よりも、自分達のエゴを優先した自分をガイネルは許してくれないだろうと、志は考えていた。
だが、ガイネルは今も変わらず、いつものように志の背中を押してくれるのだ。
男なら自分が決めたことは最後までやり遂げろと―――
戸惑う志の問いかけにガイネルがガハハと豪快に笑う。
「そんなこともわからんのか。子供の面倒を見るのが大人の役目じゃ! お前らはもう少しワシに甘えろ!」
「……師匠ッ!」
とても大きい人だと志は感じた。
今まで見てきたどの大人の中で、こんな懐の深い人を見たことがなかった。
いつもと変わらないガイネルの姿に思わず志の目元から涙が溢れた。
『…… 【大魔息―――蓄積】完了。天竜、【大魔息―――発動】』
白仮面の命令に従い、空から天竜が【大魔息】を放った。
黄金色に輝く巨大な魔力波が、地上にいるガイネル達へと向かう。
(まずい!)
向かって来る【大魔息】を前に、何も動かないガイネルを見て、志が海竜のときと同様に【紅蓮一閃】で相殺しようと動く。
そんな志に向かって、ガイネルは落ち着いた様子で話しかけた。
「それに、こっちにはコイツがおるからのう」
「えっ!?」
志がガイネルに視線を戻したとき。
「剣技―――【重力可変剣】」
ユリウスが【大魔息】に飛び込み、冥属性を帯びた剣技を振るう。
剣が魔力波の中心に触れた途端、強大な魔力波がまるでブラックホールに吸い込まれたように小さくなっていき、やがて塵一つなく消滅した。
「う、うそ……」
『おおぉおおお!』
『さすがは団長だ!』
巨大な【大魔息】を防いだユリウスの圧倒的な剣技を目の当たりにして騎士達が喜び称える。
(僕、トッティ、メルディウスさんの合わせ技でも防ぐことができなかった【大魔息】を、たった一人剣の一振りだけで消滅させるなんて!)
ユリウスが目の前で放った剣技に志は驚愕の表情を浮かべた。
海竜の【大魔息】を身をもって体感した志だからこそ、目の前の光景が信じられなかったのだ。
【剣聖】ユリウス・シュバルツ―――
彼は今まで誰もが成し得なかった七つの属性を剣技として放つことができる。
それゆえ、彼は【剣聖】という大層な二つ名を有しているのだ。
剣士なら、そして腕に自信がある者ならばユリウスの名を知らない者はいない。
帝国騎士団の最強の剣にして、世界最強と噂される人物なのだ。
ちなみに、ユリウスが放った【重力可変剣】は冥属性の剣技であり、名前の通り触れた物の重力を操作できる。【大魔息】が衝突する瞬間、空間にブラックホールを生み出し、その中に【大魔息】を封じ込めたのだ。
「ふむ、この【大魔息】とやら……中々の威力だな。私の愛剣に罅を与えるとはな」
周囲が騒いでいる中、部下に代用の剣を用意させるユリウス。
部下達に指示を与えながら、ふと呆然としている志に目を向けると、
「何をしている。アスカ殿のところに向かわないのか? 彼女なら、海竜の頭上にいるとの報告を受けたぞ」
「えっ!」
〝鳥獣新聞社“(鳥種の獣人によって結成された新聞社)の齎された情報により、現在、ミーア、飛鳥、ルアーナの三人は海竜の頭上で身柄を拘束されており、近くには黒仮面を被った人物の姿が目撃されていると、ユリウスは志に説明した。
「さあ、早く行きなさい。後の面倒は全て私達が見るから安心したまえ」
フッと優しく笑うユリウスの姿は、メルディウスが時折見せる微笑みとうり二つだった。
「行け! 小僧! 行って嬢ちゃん達を救い出して来い!」
「―――はい!」
ガイネルとユリウスに背中を押された志は、返事とともに港へ向かって全力疾走する。
後ろからアナベルが志に向かって「ご武運を!」と叫んでいる。
その声を聞き、志の身体は軽くなった気がして、さらに前へ進もうとする。
その隣を、
「お待たせしました。志くん!」
「いやあ、ボクとしたことがこんな面白そうなイベントで寝坊するなんてね~」
美優、トッティが一緒に並走する。
「美優! トッティ! 体は大丈夫なの?」
「はい。ご心配おかけしました」
「ボクも大丈夫だよ~」
二人の無事な姿を見てホッとした志。
でも、進む足は止まることなく、さらに加速していく。
「……僕は今から海竜のところに行く。行って、今度こそミーア達を救い出すんだ!」
「なら私の力が役に立ちます」
「当然、ボクの力もだ」
「美優、トッティ……ありがとう」
二人の言葉に志の胸は熱くなる。
海竜の圧倒的な力を目の当たりにした二人。
だが、二人は躊躇することなく一緒に行くと言ってくれたのだ。
正直、志は海竜の強さに恐れを抱いていた。
さらに、海には一万の魔物の群れがいるとの報告をアナベルから聞いていた。
そんな恐ろしい場所に一緒に向かおうとしてくれる二人の頼もしさに、志の中にある恐怖も薄れていく。
(何が何でも助けるんだ! 今度こそ救い出して見せる! ミーア、飛鳥!)
強い決意を胸に、志達は港へと走って行った。




