第39話:危機的状況
「―――ここは?」
「気がつかれましたか。ここはベルセリウス帝国の領事館です」
目を覚ました志に帝国騎士団のアナベルが声をかけた。
志が目を覚まし場所は、元ヨルド王国の宮殿の休憩室。
今はヨルド公国内の領事館として機能している帝国騎士団の本部だった。
普段は人の出入りが少なく静かな館が、現在はバタバタと人が忙しそうに行き来を繰り返している。
「他の方々はあちらで眠っておりますよ」
「美優、トッティ……そうだ。僕達は海竜の塔で―――」
アナベルの言葉を聞き、志は海竜の塔で海竜の【大魔息】が放たれたことを思い出した。
…………
……
…
海竜の【大魔息】が海竜の塔に向けて放たれた。
水色に輝く強大な魔力波が海を削りながら凄まじい速度で向かって来る。
その光景を見た志は、
「美優!」
美優に目配せをし、すぐさま塔の端へと向かった。
「逃がさん!」
執拗に志を狙う白仮面が追従しようとするが、
「させません!」
美優の弓矢の連射により、白仮面の攻撃を防ぐ。
志は後ろを振り返ることなく、放たれた【大魔息】に向かって、
「【紅蓮一閃】!!」
瞬時に自身が持つ大剣に大量の魔力を込めて爆炎を放った。
水色に輝く魔力波と紅蓮に輝く閃光が互いに激突する。
だが、
「だめだ! 僕の火属性じゃあ、水属性には効果が薄い!」
「……ならボクに任せて!」
トッティがコートの内側から、緑色に輝く魔石の銃弾を取り出した。
すぐさま銃に装填し、勢いが弱まった【大魔息】に向かって銃弾を放った。
「ボクのとっておき……【精霊弾―型―風】!」
トッティが取り出し精霊弾は魔石を加工して作られた物。
打ち出した精霊弾は危険度Bランクの魔物が持っていた風属性の魔石であり、水属性の【大魔息】に属性的に有効なモノだった。
青色の風属性の閃光が魔力波の中心を貫く。
さらに、
「剣技―――【真空居合切り】」
一度鞘に納めた剣を居合抜きの要領でメルディウスが【大魔息】に向かって解き放った。
目に見えない風の刃が【大魔息】と衝突する。
【真空居合切り】はメルディウスが使う三種の剣技の一つである。対人戦用に編み出したこの剣技の特徴は、〝風“属性の性質を持つ点にあった。
「とっておきでも駄目か!」
「クッ、まずい。ぶつかる!」
二人が放った追加攻撃により当初放たれた【大魔息】の威力はかなり押し殺されたが、【大魔息】は海竜の塔の目の前まで差し迫っていた。
気が付けば、白仮面と黒仮面、ビーグル、ティナの四人はいつの間にか塔からいなくなっていた。
志達と戦闘中だった元ヨルド王国の親衛隊達とオーラル王国の騎士達は、一斉に階段を降り塔から撤退しようとしていた。
『おい! どけ! 邪魔だ!』
『うるせぇえ! 早く降りろよ! 詰まってんだよ!』
彼らは自分が何とか助かるために、人を押しのけ必死に逃げようとしていた。
その在りようは、自分さえ良ければ他人などどうでも良い、と切り捨てる浅ましい大人の姿があった。高貴な身分あるいは崇高な目的意識を掲げていた人達はどこへ行ったのかと思うほど醜い光景だった。
そんな彼らに向けて、
「【緩衝花―――セット】――― 一斉発射!」
美優が上空に弓矢を放った。
弓矢は塔の頂上にいる全ての人達に向けられていた。
矢が落下し人々に直撃する直前、放たれた矢に付随していた植物の種が真赤な花を咲かせた。
花弁から薄っすら透明の膜が現れ、人々を丸く包み込む。
そして、【大魔息】が〝海竜の塔“を直撃した。
…………
……
…
「ココロさん達は、海竜の塔から少し離れた場所で倒れていました」
「……美優のおかげだな……助かった」
志が眠っている美優に向けて心からの礼を言う。
美優が放った【緩衝花】は、ザナレア大陸南部の密林に棲息する植物だった。
この花の最大の特徴は、生物を丸く包み込む膜にある。
外部からの攻撃を防御する機能を有するとともに、内部は快適な空気環境が維持される。
つまり、防御機能に優れた植物なのである。
さらに、美優の神具を介して生成されたため、普通の緩衝花よりも遥かに性能が優れていた。
この花を使って、弱まった【大魔息】の攻撃を防御していなければ、志達の命も危なかった。
ちなみに、美優は緩衝花については、コーネリアスの私室にある植物図鑑を見て覚えていた。時間があるときは、コーネリアスからいくつかの図鑑を借りて読むようにしていたのだ。
「それにしても随分慌ただしい様子ですけど、一体どうしたんですか?」
「……事態はとても深刻な状況になっています。是非、ココロさん達のお力をお貸しいただきたいと」
暗い面持ちでアナベルが、現在のヨルド公国の状況について説明した。
………
……
…
「―――海竜が呼び寄せた魔物の群れ一万と戦闘中!」
「はい。ヨルド公国の市民と協力して防衛に当たっておりますが、何しろ数が圧倒的すぎるのです」
ヨルド公国が展開した防衛船は三十隻。
ベルセリウス帝国の防衛船を合わせても四十隻程度しかなかった。
横一直線に敷いた防衛線から、魔物達が通り抜けヨルド公国に次々と侵入してきていた。
今のところは西部の港で魔物の侵入を防いでいるが、それも時間の問題だということだ。
「オーラル王国とグランディール王国の船は既に出港し、撤退しております。彼らからの援軍は期待できない状況でした。ただ、おかしなことにグランディール王国の船とおぼしき小型船が海竜の前で停泊しており、誰かはわかりませんが、たった一人で海竜と大勢の魔物達と激闘を繰り広げているそうです」
「……すごいですね。その人」
志が驚くのも無理はなかった。
実際、遠くから海竜を目の当たりにし、その力を見せつけられたのだ。
海竜の圧倒的な力を前にし、さらには無数に集まる魔物群れと一人戦闘を繰り広げるその人物に、志は尊敬の念を抱いた。
「また、最悪なことに現在元ヨルド王国の騎士達が首都内部で反乱を起こしています!」
「なんだって!」
話を聞くと、海上の魔物の群れがヨルド公国に進行するタイミングと同時に、突如南部の住宅街から爆発音が鳴り響いた同時に、無数の甲冑を身に纏った所属不明の騎士達がヨルド公国の市民に危害を加えているそうだ。
「重要指名手配犯の元ヨルド王国親衛隊隊長のヒチグの姿も確認されました。奴らは街を破壊しながらこの宮殿目がけて向かって来ています。今は中央広場でメルディウス様が指揮する部隊と交戦中です」
既に目を覚ましていたメルディウスは状況を知るや否や単身でヒチグ達のもとへ向かったそうだ。
あまりの速さに帝国騎士団の人達もついていけなかったそうだ。
「わかりました。僕もすぐに準備します」
「―――!! ありがとうございます」
アナベルが深く安堵したようにホッとした表情を浮かべた。
直後、『バン』とドアが開き急いで帝国軍騎士の人が部屋に入ってきた。
「た、大変です! アナベルさん!」
「どうした。何があった!?」
彼の慌てぶりを見て、すぐさまアナベルが尋ねる。
「竜が―――竜がもう一匹、空から現れました!!」
事態はさらに最悪な方向へと加速していった。